3・出会い
さて、物語の一つの山です。ここにもある程度伏線はあるので。
日は傾き始めていた。気温も幾分か涼しくなり、膝下を風が通り抜ける。栞は相変わらずベンチで横になっていて、純は欠伸をしている。涼はというと、ベンチに深く座りこみ、両足を空中に泳がせている。
蝉だけでは無く、とうとう烏まで鳴き始めた・・・。
「出ないねー。」
涼がそう漏らした。生きている人間なら何人か通ったのだか、幽霊は気配すら見せない・・・。
純は、ペットボトルの3本目の水の残りを飲み干すと、急に催してきた。
「わりい、トイレ・・・。」
そう言って純は、右手を顔の前に立て頭を下げた。すると、涼と栞もそれに便乗する。
「あ、そんじゃ私も。」
「僕も。」
結局、ペットボトルをベンチに置いて、一番近い公園のトイレに皆で行くことになったのだが・・・。
「おいおい・・・。」
「あっ・・・あ・・・。」
「あらら・・・。」
純と栞、涼は自分の目が信じられなかった。公園にはテントが見えるだけでも四張り。ベンチは全て埋まって、地面にレジャーシートを敷いている者もいる・・・。
この公園になら、何回も来た事があるが、毎回一人か二人ほど、しかいないのだが・・・。
「どうなってんだ、これは・・・?」
純が目をぱちくりさせながら漏らした・・・。
「その・・・、つまり・・・。」
栞が、歯切れが悪く漏らすと、涼が事実をまとめた・・・。
「考える事は皆同じ、て事かな・・・。」
超満員のトイレに並び、用を済ませるとまた、あの場所に戻る。
「はぁ・・・。」
三人が三人とも溜息をついた・・・。予想外の事に全員が面食らっていた・・・。
「あんだけ多く祭にいかなかったら、一体どんだけ幽霊が出るのやら・・・。」
純がそう漏らした・・・。それに残り二人は苦笑いするしかなかった・・・。
「今何時・・・?」
「午後七時だよ・・・。」
栞の言葉も、涼の言葉も語気が弱かった・・・。その理由は純にも分かっている。
「ねえ、君達?」
不意に声をかけられた。純と涼、栞は声のする方を見上げた。そこには二つの人影があった。栞の位置からは逆光になっていて、顔はよく見えなかったので、寝転がっていた体を起こし座りなおした。
「君達も幽霊探し?」
眼鏡をかけ、肩から紐付きのカメラを提げた男が話し掛ける。純は、気軽に話しかけてきたその男を少し警戒しながら返した。
「そうですが・・・、あなた方も・・・?」
「そうなんだよ。ここには毎年来てるんだ。」
「ま、毎年?」
素っ頓狂な声を上げる純。
「そう、これで四年目くらいかな?毎年のように公園混んでるから・・・、いつもここで。」
それを聞いて、純と涼の中に冷たい何かが走った・・・。それは非常にサラッと、眼鏡の男の口から出た言葉が原因だった・・・。それは否定したい現実・・・。目をそむけたくなるような事・・・。
純は、間違いである事を願ってゆっくりと、本当にゆっくりと・・・、口を開けた・・・。
「あの・・・、つまり・・・、その・・・、この日は・・・、祭りの日は・・・、毎年・・・、公園に
は幽霊を見たがっている・・・、人達がたくさんいると・・・?」
「あ、ああ。うん。そうだよ。」
眼鏡の男は、何事もない風に答えた。しかし、その人事は、純と涼、そして栞に多大なる精神的ダメージを与えた・・・。
涼は、途端に幽霊を待つのがつまらなくなり、栞は目を閉じて深く大きな溜め息を吐きだす。
ことに純へのダメージはひどかった・・・。純にとって今回の事は、勉強に行き詰まり、そんな状況から一日だけ解放される、ちょっとした“冒険”だった・・・。しかし、肩透かしもいい所だ・・・。幽霊を恐れずに、それを確かめた勇者として、クラスの人間に自慢しようとも考えていた・・・。しかし、この調子じゃ、恐らくクラスの何人かは既にやっているだろう・・・。こんな状況で自慢したら馬鹿扱いを受ける事請け合いだ・・・。
純は後悔していた。そうだ、よくよく考えれば分かっていた筈だ。幽霊なんて珍しがられて、人が集まるに決まっている・・・。純達が、一番最初に“それ”を試みた人間である筈が無かったのだ・・・。
純はいつもこんな感じだ・・・。ある事をしようと思っても、その事について深く考えたりはしなかった・・・。とにかく、魅力のありそうな事にすぐに飛びつく性格なのである。
純は、何とも言えない脱力感に襲われる。その様子を見ていた、二つの人影のうちの眼鏡の男では無い方が話しかける。
「アノ・・・、大丈夫デスカ?」
白い肌の女性が歩み寄ると、腰まで届く金髪がふわりと空中を泳ぐ。片言の日本語で話しかけられ、純はだれていた頭をあげた。
純はその瞬間、少しドキッとした。すぐにその女性は外人だと分かった。白い肌に高い鼻。薄く化粧をしていて、赤く塗られた口紅が艶めかしく光る。
女性は重そうな三脚を背負っていて、さらに大きなボストンバックを肩に担いでいる。また、両肩に回した紐の先には、眼鏡の男と同じくカメラがついていた。
「あ、はい、大丈夫です!」
純は無意識のうちに姿勢を整えた。背筋をピンと伸ばしている純を見て、涼と栞は同時に笑った。
「おいおい、何緊張してんだよ?」
「緊張解すには、素数を数えればいいらしいよ。」
「あ、そっか、えーっと、2、3、5・・・、ってアホか!」
純がノリ突っ込みを返す。その光景を見ていて、眼鏡の男は笑い、外国人の女性は目を輝かせた。
「オーッ、コレガ伝説ノ、ノリ突ッ込ミデスカ?」
「伝説ってわけじゃないんですが・・・。」
「デモ私ノオ母サン、コウ言ッテタヨ?七ツノ球ヲ集メルト、体全身ガ光リ輝イテ、ノリ突ッ込ミガ出来ルト・・・。」
「・・・あなたのお母さん・・・、色々と合体させてますね・・・。そもそも、何処に球があると?」
「確カニ・・・。ココニハ六ツシカナイネ・・・。」
顎に手を当てて、真面目に考える外国人の女性。そこには、自分の下半身を手で押さえ、真顔の男性が三人・・・。
「下ネタはやめてくださいよ・・・、エマさん・・・。」
「冗談、冗談デスヨ。鳥辺さん。」
そう言って二人の掛け合いを、じっと三人は見つめた。鳥辺と呼ばれた男は視線に気がついた。
「あ、僕、鳥辺杉道っていいます。初めまして。」
「私、エマ・ジョエリ。アメリカ人ネ。」
純達もそれに習った。もう警戒心は解けていた。
「僕は、前神純っていいます。」
「僕は、白川涼です。」
「私、浜崎栞。ねえ、エマさん。ここに座ってよ。私、外国人と喋った事はおろか会った事も、学校の先生以外いないから友達になりたい。」
そう言って、栞は自分の横のスペースを手でたたく。それを見て、金髪の女性は一礼をしてそこに座る。
「鳥辺さんは、ここに座ってください。」
純も自分の右側、ベンチの右端を手で叩き、そこに鳥辺は座った。僕達は暫くの間、明るく会話をしていた。
「へー、エマさんはカメラマンなんですか~。」
「イエース!」
そう言って、カメラを顔の前に掲げる。涼は、そのまま問う。
「じゃあ、そのバックにもカメラの機材が入っているの?」
そう言って、女性の持っている重そうなバックを指でさす。
「イエース!デモ、重イノヨ。コレ。」
「じゃあ、そのウェストポーチの中も?」
涼は続けて聞いた。純が、腰のあたりを見ると、先程は見えなかった赤っぽい色のウェストポーチがある事に気づいた。
栞は、涼を呆れ果てた様子で見つめて言った。
「馬鹿ね~。女性のウェストポーチの中身なんて、大体はお化粧道具とハンカチ、ティッシュに決まってるじゃない。どう、エマさん、当たり?」
「惜シイネ!ティッシュハ、入ッテナイネ・・・。」
「えー、何で~?」
すまなさそうな顔をして苦笑いをする金髪の女性と、「何でー?」と何度も言って納得いかない様子の栞。そして、その様子を笑って見る純。
涼は、今度は鳥辺に質問する。
「じゃあ、鳥辺さんもカメラマンなんですか?」
鳥辺は頭を振る。
「いーや、僕は幽霊見たがりのただのしがないサラリーマンさ。カメラマンは妹の方さ。」
「へー、妹さんいるんですか?今日は来なかったんですか?」
栞は興味ありげに上半身を前に出して、右にいる鳥辺を見る。
しかし、その質問に鳥辺の顔に影がさした・・・。鳥辺は自嘲ぎみに笑う。
「はは・・・、妹は・・・、その今度の写真のコンテストに向けて・・・、張り切りすぎたみたいで・・・、体を・・・ね・・・。」
栞は途端に後悔にかられた。鳥辺の言葉は、次第に語気が弱くなり、最後の方は聞こえなかったが、どういう理由かは最後まで聞かなくても分かった。
聞かなければ良かった・・・。栞も、純と同様、先の事までは深く考える事はない。興味のある事は即座に聞く。これが、栞の精神だった。
しかし、栞も今回の事には流石に後悔する・・・。場の雰囲気は一気に暗くなる。
「御免なさい・・・。」
栞は、顔を俯け、暗い顔で声を絞り出した・・・。鳥辺は慌てて、両手を前に突き出して左右に振る。
「あ、いや気にしないで。少し休めば治るらしいし・・・。コンテストの日には、間に合わない・・・らしいけど・・・。」
鳥辺が励まそうとしたが、やはり語尾になるにつれ声が小さくなっていく・・・。栞の気分はさらに暗くなる・・・。そこへ純が、場の空気を呼んでフォローを入れる。
「あ、コンテストと言えば、エマさんも出るんですか?」
「エ・・・、エッ・・・?」
急に話題を振られたせいか、少し驚いた様子だ。
「あ、そうそう。エマさんも出るんだよ。今度のコンテストに。ね?」
「アッ、エエット、イエース。」
鳥辺が少し慌てた様子で代わりに答え、金色の髪を揺らせながら女性が、それに頷く。
女性は、笑って言う。
「幽霊撮レタラ、ソレ出スネ。」
「いや、それはやめた方が・・・。」
「エ?何デ?WHY?」
真顔で返してくるその顔を見て、笑顔が戻る栞。場の雰囲気はまた明るくなり、言葉が投げ交わされる。
「エマさんの好きな男性のタイプは?」
「ウーン・・・、優シイ人カナ?」
しかし、話が色沙汰に向かい始めた時、女性の興味本位か、勢いのままに爆弾発言をする。
「デ、浜崎サンハ、白川サント前神サンの、ドチラト付キ合ッテイルンデスカ?」
「えっ、えええええええ?」
素っ頓狂な声を上げる栞と、水を飲んでいてそれを吹き出す涼。
純は何でもないように普通に答える。
「涼とです。」
「ア~、白川サント。」
「い、いえ!違います!私と、涼とは幼馴染で!」
慌てて否定する栞に続けて、涼も大慌てで否定する。
「そ、そうですって!ただの幼馴染です!」
「へー、毎朝、朝に弱い栞を起こしに行って一緒に登校している生活を、小学校から続けているくせにどの口がそれを言うか?」
「オー、ラブラブデスネー。」
純が返した言葉に、更に目を輝かせる。
「おい、純!滅多な事を言わないでよ!」
「事実だろ、事実。そんな事までする幼馴染が今時いるかねー。いや、昔もいないか。こんなラブな幼馴染は。」
「いやー、本当にラブラブだね。お兄さんも羨まし限り。」
両手を組んで頷く鳥辺。女性は笑いながら、ボストンバックを開き、中から水のペットボトルを取り出して、それを飲んでいる。
「いや、確かに一緒に行ってるけど、それはラブラブだからじゃなくて・・・。あー、そう。私はこいつのお姉さんみたいなもんだから、だから色々と心配しちゃうのよ!だからいつも一緒にいるんです!」
「弟に、毎朝起こしに来てもらってたら世話ないな・・・。」
力説する栞を、苦笑いで見る純と心底楽しそうな鳥辺。栞は、この居心地の悪さから抜け出す策を考える。
そして思いついた。まるで人にうつしたら治る風邪のように・・・、誰かにこの居心地の悪さを肩代わりしてもらえばいい。
栞はそのターゲットを素早く決めた。
「えっと・・・、鳥辺さんはどうなんですか?」
「え、僕?」
「そう、エマさんとは?恋人ですか?」
「は?はああああああ?」
また、さっきの光景を思い出させるような光景になる。鳥辺は素っ頓狂な声をあげ、女性は飲んでいた水を吹き出す。口の間からとんだ水飛沫が地面を濡らす。
かくして栞の作戦は成功して、さっきの涼と栞の状態と、鳥辺達との状態が入れ変わった。
「どうなんですか?そこんとこ。」
いやらしい笑みを浮かべながら、栞は鳥辺さんを見る。
鳥辺は慌てて意味もなく手を振る。
「い、いや、そんなんじゃないって!」
「ソ、ソウデスヨ。」
女性は否定しつつ、水が飛んだ口の周りをウェストポーチの中から取り出した白いハンカチで拭く。水と一緒に赤い口紅も取れたので、ハンカチをウェストポーチに戻しつつ、中からコンパクトと口紅を取り出す。
黒い筒の下の部分を回すと、赤い部分がせり上がった。それを、唇のラインになぞらせる。
涼と純は、あまり見た事のない女性が化粧をする光景に、鳥辺をからかう事を忘れて見入る。
その事に女性はすぐに気付き、恥ずかしそうに視線をそらす。
「アノ~、見ラレルト、ヤリズラインデスガ・・・。」
「あ、す、すいません!」
大袈裟に頭を振りおろす純。それを見て、女性は苦笑いをする。
「ア・・・、別ニイインデスケド・・・。ハハハ・・・。」
「御免なさい。女性がお化粧をしているところ、見た事がなくて・・・。」
すまなさそうに、涼もまた頭をペコっと下げる。栞はまた呆れた顔をする。
「何やってんのよ、もー・・・。」
鳥辺は、論点がずれた事に心底ほっとしていた。
話している間に、すでに小さかった蝉の鳴き声はさらに小さくなっていき、ついには聞こえなくなっていた。
時刻は午後九時を示していた。しかし、その時刻になっても、彼等の話題は尽きていなかった。
「それでね・・・、」
ピリリリリ・・・
栞がそう言いかけた時、不意に携帯の着信音が鳴った。その場にいた全員が、自分の携帯電話を取り出す。その内の黒い携帯に着信が来ていた。鳥辺のものだった。
「あ、はい。って、・・・あー!すまん!すっかり忘れてた!今すぐ向かう!本当にスマン!」
携帯を耳に当てて、頭を何度も下げる鳥辺を、その場の四人はじっと見つめた。
鳥辺は携帯を切ると、今度は僕達に頭を下げた。
「御免、御免。友達と他の場所の、幽霊スポット行く約束をすっかり忘れてて!ここでさようなら、というわけに!」
両手を前で合わせて謝る鳥辺。その様子を四人は怒るでもなく、逆に笑って見る。
「別にいいですよ。早く行ってあげてください。」
涼がそういうと、もう一度頭を下げて謝罪した後、鳥辺は暗闇の中に駆けていき、そして消えた。
「エマさんは、まだいけますよね?」
肯定しか許さない口調で問いかける栞。その口調に、少しビクつきながらも、金髪を揺らして頷いた。
「お前って腹黒いよねー・・・。昔から。」
「かわいい子には、棘があるって言うでしょ?」
「“美しい花”だよ・・・。」
涼の突っ込みなど耳にもとめず、栞は友達にまたあの話題を振る。
「で~、結局のところ、鳥辺さんとはどういう御関係で?」
「エ・・・?」
この女性はこの後、その事について何度も栞に尋ねられる事になった・・・。
結局、正確な答えが得られず、かなり納得のいかない栞は、満天の空を不機嫌な顔で見上げている。純と涼も仰ぎみているが、正反対の明るい顔である。
栞に気に入られている金髪の人間は、心底疲れ切ったという風に大きく息をつく。
正直、四人ともすでに本来の目的を忘れかけていた。時刻は、あれから一時間が経過して午後十時になり、街灯が狭い範囲しか照らさないせいか、お互いの顔を見るのがやっとの明るさになっていた。
その頃、また携帯の着信音が鳴り響いた。また同じ光景が繰り返される。結局、金髪の女性の電話にかかってきたらしい。
「ア、ア、ハイ。ア!スイマセン!ハイ!スグニ向カイマス!」
先程と全く同じような光景だった。女性はまたペコペコと、誰もいない暗闇に頭を下げ続ける。
そして携帯を切ると、鳥辺のように三人に頭を下げる。
「御免ナサイ!急用ガデキタネ!先帰ルネ!」
「え~~~。」
「まあまあ。あ、別にいですよ。」
「はい。早く向かってください。」
口を尖らせる栞を宥めながら、純と涼はそれを認める。金髪の髪をもう一度下げると、ペットボトルを持って、暗闇に消えていった・・・。
「あーあ、行っちゃった・・・。」
栞は、まだ不満そうな顔をしていたが、純はそれを無視して夜空を仰ぎみる。
「あれ・・・?」
涼が、女性が今まで座っていていた場所に何かが落ちている事に気付き、そこに近づいて筒状の物体を手に取った。
「これって、エマさんの口紅・・・、だよね?」
涼は、それを目を凝らして見て、そう言った。
「えっ?」
栞と純は、その言葉に同時に驚き、涼に近づく。
「あ、確かにそうよ、これ。エマさんのだ。」
栞も、それをさっきまでいた友達の口紅だと認識する。純もすぐにそうだと分かり、三人は同時にその人が駆けて行った闇を見つめた。
勿論、女性の姿はもうそこにはなく、三人は途方に暮れた・・・。
「これ、どうする・・・?」
話し合いの結果、栞がとりあえず預かり、明日、もう一度ここにきて、エマが探しに来たらそれを返し、探しにきてなかったら、交番に届けるという事で話がついた。
三人は再び幽霊を待つ。その間、お互いにほとんど会話をしなかった。
しかし待てども待てども、幽霊は現れず時計の針はどんどん進む。十二時になり、一時になり、そして祭りが終了する午前二時になり、さらに時計は進み午前四時になる。
「ねー、もう帰ろうよー・・・。」
目を擦りつつ、涼は訴える。純も純でもう目を開けていられなかった。栞はというと・・・、
「スー、スー、スー・・・。」
エマのいなくなったスペースで、横になって規則正しい呼吸音を出していた・・・。
「でも、まだ幽霊出てねーぞ・・・。」
純も正直帰って寝たかったのだが、言いだしっぺである以上、ある程度は講義をする。
「でもさ・・・、この後見張ってた人なんて毎年いるし・・・。もう祭りも終わってるし・・・。それに・・・、」
涼は横目で眠っている栞を見た。純は涼が何を言わんとしている事が、すぐに分かった。
「かな・・・。帰るか・・・。」
純もすぐに折れる。もう瞼は重くて、今にも寝てしまいそうだった。純と涼はベンチから立ち上がり、腰を伸ばす。
「おい、帰るぞ。栞、そろそろ起きろ!」
寝ている栞に向って純が言い放ったが、全くと言っていいほど効果がなく、いまだに規則正しい寝息が聞こえてくる。
「ねー、起きてよ、栞。」
そう言って、涼は栞の頬を軽く叩いたがそれも効果がなかった。
「いつもなら、こうすれば起きるんだけどな・・・。」
「しょうがないな・・・。」
純は悪いと思いつつ、ペットボトルを取り出してキャップを外す。
涼は純の行動に慌てる。
「ちょっと、それはひどいんじゃ・・・。」
「栞、これが最後の警告だ。起きるなら今のうちだぞ・・・。」
少し待っても何の返事もなかったので、強硬手段に打って出る。純はペットボトルの水を、栞の幸せそうな顔に思いっきりかけた・・・。
栞はもちろん飛び起きた。栞はひどい目つきで純を睨む。
「何するのよ!」
栞が怒鳴り散らしたが、純は知らん顔をし、涼は苦笑いをした。
「さっさと起きないお前が悪い。さあ、行くぞ・・・。」
そう冷たく言って、純は空のペットボトルをビニール袋に詰め始める。涼もそれを手伝い、栞はしぶしぶベンチから立ち上がり、腕で顔を拭い、はずしておいたウェストポーチをつけなおす。
暗い中を、三人の人間がうなだれて歩く。帽子をかぶっている男の子は、頭をカックンカックンさせていて、女の子は大きく欠伸をする。
純はつまらかった・・・。幽霊に会えなかった事もそうだが、今日が終わればまた退屈な日常に逆戻りである。
純は一つ大きな溜息を吐き、細い砂の道を歩き終え、コンクリートの歩道にでた。
岡本は煙草を咥えながら、車を運転していた。コンクリートの幅の広い道を、ライトで照らしながら大きく一つ欠伸をした。
(全く、なんでこんな時間に・・・。)
本当は早く帰れる時間だったのだが、ある事件があったせいで、今日は家に帰れそうになかった・・・。
というのも、その事件に現れた証言者が矛盾した発言をしているからである。その人物が犯人だと考えれば、説明がつくにはつくのだが、彼のほうから警察に、証言しに来たのだ。犯人が、そんな間抜けなミスをするはずもないし・・・。それに・・・。
岡本は、先程まで一緒だった一人の青年を頭に思い浮かべた。確か、鳥辺杉道と名乗っていた。
岡本は、今まで何人もの犯罪者を見てきた・・・。しかし、彼はその犯罪者のどの“貌”にも当てはまらなかった。少なくとも、彼は私利私欲のために犯罪に手を染める人間ではない事を、岡本は一目で見抜いた。
そして、鳥辺は、自分の証言が正しい事を証明してくれる人間がいる、と言っていた。S地区で会ったという少年少女三人。
(確か、前神純、白川涼、浜崎栞だったな・・・。)
岡本はその三人を捜しに、S地区に向かっている最中だった。
純達は、全員半分目を閉じながら、ゆっくりと歩道を歩いていた。
その横を暗い青塗の(暗かったので純達には黒色に見えた)車が通り過ぎる。
しかし、その車は思い返したように止まって、Uターンをし、純達の横にとまった。
純達は驚き、その車を凝視した。その車のサイドウィンドウがゆっくりと開き、中年のひげ面の男が顔を出す。
「失礼ですが、前神純さんに、白川涼さん、浜崎栞さんでしょうか?」
見知らぬ顔の男に名前を言われて、純達はとても驚いた。その中で、一番早く涼が冷静さを取り戻し、警戒しつつその男に答える。
「そうですが・・・、あなたは?」
警戒心あらわの涼に、男は自分の懐に手を突っ込み、取り出した手帳を開いて純達に見せた。
「○○警察署の岡本優治と言います。」
誤字脱字等も指摘していただければ幸いです。