13・鏡の裏側
今までの伏線が明かされます
涼のその言葉に、全員の視線が鳥辺に集まった。鳥辺は、非常に青褪めた顔をしており、その頬を一筋の汗が流れる・・・。
実は、鳥辺は涼がエマが犯人ではない事の理由を並べ始めた時から、少しずつこの状態に陥ったのだが、涼以外のその場の人間は涼の推理に集中していて気がつかなかった。
涼はその様子を推理の最中に横目で見ながら、自分の推理が正しいという事を確認しながら推理を展開していたのだ。
鳥辺は、震える唇を抑えながら、何とか反論しようと声を絞り出す。
「そ、それは・・・、どういう事かな・・・、白川君・・・。」
鳥辺は笑って言ったつもりだが、明らかな焦りが混ざっており、それは非常に不細工なものとなった。他の三人も訳が解らないといった様子で、視線で涼に助けを求める。
涼は、さも当然のように呟いた。
「解りませんか?今回の事件、エマさんが犯人のように見せかけて、彼女を殺害した人物は、そこにいる鳥辺杉道さんなんです!」
その言葉を言った瞬間、全員が鳥辺から反射的に離れる。鳥辺の顔の焦りの色はますます濃くなり、そのまま彼の顔を覆い隠していく・・・。
涼はそれを見て、再び高揚感が湧き上がるが、やはりそれには酔わない。今の涼の頭にあるのは、いかに鳥辺を追いつめるかだけ・・・。
涼は、やや自嘲ぎみた響きを言葉に含ませて語る。
「僕はあのハンカチの事件の後、どうしようもない状態に陥りました。
エマさんが犯人じゃないとしたら、何故彼女はあの時間にS地区に居る事が可能だったのか?何故、危険を冒してまでハンカチを盗むのか?何故、エマさんは見つからないのか・・・?
恥ずかしい事ですが、僕は今回の事件が幽霊の仕業だと本気で思いましたよ、この時に。そうでしょう?少なくとも、あの時間帯にエマさんは、S地区に居る事が出来ないですから!
この時、僕の中では、先程展開した理論によって、あの死体はエマさんの物だという公式が成り立っていたのですから。
でも、今日鑑定結果を聞かされて、僕達の会ったエマさんと、あの死体が別人だと聞かされた時にようやく分かったんです。
馬鹿ですよね・・・。少なくとも、この推理には“ハンカチ事件”の直後には組み立てる事が出来た筈なのに・・・。
よくよく考えてみれば、僕達は“エマさん”とあの日、初めて会ったんです。それが“本物”のエマさんかどうかを知る術は、ほとんど有りません。
死体は焼けていたし、エマさんはカメラマン。カメラマンなら、写真は撮られるより、撮る方にまわるだろうし、仮に彼女の写真があっても、アパートが燃えている時点でそれもアウト。外国人なら尚更にね・・・。
故に、僕らがS地区で会った女性を“エマさん”だと断定できる根拠は、考えてみれば、彼女自身がそう名乗っていた事と、鳥辺さん・・・。あなたが、僕達に紹介した事実と合わせて二つしかない!
もし、彼女が本物のエマさんじゃないとしたら・・・?こう考えれば、先程上げた疑問点は解消されるのか?そう、ものの見事に解消されるんです。
二人が別人なら、あの時刻に“彼女”がS地区に居ても、何らおかしくはない。
“ハンカチ事件”も、指紋鑑定をされて、その結果、あの死体が“エマさんである”と言う事が発覚するのを防ぐため。家を燃やしたのも、同じ理由・・・。
エマさんが見つからないのは、当たり前ですね・・・。
口紅の指紋とDNAが違うのも、僕達が会った彼女と、エマさんは別人だから何の問題もない!
僕は、この仮説が正しいという確信をしました!では、“彼女”と鳥辺さんは嘘をついていた事になる!
恐らく“彼女”の方は、今回の事件の事を知らずに利用されたのだと思います。このトリックは、非常に“彼女”にとってリスクの高いものだから。インターネットで募集されたバイトってところでしょう・・・。
と、考えると、残る一人の鳥辺さんは何故嘘をついたのか・・・?答えは簡単です。そうですよね、あなたが犯人なのだから!」
そう言い放つと、鳥辺は身体をビクンと震わせた・・・。歯をガタガタ震わせ、眼鏡の奥の眼球は今に
も飛び出そうなぐらいに見開いている。
涼の推理の途中、純と栞は一歩、また一歩と鳥辺から遠ざかる。そのうち純は白色の壁に背がついたが、それでもまだ足りないのか、両手を壁に這わせ、鳥辺がいる位置とは逆方向に、今度は横に移動する。
涼は、机から手を離して腕組をして、眼を瞑りながら、ゆっくりと確実に鳥辺の精神の砦を崩していく。
「まず、あなたのした事はアルバイトの募集でした。恐らく条件は、アメリカ人で、あまり日本語に慣れておらず、鼻が高い20代前半の金髪の女性・・・。それも日本には旅行で来ている・・・。
一見すれば条件は多いです。しかし、髪は染めればいいし、後の条件はアメリカ人女性にはよく見られますから、インターネットで、高い報酬で募集すれば、案外簡単に引っ掛かるんじゃないでしょうか?
外見等の条件は、勿論エマさんに似た人を捜すためです。まあ、これには先程言った数個の条件で、恐らく十分でしょう。バイトの人と、証言者(これには僕達が選ばれました)が会うのは、あなたの計画では3時間程・・・。実際にそうでしたが・・・。その短時間では、周りが暗かった事も相まって、細かな所を覚えられるわけがない。
日本語にあまり慣れていない、と言うのは結構重要な条件です。これは、“声”の問題です。もし、エマさんの声が入った物が出てきたら、僕らはそこから、エマさんと僕達が会った人間が別人である事に気づくかもしれない。
あなたにとってラッキーだったのは、エマさんが外国人で、日本語にあまり慣れていなかった事。つまりは、カタコトだった事。カタコトは、誰でも皆似たり寄ったりですからね・・・。
最後の条件、旅行中というのは、すぐに外国に帰ってもらわないと、この計画がオジャンになるから。彼女の口から、真相が漏れるかもしれないですからね・・・。
そして、あなたは事件の起こる一週間前、エマさんの家に向かった。そこでお酒に睡眠薬を入れるなりなんなりして、彼女を眠らせる。そして、パソコンで石灰を頼んだ。まあ、パスワードとかは盗み見したんでしょうが・・・。
そして、祭りの日の前日の夜・・・、あなたはエマさんの隙を見て、ナイフで刺殺・・・。さっきも言ったように、恐らくはスーツケースに死体を入れて、現場に行きそれを燃やした・・・。
そして、周りには“一旦”その死体をエマさんであると思わせる為に、彼女の私物を置いた・・・。それも、祭りの最中に見つかるように、それを道標の様に配置して・・・。
さっきも言いましたが、何故祭りの会場に死体を運んだかは話題を呼ぶため。この計画が成功した時、犯人がエマさんであると日本中に報道されるようにするためです。
そして、あなたはエマさんの部屋で暑さに耐えながらも、あの“怪しい人スタイル”で必死に石灰を待った。
石灰が届いた後、例の時限発火装置を仕掛け、バイトの女性を呼んだ。もう面倒臭いので、この女性はこれからナンシーと呼びます・・・。
彼女に、エマさんと同じ格好の服や、荷物を渡して着替えさせ、S地区に向かいます。報酬は、この時払ったんでしょう。何故、S地区かと言うと、幽霊が出るという噂であの日、必ず人がいる場所だからです。
そして、あなたは証言者を捜した・・・。その時間に“エマさん”が生きていた事を証言させる人間を・・・。
ここで浮かんだ疑問があります。何故、鳥辺さんは自分の友達を呼ばなかったのか?確実に証言を得る事が出来るのに・・・。その日に、他の場所で約束していたなら尚更です。まあ、思うに、その人達がエマさんをよく知っていたか、やたら写真を撮りたがる人がいたか、それとも友達に迷惑をかけたくなかったか、のどれかでしょう。
まあ、それで代わりの証言者を捜しました・・・。勿論がむしゃらに探した訳ではない。条件がありました。一つ目は、年齢!証言能力のある年齢であり、そしてまだ人生経験が浅く、外国人と会話をほとんどした事のないような年齢。
ある程度、外国人と会話した事があるなら、もしかしたら、ナンシーさんの人相をよく覚えてしまうかもしれないからです。
二つ目は人数!多すぎれば、彼女の人相を覚えている人物がいるかもしれない。しかし、少なすぎれば証言能力が落ちる。せめて三人は欲しい。
三つ目は、これが一番重要なのですが、カメラを持っていない事です!カメラを持っているならば、写真を撮ろうという事になってもおかしくない。しかも、カメラはその人達のだからフィルムも隠滅できない。
カメラを持っていなければ、写真を撮ろうという事になっても、ナンシーさんが取る事によってかわせる。みんなで撮ろうという事になっても、フィルムはこっちにあるのだから隠滅するのは容易い。
まあ、携帯にもカメラがついているご時世ですが、大きくて綺麗に取れるという事で、ナンシーさんが自分のカメラで撮る事を勧めればいい。
今回この三つの条件すべてに当てはまったのが僕達です。僕達は、幽霊を撮ろうとは思っていなかったからカメラを持っていなかった。年齢も、人数も申し分ない。
あなた達は僕らに自己紹介し、うまく溶け込んだ。後は簡単です。あなたは友達が痺れを切らして、電話してくるのを待てばよかった。ナンシーさんも、あなたが与えたありったけの情報でうまく“エマさん”を演じた。
そして、あなたはその場を離れた後、ある程度してからナンシーさんにこっそり電話をかけた。これが、バイト終了の合図です。
何故、時間差をつけて僕らから離れたのか?これは、万が一、その後エマさんが殺され、公園で死んでいたのは別人であると推理した時の為のアリバイ作りのため・
さて、バイト終了の合図で彼女は最後の仕事をします。いや、この時には既に終えていたのか?それはベンチに口紅を残していく事でした。
バイトの内容には、僕達と会っている時に口紅を一度は使い、その口紅を近くに落とす事、と言うのが入っていたのでしょう。
そして、ナンシーさんが離れた後、僕らはあなたの思い通りそれを見つける。まあ、少なくとも、その場を離れる時には、ペットボトルとかの片付けがあるから気付く筈だと踏んだ。
まあ、僕達がそれをずっと持たずに、交番に届けても別に良かったのでしょうが・・・。むしろ、そうするだろうとあなたは思った筈ですが。
ナンシーさんは、直ぐに帰ったのでしょうね、故郷に。これで、あなたの計画も一段落です。
さてさて、あなたは持っていたラジオをつけて、死体のニュースが流れる時をじっと待った。そして、その時が来た。
あなたはすぐさま、警察に行き証言をした。勿論、その証言は矛盾だらけです。しかし、あなたはそれをずっと言い続けた。あなたの計画において、一番最初に自分が疑われるのは仕方ない事なのですから。
警察が、自分に疑いをかけてき始めた時、あなたは僕達、証言者の存在を提示した。そして、僕らは即座に警察に呼ばれ、あなたと同じ証言をする。
ここまでくれば、あなたへの疑いはなくなります。あなたはホッとしたに違いありません。後は、僕達が口紅の存在を思い出せばいい・・・。
しかし、ここで誤算が起きました!それが例のハンカチです!そのハンカチは、口紅がついていなかった事や刺繍から分かるように正真正銘エマさんのハンカチです!
あなたは焦った。指紋鑑定をされては、あの死体がエマさんの物だとばれてしまう!そうなれば、僕らが会ったエマさんが、本物ではない事に気づくのは時間の問題だ。
幸いにも、ハンカチが警察に届く前に解散となったため、あなたはすぐにハンカチを奪うため、駐在さんを襲いました。
しかし、ハンカチを勢いに任せて奪った後、あなたは更なる問題に直面しました。それは、エマさんがハンカチが駐在さんによって届けられる事を知っている筈がないという事でした!
さぞかし悩んだ事でしょう!嘆いた事でしょう!もしかしたら、自首さえ考えたかもしれない!しかし、いつしか考えが纏まったのです!エマさんが“盗聴器”を介して聞いていた事にすればいいと・・・。
あなたは盗聴器を購入し(恐らく、あの怪しい人スタイルで)、警察に呼ばれるのを待った・・・。そして、あなたは警部がその事に触れようとした、まさにその時に盗聴器を取り出し、あたかも栞のウェストポーチについていたかのように見せびらかしたのです!
あなたは、この時心の底から安堵した。そして、さり気無くヒントを出したりせずとも、僕達が口紅の事に気づいてくれたおかげで、全てが順調にいっていると思い込んでしまった・・・。
かくして、あの死体が“僕達の会った”エマさんでない事が解り、あなたの計画通りに事が進んだ。後は似顔絵を描くのを手伝えばよかった。勿論、この似顔絵はナンシーさんの顔です。
しかし、彼女が外国で警察に呼びとめられても、すぐに身元は分かるから別人だと分かり、指紋鑑定とかはしないでしょう。
本当に完璧でしたよ、あと一歩のところまではね・・・。」
そう言って、涼は流れ出てくる言葉を止めた。鳥辺は、観念したように項垂れている。
しかし、まだ反論しようと考えているのか瞳は死んでいなかった。
涼は、その僅かな希望を打ち砕くためにも、語気を強めてラストスパートに入った。
「あなたは、下手な勝負師だ!確かに、あなたの計画は完璧に近かったが、あなたにはそれを完璧にする程の度胸を持っていなかった!
盗聴器を買ったはいいが、眼先の事を考えてばかりいたせいで、大きな矛盾が出来ている事に気づかなかった!
ハンカチの時も、目先の安全をとった!この時に物取りに見せかけていれば、あなたの計画は見抜けなかったでしょう!
あなたにとって、最も愚かだったのは石灰を頼んだのを祭りの日にしてしまった事!エマさんが犯人なら、前日にするのが最も安全な手だ!しかし、その場合あなたはエマさんを一日早く殺す必要があった。そうでなければ、彼女におかしいと思われるからね。だが、すぐに死体を祭りの会場に持っていけば、その時点で見つかる可能性がある。つまり、あなたは一日死体とともにいなければならないわけだ!
だけど・・・、あなたにはその度胸がなかったんですね・・・。肝っ玉の小ささに僕達は救われましたよ。もし、もっと肝っ玉の大きい人間がこの犯罪をやったら、ばれなかったかもしれませんね・・・。まあ、肝っ玉の小さい人間だからこそ、完全無欠の計画を立てるのですが・・・。机上での、ね・・・。」
そう言って、涼はゆっくりと目を見開き、もう一度鳥辺を見てから、今までとは打って変わった、懇願するような声で言った。
「鳥辺さん・・・。全ては暴かれました。証拠だって、調べれば絶対出てくる・・・。例えば、盗聴器を買った人の口調とか・・・。それに、バイトの人だって、事件の会った日の乗客名簿を見れば、数人に絞れる・・・。だから・・・!」
「もう、いいよ・・・。」
鳥辺は、力なくそう言った。まるで、その一言で、全ての力を使い果たしてしまったかのように・・・。
「君の言う通りだよ・・・。エマさんを殺したのは、僕だ・・・。」
いまにも消えそうな、風の中の灯火の様な声が会議室に響く。鳥辺は前に出て椅子を引き出すと、全ての力を抜いて、倒れるように椅子に座り込んだ。
「な、なんで・・・、殺したんですか・・・?」
純が、鳥辺に聞いた。純も、度重なる緊張で汗がダラダラと流れている。
純の見る限りでは、鳥辺はとても人を殺すような人間には見えない。それだけに理由を知りたかった。
鳥辺は、何処か遠くを見るような眼で、万感の思いを込めて言った。
「妹の無念を晴らすためさ・・・。」
「・・・。」
鳥辺に妹がいる事は、前に漏らしていたし、岡本も調べていいてその事は知っていた。そして、今体調
を崩している事も・・・。
「なんか、おかしいと思ったんだよ。写真コンテストに対する頑張り方が、いつもとは全然違うんだから・・・。そして、体を壊した。僕は、ベッドで横になっている妹に尋ねた・・・。一体、何でそんなに頑張っているのかと・・・。
妹は、力なく言ったよ。次のコンテストは半端な写真じゃ優勝できないって。エマさんが、コンテストの上役に体使って働きかけて、自分が優勝するように仕向けたって・・・。だけど、友達だから、告発できない・・・。私が優勝するには、それすら黙らせられるほどの素晴らしい写真を撮るしかないって・・・。
痩せて、力ない妹の腕を握る事しかその時の僕にはできなかった。僕は、この時誓った。絶対に、エマにだけは優勝させないって・・・。」
言っている間に、鳥辺の双方の目から涙が溢れてきていた。顔は、涙と鼻水でグシャグシャとなり、微かに嗚咽が漏れている。
その鳥辺に、涼が語りかけた。
「鳥辺さん・・・。やっぱり、あなたは目先の事しか考えていない!確かに、次のコンテストではエマさんが優勝していただろうが、その次のコンテストでは、今度こそ誰もが見て唸るような凄い写真を撮ったかもしれない!
結局あなたは、妹さんの実力を信じ切れなかっただけじゃないんですか・・・。これで、妹さんは、大切な家族の支えを失ったんですよ。
それどころか、あなたのせいで、妹さんのカメラマンとしての人生も、一人の女としての人生も、何もかもが壊れるかもしれない!」
涼はきつく、鳥辺に罵声を浴びせた。鳥辺は、自嘲ぎみた笑いを漏らす。
「実は、昨日妹に同じ事を言われたよ・・・。」
「え・・・?」
自分でもうまく伏線はれたなー、と思ってます