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不審者

「お疲れ様でーす。お先、上がりまーす」

「おう。また明日、頼むなー」


 異世界転生デビューに失敗して1カ月。

 おじさんは、慣れ親しんだコンビニバイトに勤しんでいた。

 正確に言えば、カゾの村唯一の雑貨屋。何でも屋らしいが、何でもはない。

 完全なよそ者なのに、おじさんを雇ってくれた店長には感謝している。


 いや、隙あらば! 早朝から深夜まで働かせるので、尊敬の念は消え失せた!

 現実世界のバイトもオーナーの思い付きに何度も振り回された結果、しわ寄せは全部、バイトリーダーのおじさんに……滅びろ、ブラック企業! 社畜制度を許すな!


 閑話休題。


 スキル的に農協を訪ね、農業の道を志す考えは一蹴した。趣味の園芸の範疇で充分だ。

 そういえば、あの明らかにチート持ちの2人。

 祐樹くんと舞姫さんは、SSランクの冒険者コンビと呼ばれ、俺たちTUEEE無双を繰り広げているらしい。その活躍は、カゾの村にも轟いている。


 彼らはおじさんが逃げ出した際、わざわざ迎えに来てくれた。一緒に行こうと。

 さりとて、おじさんはその提案を固辞した。

 ハッキリ足手まといだと分かるし、引き立て役すら荷が重い。若い子たちで楽しんで。

 多分、彼らの物語におじさんの居場所はないだろう。


 祐樹くんが密かに安堵した顔を漏らしたのは気付かぬふりをしておくよ。

 こうなれば、スローライフ系に舵を切ろう。一応、農業系の能力だし。

 ただ、いくらスローライフを目指すと言ったところで問題がある。

 自給自足の生活を目指せど、初期投資の費用や開拓の時間を捻出しなければならない。


 この異世界にコネなどないし、手持ちも心許ない。

 メニュー、オープンッ! うわ、ゲームっぽい! おじさん、感動した!


 ネーム・遠藤匠。

 タイトル・転生者。

 ステータス・レベル1、生命力100、魔法力50、運命力30――

 所持スキル・<栽培><薬草強化><家庭菜園>


 転生ボーナスなるお情けで、おじさんは死亡時の所持品を異世界へ持ち込んでいた。

 特筆すべきは、財布、スマホ、ガーデニングセット、ハーブの種。


「確か、ATMで現金下ろしたけど、この世界で諭吉は無名だなあ」


 ムサシの国でも、学問をすゝめたまえ。

 小銭は、珍しい硬貨として価値が出ると信じよう。

 マイナンバーカード、お前は一度もおじさんの身分を証明せずに役目を閉じたな。

 もちろん、スマホは通信できない。異世界でスマホが使えるわけないでしょ。


「あとは、ガーデニングセットとハーブの種いろいろ」


 おじさんは、徐にため息を吐いた。

 そもそも、おじさんは農業に興味がないよ。本気でやるなら、大変に決まってる。

 じゃあ、なぜアイテム欄に表示されたのか?

 家庭菜園を始めたい母親が、ホームセンターで買ってこいと言ったから。


「……まさか、おじさんのスキルが趣味の園芸特化なのって、所持品が原因――」


 それ以上、深く考えるのを止めた。

 田園風景広がる帰り道。

 ふらふらと足を引きずるように歩を進めていく、おじさん。

 今日も疲れた。労働ほど身体に悪影響を及ぼすものはない。


 現実世界、ファンタジーでも通じる普遍の真理を悟った。

 あと少し、もう少しで借家に辿り着く。頑張れ、おじさん。負けるな、おじさん。

 帰ってアレを飲んで、早く休もう。

 自らを鼓舞したちょうどその時、おじさんの行く手が塞がれた。


「ここで寝ないでほしいなあ」


 田畑を分けた砂利道の真ん中、人が倒れている。

 長い銀髪が乱れたうつ伏せの女性。冒険者が好んで装備するレザー製の軽装と、上品なスカートのミスマッチに疑問を抱いた。


 しかし、おじさんは猛烈にくたびれている。

 そういうファッションということで、先を急いだ。


「うぅ……」

「……」


 5メートルくらい離れるや、うめき声が聞こえた。

 それでも前へ数歩進んだものの、結局引き返しちゃう意志薄弱なおじさん。


「あのー、行き倒れはせめて、人通りが多い場所の方が成功するのでは?」

「……ます……の……わ、ね……」

「え、何だって?」


 おじさんはつい聞き返してしまい、さらに倒れた女性へ近づいた瞬間。

 突然、がしっと脚を掴まれた。


「きゃっ」


 あ、おじさんの悲鳴です。痴漢、ダメ絶対。


「何ですか、何ですか! お巡りさん、呼ぶぞっ」


 ちなみに、ムサシの国って警察制度あるの? 衛兵とか門番に聞いとけばよかった。

 銀髪の子がうめき声と共ににじり寄って来る。

 人生で初めて女性に迫られ、ちょっと嬉しいのは内緒にしとこ。


「……あなた……持ってますわね……」

「お金なんて、持ってないよ! ジャンプするから!」


 その場で跳躍3回。チャリン、チャリンと全く鳴らない。悲しいね。


「お金など、不要でしてよ。わたくしが求めるのはただ1つ」

「そ、それは一体」


 おじさんがゴクリと唾を飲みこむや。


「おハーブ、くださいまし」


 女性は唇が振るえど、ハッキリとその名を告げた。


「……何、だと……?」


 意味が分からず、意味が分からなかった。

 ……ん?

 女性は、綺麗な瞳を怪しく光らせた。


「かぐわしいですの。あなた、おハーブですわね?」

「不審者っ!?」


 おじさんは逃げ出した!

 しかし、抱きつかれた!


「ふってわいた好機っ! 逃がさねぇですわ! 絶対に離さねぇでしてよ!」

「いやぁぁあああーーっっ! 誰か助けてくださぁぁああいいい」


 異世界、怖い。

 おうちに帰りたい。

 バイト生活1カ月、おじさんは異世界転生の洗礼を初めて浴びるのであった。


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