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6・恐怖の檻

インフルエンザにかかり更新が遅れました、すいません。

純が、顎をガクガクさせ、冷や汗を流して呟いた一言が、その場を一気に恐怖に陥れた・・・。

栞にはかかっているはずのエンジン音も、耳鳴りで聞こえなかった。疲れからか、それとも・・・、恐怖からくるものなのかは言うまでもなかった・・・。

ほんの数秒の沈黙も、純には何時間にも感じられた。頭の中には色々な事が、近づいては遠くに消え、浮かんでは沈む・・・。

その沈黙を破ったのは、岡本であった。岡本はもう一本煙草を取り出して、それに火をつける。


「馬鹿馬鹿しい。」


これもまた、自分に言い聞かせるような口調である。正直、岡本自身怖くないと言えば嘘だった。警察に何年も勤めているが、こんな事件は初めてだった・・・。

しかも、岡本自身、昔から幽霊は大の苦手だった。高校の文化祭の出し物のお化け屋敷でさえ、入る事を躊躇ったほどだ。

幽霊の存在を認めてしまえば、自分がそれに押しつぶされる。それだけではなく、冷静な判断をして、エマという女性を殺した犯人を捕まえるためにも、幽霊を認めるわけにはいかなかった。

信号が青になると、岡本はアクセルを踏んでハンドルを右に回す。


「幽霊なんている訳がありません!全ては人間の犯行なんです。」


皆に言いながら、岡本は自分の雑念を一つ残らず払った。

僅かな時間が経った事、エンジン音が大きくなった事、それと岡本の声で、栞と純は恐怖の檻から放たれた。


「そ、そうですよね・・・。幽霊なんている筈、ありませんよね・・・?」


岡本と同じように、純も自分に言い聞かせた。


「そ、そうですよね・・・。ハハ、ハハハハ・・・。」


栞は、まだ残る多大な恐怖を少しでも流すために大袈裟に笑った。しかし、急に消えてくれるわけもなく、その笑いはとてもぎこちないものとなった・・・。

岡本は、そんな二人の姿にひとまず安心した。そして、親が子に言うような優しい口調で言う。


「取り合えず、署に着くまでに、少し落ち着いてください・・・。詳しい話は、そこで・・・。」


岡本は、落ち着かせる時間をできるだけ長くとるため、車のスピードを少し落とした。

栞は、いまだに頭がグルグルしていたが、言われたとおり落ち着くために、深呼吸を繰り返した。しかし、最初のうちは、ほとんど脳に酸素がいきわたっていない、正確にはいきわたっている事を感じられなかった。とても苦しく、頭痛がする。

しかし、何回も、何十回もしているうちに少しずつ、それらが和らいでいく。

純も、同じく深呼吸をする。これまた、少しずつ、耳鳴りもやんでいき、心にも余裕ができたのか一瞬


(素数を数えてみようか?)


という考えにまで至った。無論、そんな事はしなかった。

そして、一番冷静だった涼は、帽子を弄びながら、頭の中で、分かる限りの情報を整理していく。

そうこうしている間に、車は警察署につき、岡本は、屋内駐車場に車を止めた。車を降りた四人は、エレベーターで二階に上がる。

中はとても綺麗で、清掃が行き届いていた。クーラーも効いていて、普段ならとても快適な温度の筈なのだが・・・、今の純達は、暑くてもいいから、実際の空気に触れていたかった。しかし、電灯の明かりは、今まで暗闇の中にいた四人には救いにも思えた。

岡本が一つの扉に入ったので、純達はそれに続こうとするが、岡本がそれを止めた。


「少し待っていてください。すぐ済みますから。」


言った通り、一分もしないうちに岡本は出てきた。その手には、丸められた紙と赤いマーカーを持っていた。岡本がまた廊下を歩きだしたので、純達はそれに倣った。

岡本は、また一つの扉に歩み寄り、そのドアを押して、三人を手招きする。それに従い、三人が入った。

その部屋は、とても広く十五畳程はあった。壁紙は白く、床は廊下と同じで緑色である。そして、長方形型に白い机が並べられていて、部屋のほとんどのスペースを取っていた。それに沿う様に幾つもの、これまた白い椅子がある。

そのドア側の椅子の一つに、青褪めた顔をして冷や汗をかいている眼鏡の青年が腰かけていた。その人物は、岡本達が入ってくると、背筋を伸ばして、開いたドアの方を見る。

純達も、その視線にすぐ気がつく。その方向を見て、視線の主が誰なのか分かった。


「鳥辺さん・・・。」

「前神君、白川君、浜崎さん・・・。」


眼鏡越しのその目には、まるで生気が無かった。三日以上徹夜した人のように、意識がはっきりとしていない。

さっきまで、明るく会話していた人間が、魂の抜け殻のようになっていて、純達の心に、冷たく重たいものがのっかかる。

岡本は、鳥辺の座っている方とは反対側の窓側の椅子の一つに腰を下ろした。


「皆さんも、どうぞ腰かけてください。」


そう言われて、純達は鳥辺の横に座る。それを確認した後、岡本は両腕を机の上で組んでゆっくりと話し始める。


「では・・・、もう一度確認しましょう。

あなた達は午後七時に会って、午後九時に鳥辺さんが、十時にエマさんと別れた。しかし、実際には午後八時に死体は見つかっていた・・・。そこまではいいですね・・・。」


四人は、お互いに目を見合わせ頷く。岡本はそれを確認した後、話を続けた。


「鳥辺さん。」

「は、はい・・・!何ですか・・・?」


急に名前を呼ばれて、鳥辺は肩をビクッと動かす。岡本は、持っていた紙を机の上に広げる。それは、ここの辺り一帯の地図だった。


「今日、エマさんと会ったのは何処ですか?」

「え・・・、えっと・・・。確か・・・、ここだった、と・・・。」


鳥辺は、立ち上がり上半身を乗り出して地図を見て、人差指で一点をおさえた。

岡本はそこに、持っていたマーカーでバツ印を書き加える。そして、岡本はもう一つ、純達に会う前に向かった、一つのマンションにバツ印を書き込む。琥痔祁くじけ荘である。

琥痔祁荘は、二階建ての木造アパートである。しかし、築何十年も経っていて、いつ崩れるのかも分からない状態である。


「そこは、何なんですか・・・?」


涼が興味を抱いて尋ねた。岡本はその質問に答えた。


「エマさんの住んでいたアパートですよ。燃えましたけどね・・・。」

「えっ?」


その場にいた全員が、その言葉に驚く。岡本は、その言葉に説明を加えた。


「今日の八時・・・、あの通りを歩いていた人から通報があって、消防車が駆け付けると琥痔祁荘の、しかもエマさんの部屋から火の手があがっていました・・・。

幸い、彼女の部屋は二階の端の部屋でした。それに、祭りの日でしたし、誰も負傷者はいませんでした。通報が早かったおかげで、アパートも全焼を免れ、二階の二部屋、つまり、エマさんの部屋と、隣の空き部屋だけで被害は収まりました。まあ、エマさんの部屋は黒焦げになりましたが・・・。

しかし、同じ日に部屋の住人も燃えています。私は、今回の事件と関係があると確信しています・・・。」


岡本の言葉に、涼は、この事件が放火であるという事を悟った。出火原因を聞こうと口を開こうとしたが、先に純がその事を聞いた。


「出火原因は何なんですか?」

「黒焦げになった台所の流しに、新聞紙のカスと、大量の生石灰、微量の消石灰と炭酸カルシウムがありました・・・。油をまいた形跡もあり、それから察するに・・・、」

「時限発火装置、ですか・・・?」


岡本が言いきる前に、涼が先に答えを言った。岡本はそれに驚き、涼を見た。純も視線を涼に移す。


「時限発火装置?」

「うん。生石灰って水を含むと、化学反応を起こして消石灰になるんだけど、この時に物凄い高熱を発するんだ。

まず、犯人は台所の流しに大量の生石灰を敷き詰めて、その上に新聞紙を何枚も何枚も敷いた。そして、部屋中にガソリンか何かをまいた。後は、蛇口を水が滴り落ちるくらいに開けておけば準備完了。

時間が経ち、滴り落ちる水は新聞紙を濡らしていき、最終的には生石灰に達する。生石灰は化学反応を起こして、高熱を発生させ新聞紙を燃やし、それが気化したガソリンに引火する。こうすれば、その場に誰もいなくても、火をつけられる。ちなみに、消石灰は二酸化炭素に触れると炭酸カルシウムになる。だから、微量だけど検出された。そうですよね?」

「あ、ああ・・・。」


岡本をはじめ、その場の全員はしばらく、涼から視線を外す事が出来なかった。

岡本は、事件とは関係なく、少しずつ涼という少年に興味を抱きつつあった。車の時もそうだが、子供っぽい彼が一番冷静であったし、なにより、瞬時に時限発火装置だと見抜く洞察力は只者ではないと思わせるに十分だった。

涼は、少し顎に手をあて、ポツリとわき上がった疑問を呟いた・・・。


「でも・・・、そんな大量の石灰、例え真夜中だとしても、誰にも気づかれずに運びこめるものなのかな・・・?」

「あ・・・、ああ。それについてだが・・・、その石灰はエマさんの名で、今日・・・、いや、昨日の午前八時に宅配便で送られてきたものだそうだ・・・。」

「え、エマさん宛で?」

「ああ。しかも、それを受け取った人物は、この暑いのにマスクに厚手のコートと帽子、それとサングラスと・・・、まさに怪しい人な感じで出てきたそうだ・・・。」


岡本の言い回しに、いくら頭の回転の遅い栞といえども、言わんとする事は察することができる・・・。

その「怪しい人」が犯人で、そして時限発火装置を仕掛ける為に、石灰を頼んだのだろう。自分の正体がばれないように、エマさん宛で宅配便を頼んで・・・。

涼はさらに疑問を、岡本にぶつける。


「一体何時、宅配便の依頼が来たのですか・・・?」

「一週間前だよ。昨日のその時間に届けてくれるようにって。パソコンから注文したそうです。ついでに、付け加えるなら・・・、一昨日、エマさんは家賃を大家さんに納めている事が確認されている・・・。」

「・・・。」


岡本は、必要以上の情報を皆に与えていた。それは、白川という少年に、この時から少し期待をしていたからかもしれない・・・。

岡本の付け加えの部分について、涼は深く考え込んだ・・・。


(そうだとしたら、犯人は少なくともエマさんの顔見知り、それもかなり親しい間柄、という事になる・・・。)


一昨日に、エマさんが生きている姿を大家さんが見ている・・・。しかし、石灰が頼まれたのは一週間前・・・。このご時世、パソコンで宅配便を注文するにしても、色々・・・、そう例えばカード番号とか、パスワードがいる筈・・・。

それを手に入れるには、少なくとも、生きているエマさんに接触して、カードを手に入れて、不自然がられないようにまたカードを返さないといけない・・・。


(例えば・・・、)


涼は、頭の中で想像した。

エマの部屋で・・・、二人でお酒でも飲んでいる・・・。犯人は隙を見て、睡眠薬をお酒に混入。眠り込んだエマを尻目に、カードを盗み出し・・・、エマのパソコンを立ち上げる。

前もって、盗み見るか何かして手に入れたパスワードを入力し、カードを使って石灰を一週間後に届くようにする・・・。そして、カードを元の場所にしまう・・・。


(だとしたら、犯人は?)


一人暮らしの女性が、男性を部屋にあげるだろうか・・・?だとしたら、女性か?いや、恋人なら男性でも部屋にあげるだろう・・・。  

それに、彼女はアメリカ人だ。テレビなどから受けた偏見かもしれないが、アメリカ人はとてもフレンドリーで、友達であれば男性だろうと女性だろうと部屋にあげるかもしれない・・・。


(いや・・・、待てよ?難しく考えすぎているんじゃないか、僕は・・・?)


そんな事が、頭を過ぎる。


「あなた達がいたS地区は、確かここでしたね。」


涼の考えを、岡本の声が中断させた。


「は、はい・・・。」


岡本は、地図上のS地区の部分に赤いバツ印を付けた。ふと、岡本はエマが、本来何処に行こうとしていたのかが気になった。そして、ほとんど無意識に琥痔祁荘に書いたバツ印と、鳥辺とエマが会った場所のバツ印を線で結び、それを延長する。

涼はその意図がわかったが、他の三人にはその意図はわからなく、ただただ、マーカーを目で追っていた。

マーカーは、住宅街を横切り、商店街、そして空港を通った。そこで地図が途切れたので、これ以上は分からなかった。

岡本と涼は、二人とも顎に手を当てて考え込んだ・・・。


(何処へ行こうとしたんだ?住宅街で誰かと会おうと思っていたのだろうか?それとも、商店街で買い物か?)

(空港かな?それなら、思い当たる節が・・・。)


「あの・・・。」


栞は、考え込む二人を見て、最初は声をかけるのを躊躇ったが、どうにもこの空気が気まずかった。

岡本は、その言葉で我に返り、胸ポケットから写真を数枚取り出し、皆に見えるようにそれを机に並べた。


「現場に落ちていた、エマさんの私物です・・・。これで全部です。何か足りない物がある事が分かったら、教えてください。」


岡本は、今吸っている煙草を灰皿でもみ消し、新しい煙草に火をつけ、ニコチンを肺に補充し、自身も写真をチェックした。

映っている物は、保険証に鍵の束、カメラが数個に三脚が一枚目。二枚目は、ボストンバックとその中身。フィルムにレンズと色々なカメラ機材が入っていた。

三枚目は、ウェストポーチとその中身。化粧道具の類にコンパクト、ビューラ、酔い止めが映っている。


(財布や携帯電話の類は、服と一緒に燃えているだろうし・・・。)


岡本は、煙草を揉み消し、さらに新たな煙草を咥える。何時もとは、比べ物にならないペースで煙草を吸う。とにかくイライラを落ちつけたかったのだ。未だに有力な手がかりもなく、朝を迎えるのは正直御免であった。

純をはじめとした四人は、食い入るように写真を見る。そして、涼はある事に気付いた。


「ハンカチが、無いよ・・・。」

「ハンカチ?」


純は涼に視線を移して聞き返し、頭の中の記憶を辿る・・・。確か・・・、口元に飛んだ水を・・・、


「あ!」


栞も同時に声を上げ、再び写真をよく見ると・・・、確かに無かった。あの、シルクの白いハンカチが・・・。

その様子を見ていた岡本は、疑問を言う。


「ハンカチ・・・、ですか・・・。でも、それなら服と一緒に燃えたのでは?」

「いえ・・・、彼女はハンカチをウェストポーチに入れていたんですよ。ウェストポーチは無事ですから、ハンカチも無事じゃないと・・・。」


その言葉を聞いて、岡本は考え込んだ。そのハンカチが見つかれば、有力な手掛かりになりうる。


(しかし、何処だ?死体の周りにはなかった・・・。ウェストポーチの中に入っていたハンカチが、そう簡単に落ちる筈がない。

何かを取り出した時に、間違えて落としたのだろうか・・・?例えば・・・、買い物の際、財布を取り出そうとして・・・。

いや、違う・・・。ウェストポーチの中には財布はなかった。恐らくポケットに入れていたんだろう・・・。

だとしたら、やはり、襲われた時に・・・。例えば・・・、襲われた時にウェストポーチが外れて地面に落ちて・・・、中の物が落ちた・・・。犯人は何らかの理由で、ウェストポーチと中身を回収し、焼いた死体の周りに置いた・・・。しかし、その時、ハンカチが風か何かに飛ばされて・・・、ハンカチだけ回収し損ねた・・・。

だが、だとしたらその理由とは何だ?しかも、わざわざ死体が見つかるように、被害者の荷物を道標に置いたりして・・・。

分からない・・・。犯人の意図が・・・。)


岡本が黙っている間に、涼も同じ事を考えていた。

純には、この長い沈黙が心地よくはなかったが、二人の雰囲気を見ていると、とてもではないが話しかけられなかった・・・。

栞もまた同様に、ずっと涼と岡本を見詰めているだけだった。

鳥辺には、正直周りの様子を気にする余裕が無かった。とてつもない恐怖と、どうにも言い表せない不安が、鳥辺の心を蝕んでいく・・・。


(ま、まさか・・・、いや・・・、そんな筈はない!で、でも・・・、もし・・・。どうなるんだよ・・・?これから・・・。)


かれこれ二、三分が過ぎた頃、岡本はこれ以上考えても仕方ないと判断し、腰を上げた。


「少し待っていてください。」


岡本は皆にそう告げ、ドアから出て行く。残された四人の間に、また沈黙が訪れた・・・。


感想で指摘された通り、三点リーダー多いですね(汗)

一旦できたものを投稿しているのと、修正する時間がないので

今のところは目をつむってください。

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