侵入
学舎跡は、木造民家の間にひっそりと奥へ続く細道を通り抜けた先だった。
まるで、地元民でなければ知らないようなルートである。ハーブショップもそうなの。
正面切って突入するのは……得策じゃない。
「はぁぁああぶぅぅううう」
「ハァァアアブゥゥウウウ」
「ハァアアアーーブウウウ」
脱法ハーブの被害者たちが、入り口を囲うように押し寄せていた。
校門の鉄扉は無理でも、周囲の柵ならよじ登れそうだ。
けれど、思考力が落ちた彼らにその発想は至らない。
「すまない、ローレルたち。必ずや、元に戻してやるからな」
「もし、カミツレさん? わたくしは、こちらでしてよ?」
特攻封じにおじさんと腕を組んでいた、本物のローレルさん。
不満げに頬を膨らませるも、次第に萎んでいく。
「……いえ。ある意味、わたくしかもしれませんわ」
「どゆこと?」
ローレルさんが、憂いを残した表情を携えて。
「タクミ様と出会わなければ、毒と承知しても甘美な脱法ハーブの誘惑に逆らえまして?」
「自制できるだろ」
「我慢できるよ」
「……」
初手、ダブル否定。
おハーブ大好きお嬢様、風船のごとき膨れっ面。今にも破裂しそう。
「タクミ様がわたくしの光ならば、彼らは闇の部分を映していますの!」
どうやら、強引に突破するらしい。
「ぜひとも、わたくしのなれの果てを救済してくださいましっ」
「もちろん、ローレルさんには助けてもらってるし。頑張るよ」
「あぁ、不肖ながら幼馴染の後始末。私も最後まで付き合うさ」
「脱法ハーブは悪徳商人の企てでしてよ? 真の仲間に誤解されて、悲しいですわぁ~」
改めて、ハーブの中毒問題に関して向き合うと決意した。
解決策には未だ霧がかかっているものの、3人寄れば文殊のおハーブである。
おじさんたちは、学舎跡の裏口に回り込んだ。
門扉は施錠されているが、考える葦は侵入経路を考えた。
「すでに放棄された施設だ。覚悟さえあるなら、忍び込むのは造作もない」
ごくごく普通に鉄門を飛び越えた、カミツレさん。月面宙返りだ!
「跳躍力ぅー」
しゅたっと着地がてら、ポニテ美人は木刀一閃。
斬撃がムーンサルトよろしく三日月の弧を描き、チェーンロックを真っ二つに切断した。
ガタン。ガタタタタ。大きな音を鳴らして、開門。
「行くぞ」
「あ、はい。すごい、物理でした」
なんか、おじさんが思ってた潜入と違う。とりあえずパワー、そんなノリ。
やはり、暴力……暴力は全てを解決するっ。
「カミツレさんは昔から、小手先よりごり押しを好んでいますわ。破壊の化身でしてよ」
「破壊の化身……デストロイヤーかあ」
「最も手っ取り早い手段を取っただけだ。私は<開錠>スキルなど持っておらん」
デストロイヤーは、ツンとそっぽを向いてしまう。
「さて、問題は学舎跡のどこに賊が潜んでいるかだが」
「二階の角部屋にいるよ」
「まことか? エンドー氏、なぜ分かるのだ?」
カミツレさんがきょとんと首を傾げた。
「タクミ様は、おハーブマイスター。この程度の謎、モーニングおハーブティー前ですの」
朝飯前的なサムシング。言い辛いと思うので、何か別の表現を希望します。
「いや、だって。ゼニンドが上からずっと、こちらの様子を窺ってるから」
「「……っ!?」」
おじさんが件の場所を見上げるや、2人の視線を一本釣り。
「――」
いかんせん、ゼニンドが大きく手を振っていた。友達か。
「ほう、彼奴がゼニンド。悪徳商人に相応しい風貌じゃないか」
カミツレさんが目を細めて、木刀を上段に構えていく。
「有効射程範囲だ。必殺ビームで仕留めよう」
「破壊の化身さん、みねうちレーザーで勘弁してね」
好戦的な頭デストロイに、穏便を説いた。
「おハーブティーをキメますわ! 悪徳商人、今度こそ塩の結晶で貫きましてよ!」
「おハーブブーストは、タイミングを考えてね。帰ったら、たくさんしばいていいよ」
戦闘狂やらおハーブ狂。もしや、おじさんの仲間は真のヤバい人?
「ゼニンドは、喋れる状態で捕まえないと。まだ脱法ハーブの種類とか中毒対策、いろいろ吐かせなきゃいけない。ハーブ畑の仇討ちはその後でお願い」
それに、悪徳商人が自ら姿を晒した理由が気になる。
フツー、おじさんたち追手が来たら、隠れたり逃げたりするでしょ。
「うむ、五体満足で確保だな。辞世の句を詠ませてやるとは、殊勝な心がけだぞ」
「そだねー」
おじさんは、カミツレさんとローレルさんを同時にステイしなければいけない。忙しいなあ。
塗装が剥げ落ち、レンガが崩れかけた校舎跡へ足を踏み入れた。昭和の学校風景。
整備と無縁になったボロボロな廊下を歩く度、軋む音を鳴らしていく。
階段の木板が腐りかけだ。手すりに掴まれば、ボキッと折れてしまう。二階に上がるまで、三度転倒しかけた。角部屋には、談話室と書かれたネームプレートがぶら下がっている。
「2人とも、興奮しないでね。慎重かつ大胆に行こう」
「心得ておる」
「わたくしは常日頃、冷静ですのよ?」
談話室のドアを開くや、奴がソファにふんぞり返っていた。
「デュフフフ! よくぞ参りましたな、エンドー殿ッ! 小生、待ちくたびれたで候――」
「このバカチンがぁぁあああーーっっ!」
ゼニンドがニチャ顔を披露した途端、おじさんは咄嗟に手が出ちゃった。グーパンだよ。
「ふひぃっ!?」
威勢よく吹っ飛んで、頭を打った悪徳商人。
「ぼ、暴力は……いけませんぞ……暴力は……ほむんっ」
ガクリと、気絶である。
「……エンドー氏?」
「……タクミ様?」
背後から、プレッシャーを伴う視線をビンビンに感じてしまう。
「いやあ、一回殴らせてもらわなきゃ、話が進められないと思って。ごめん」
おじさんも、人のことを言えない所業だ。これが真の仲間というやつか……違うね。




