子供が欲しいのか、結婚がしたいのか
「ティアラ、俺の子供を産んでくれ!」
「はぁ?」
私は目の前のこの男が発した言葉を聞き返したかったが、咄嗟にでた声は低めの声で吸い込む様に声が出てしまい、怒っているように聞こえたかもしれない。
いや、投げかけられた言葉自体がとても侮辱的で失礼極まりない言葉である事は確かだが、一応これでもレディの端くれだ。
その辺の取り繕い方は十八番なのだが、流石に他言語にさえ聞こえるその言葉を聞き返したくなった。
「あ、間違えた!!いや、意味を大きく広げれば間違えて無いが・・・」
「はぁ・・・」
今度は『そうなのですか?』と言う意味の「はぁ・・・」だ。
言語力が低い目のあの男なら理解しているだろう。
「そ、そうなんだ!流石が俺のティア、理解してくれて助かる!」
ほら、わかっている。
でも、私はいつからこの男のティアラになったのでしょうかね。
「その、あの・・・だな。その・・・」
「なんでしょうか?」
何か用事があるのであれば早めに済ませてほしいため、抑揚のない声で問いかける。
いつもならハキハキと大きな声で喋るのに、今はどうしたのか。
「・・・最近、姉上の所に子供が産まれた!」
「はい、知っております。シャノン夫人には先日、お祝いをお送りしましたらお礼のお返事が届きました」
「そ、そうか!」
「その・・・俺にとっては姪になるのだが、可愛くて・・・」
あ、それで子供が欲しくなったのか、こいつ。
「赤子はとても愛らしいですものね」
「そ、そうなんだ!とても可愛い・・・。もし、俺にも子ができたら・・・」
チラチラと顔を真っ赤にして、私を盗み見て居るのだが、指先をツンツンしながらモジモジしていて少し気持ち悪い。
目の前の男は成人済みの上、長身で恰幅が良いのだ。
乙女でもあるまいし、身体を鍛える事が趣味で仕事なこの男には無理のある所作である。
ちなみにこの目の前で私に子を産めなど暴言を吐いたこの男は、私の幼馴染みで遠い親戚のカリファ伯爵家の嫡男のカイである。
私と同じ金髪に青色の目。
私と違い小麦色の肌は仕事で海上に居る時間が長いせいで焼けたのだろう。
元々はもう少し白かったように思う。
伯爵家の嫡男のため跡を継ぐ予定なのだが、身体を動かすのが好きだからという理由で軍隊に入隊し、水軍に所属している。
要するに脳筋バカなのです。
あ、軍人さんが全て脳筋だとは考えていませんよ?
ただ、このカイは短絡的で決めたら勝手に身体が動いてしまうタイプの脳筋なのです。
あらオブラートに包むことすら忘れてしまったわ、ごめんなさい。
カイは見た目はいいが、脳筋のため語彙力が乏しくそこが残念な部分だ。
特に私と話す時などは、子供と喋っているような気分になる。
私は彼の言いたいことをなんとなく理解でき、ニュアンスで伝わる。
それが他のお嬢さんでは難しく、秋波を送られるタイプではないため縁談も無いようだ。
ただ、見た目が良く伯爵家嫡男の為、時折脳筋バカのカイでも良いと殊勝な女性もたまにはいるのだが、カイ本人が断っているらしい。
理由は好きな女が居るから。
しかし、私に俺の子を産んでくれなどとほざき始めた事を考えれば、片思いの相手が婚約か結婚したのかもしれない。
ここ最近同年代の令嬢で婚約したのは男爵家のナナリー様に子爵家のマリン様、結婚したのは公爵家のクレナイ様に子爵家・・・我が姉であるティアリアだ。
私の名前がティアラ・ムラン、二つ上の姉がティアリア・ムラン。
親、名前考えるのがめんどくさくなったのでしょうね。
安直すぎる。
ちなみに、家族や仲のいい方達からは姉はアリアと呼ばれ私はティアと呼ばれています。
そして、カイの好きな女性の有力候補は姉のアリアだと私は推理している。
優しくて儚げな姉は、この脳筋馬鹿にももちろん優しい。
カイもアリアと喋る時はいつもよりきちんと喋り、語彙力も私と喋る時ほど笊では無い。
ただ、姉が結婚したからと言って私に子供を産んでくれと頼むのはお門違いだろう。
同じ血が流れて居るとは言え、アリアと私はあまり似ていないのだから。
まぁ、私は安産体型ではあるのですが。
昔は太々しい態度だな、体型と一緒でと揶揄われる事が多く、体型を変える事は難しく挫折したため、他者と喋る時の態度を見直し努力しました。
それが、今では私の武器です。
大らかで聞き上手なティアラが今では一般的な私ではありますが、目の前の脳筋バカの前だとどうしても、太々しい態度に戻ってしまう。
カイは素の私を蔑むことは無いのと、カイの前で聞き上手に徹してもあまり意味が無いと思っているからだ。
「ティアラ、その・・・だから俺と、け、けけ・・・けっ、けっ・・・」
鶏の鳴き声の真似かと思うほど「け」を多用する。
ちなみにカイの好物はチキンだ。
「けっ?」
「けっけっけっ、おれ・・・けっ、おれ・・・結構上手いと思うぞ!」
「はぁ?」
本当にこの男は何を言っているのだろうか?
久々に海上から戻ってきて会いに来たと思えば、ナニを自慢したいのか。
ナニが上手いのかははっきりと聞きたく無いが、予想は着く。
「だから、俺の子を産んでくれ!」
あれ?デジャブかしら・・・。
同じ状態を一度体験した気がするけれど。
私は頭痛がする頭を押え、姉の小さくため息をついた。
姉のアリアの代わりにされるのは何よりも嫌だ。
アリアの事は大好きだが、アリアを好いている男と夫婦になって比較されるのは勘弁願いたい。
「申し訳ありません」
「え!?」
「私は、子供を産む道具ではありません」
「あ、ち違っ!!」
「私、恋愛結婚がしたいので、カイのお話はお断りいたします」
淡々とお断りすると、カイの小麦色の顔から血色がなくなり絶望的な表情へて変化した。
そんなにアリアに似た子供が欲しかったのだろうか。
「も、もしかしてティアにはす、好きな奴が・・・」
「おりません」
「な、ならまだ俺にも」
「ありません」
『チャンスがあるのか?』と、言われる前に断ち切る。
アリアの代わりを求められる限りは無い。
私でも、愛されたいのだ。
もし、カイが私を愛してくれるのであれば考えなくも無いが、流石に子を産むためだけに求められる存在では納得しない。
「なんでだ!なんで!」
カイは外聞を気にする様子も無く床に崩れ落ち、同じ言葉を繰り返し叫びながら泣き始めた。
ちょっと怖い。
「なんで!!ティアなんで、俺と、俺と」
鼻水もダラダラと流しているので、仕方なくハンカチを差し出す。
ハンカチを見ると一瞬、カイは泣き止んだ。
そのハンカチを受け取ると、今度は声を殺してポロポロと泣きだした。
こんな事で泣くほどアリアを愛していたのだろう。
アリアが結婚したと知った時、カイはどのくらい泣いたのだろか?
これだけ愛されるアリアが少し羨ましい。
男性が本気で泣く姿を見るのが初めての私は珍しく動揺していた。
ずっと見ているのも悪くて、カイの背をさする。
「や、やめてくれ!同情などいらん!」
なら、泣くのを辞めてくれ。
私はどうしたらいいのでしょうか。
アリアの代わりに子供を産んでくれと頼まれ、断ったら豪泣きされて。
挙句にここは私の部屋だ、カイが帰らねば私も困る。
カイの涙と鼻水で絨毯が汚れてしまうかもしれないし、男を1人残して出ていくのは嫌だ。
そんな時に、部屋の扉が優しくノックされて最近結婚して出ていった姉が姿を見せた。
タイミングが良いのか悪いのか。
このアリアの登場がカイにどう作用するかティアラもわからない。
「あらまぁ、カイ。嬉しくて泣いているの?念願かなって、大好きなティアちゃんに求婚したのでしょう?ティアちゃんは昔から愛されて結婚したいと言っていたから、カイならぴったりだと思っていたのよ。よかったわねぇ、2人とも」
「え?」
アリアの言葉に思わず言葉が漏れた。
そんな情報一つも知らない。
「ち、違います!」
「違う?」
「断られました!!」
「あら、ティアちゃんどうして?貴女、恋愛結婚がしたいのでしょう?貴女の事を好きで好きでしかたないカイとなら恋愛ができるのよ!」
「え、でも・・・カイはアリアが好きなのです、よね?」
「違う!なんだ、それは!」
怒鳴るように叫ぶカイの目から涙は引いている。
「俺は、俺はその・・・ティ、ティアをだな・・・」
「ねぇ、ティアちゃん。カイは何ていって求婚してきたのかしら?」
「求婚?されていません。その、子を産んで欲しいとだけ・・・」
「貴方は・・・」
はっきりと言わないカイにしびれを切らし、アリアは私に確認してきたのだが、カイに言われた言葉を口にするのも恥ずかしい。
アリアもその言葉を聞いて、いつも柔らかに微笑んでいる瞳をカッと見開き、カイを睨みつける。
アリアが怒っているところを久しぶりに見た。
「もう!いつもいつもティアちゃんには何も言わなくても通じると思っているから、肝心な事が言えないのでしょう」
「は、はい」
「子供を産んで欲しい?そんな馬鹿な求婚がありますか!あれほど練習したのに!ティアちゃんは恋愛結婚に憧れていると教えたわよね?」
「はい」
「なら、ちゃんと告白なさい!」
「はい」
「ほら、立ちなさい!」
「はい」
カイは立ち上がり、敬礼でもするかのようにピンと真っ直ぐに背を伸ばし立っている。
その立ち姿は仕事の影響なのかとても美しい。
「ティアラ!お、お・・・お俺、俺とけっけけ」
「はっきりと!簡潔に!!」
アリアが持っていた扇子でカイの臀部を叩く。
乾いた音が部屋に響き、見ている方まで痛くなりそうだ。
「はい!」
カイは大きく息を吸い込み、胸を膨張させるとゆっくりとそれを吐き出す。
「ティアラ、俺と結婚してくれ!好きだ!」
声が大きすぎて耳が痛い。
目の前のカイは一仕事終わった後のような、颯爽とした表情を浮かべ、横に居るアリアは息子を誉に思っている母親のような表情を浮べ、2人とも嬉しそうである。
2人とも自分に酔いしれているようで、私との温度差は大きい。
ただ、目の前の2人を見ていると、確かに色恋関係が成り立つようには見えない。
私はきちん返事をするべく、カイの方へときちんと向き合った。
「カイ、私お断りします」
「え!??なんでだ!」
「ティアちゃん?どうしてなの!!??」
2人とも驚いたような表情で私に詰め寄る。
ちょっと暑苦しい。
「カイは子を産んで欲しい、閨が結構上手いとアピールしていましたよね?私、女遊びの激しい人はお断りします」
「ま、待ってくれ!あ、あれは結婚してくれと言えず、つ、つい・・・。俺はまだ未経験だ!証明してやる、俺のアソコはまだピンクだ!いってっ!!」
かちゃかちゃとベルトを外し始めた、カイの手をアリアが扇子で叩いた。
「止めなさい、貴方の物なんか私見たく無いわ!」
「だ、だがティアがご誤解を・・・」
また、泣き出しそうにするカイを見ていると本当に私のこと好きなのだろうなと、なんとなく理解した。
ちょっとだけ嬉しい。
「ティア・・・、カイがこのように語彙力が低下したのはほぼ貴女のせいよ?」
「え?」
アリアの表情は暗い。
長年、姉妹として一緒に過ごしていたため演技しているのがまるわかりだ。
しかも、なぜか私のせいにして落としにかかっている。
「カイが喋らなくても貴女が先に理解してしまうから、カイは脳筋になってしまったのよ・・・」
およおよとハンカチを取り出し、それを目元に持って行く。
たぶん涙は出ていないのだが、アリアの言い分も確かに思いあたる。
昔から、最後までカイの話を聞くアリアとシャノンに比べ、カイの言いたい事がなんとなくわかってしまって、話を断ち切る私。
常にカイとの会話は私が先回りして、会話していたため単調な会話でなりたっていたのだ。
「ティアだけだ、俺が何を言いたいのか理解してくれるのは!ティア、すすすすs好きだ!大好きなんだ!」
「がんばれ、頑張るのよ!カイ!!」
横でカイを応援しているアリア。
必死なカイを見て、なぜか思わず私も心の中で応援してしまう。
(頑張れ)
「ティアの顔も体も、本当は社交が苦手な事も全部好きだ!」
少し残念だけど、カイの言いたい事はなんとなくわかる。
人から好意を向けられた事のない私は、幼馴染が一生懸命伝えてくれるその言葉が嬉しい。
「ありがとう、カイ。私、恋愛結婚がしたいの。だから、これから1か月頑張って口説いてくれるのなら、考えてみてもいいわ」
「ああああああああ、あぁ!わかった!わかったよ、ティア!」
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しかし、この後カイがティアラを口説けたのは2週間だけだ。
カイは自分が海上保安で2週間いない事を失念していた。
ティアリアは言った、流石脳筋。
ただ、2週間でカイの気持ちをティアラは受け入れた。
カイの伝えたい気持ちが、今まで以上に伝わってくるようになってきたためだ。
あとは、少し脳筋にしてしまった責任をちょっぴり感じ伯爵家を支えようと小さな懺悔も入っている。
それと、ティアラ自身もカイの事を好きになっているのは、もう少し秘密にしておくつもりだ。
だって、また鼻水を垂らしながら泣く事がわかっているのだから。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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