28:side馨
全くもって驚いたよ。修斗が、あんな愚挙に出るとは…ね?
僕と朧は問題児の修斗を連れて、とある部屋を借りた。鍵を内側からかけ、誰も入らないようにして。
「どうしたのよ? 修斗、朱莉ちゃんだって何かしらの事情があって目立たないように行動していたのかもしれないし…私だってそこら辺は分からないけど、どう考えても貴方の言動はおかしいわ」
僕と朧は事情を知っている立場だけど、このことについては推測するしかない。
常盤さんの過去について僕たちは “いつ” というタイミングが分からない。分かっているのは “こういうことがあった” ということだけだ。
今調べている城野護という溯夜と接点がある人物から何かしら見えるかもしれないが…それも分からない。
僕の立場でも、全ての事情を調べるわけではない。あくまで皇城家、僕の場合は溯夜に関わることだけだ。
「ずっと考えていたけれど…貴方何か抱え込んでいない?」
朧の指摘に修斗の肩が少し震えた。
「まあ、それを話すか話さないかは修斗次第だけど…話した方が楽になるんじゃないの? こういう場面だと、特に」
「……………今回のことは俺が悪かったと思う。真矢にも言われてたんだ。俺が考えていることが万人に当てはまる訳では、ないと。あの時は軽く受け流したが、そのせいで痛い目にあった」
なるほどね。
ここで真矢ちゃんの話を出してきたということは…彼女に何かしらの悩みを話したということになるだろう。
全てなのか、一部なのかは分からないけど。
修斗は目で見て分かるほど深く落ち込んでいる。これでは今後に差し支えそうだ。
それだけ溯夜に怒られたことが身に染みている…ということだろうけど、仲介役の立場も考えて欲しいものだ。
まあそうは言っても、目の前の状況は変わらない。修斗は溯夜に怒られて、沈んだままだ。
修斗は溯夜の崇拝者と言っても過言ではない。多分他の誰よりも溯夜に心酔している。だからこそ、受けた心傷が大きいのだろう。
昔から、修斗にとって溯夜は “憧れの対象” だった。溯夜は元々小さい頃から、人を惹きつける性質を持っている。
今はさすがに気づいているだろうけど、当時溯夜本人は自覚していなかった。
7年前。
真矢ちゃんが危篤に陥ったことがある。死ぬかもしれない緊迫とした状況。
修斗は溺愛している妹がもし自分の前からいなくなったらーーと考え、完全に塞ぎ込んでいた。
そんな修斗に喝を入れたのが、溯夜だった。
『お前が真矢を信頼しなくてどうする? そんな顔をしていると、本当にいなくなってしまうぞ』
溯夜はこう言った状況下では非常に頼りになる人物だった。
それは溯夜の両親が基本的に放任主義 (実際のところ、いろんな事情があってそうなったのだが) であったため、自分を客観的に見るすべを身につけていたから…かもしれない。
溯夜の喝のおかげで修斗は塞ぎ込むことはなくなり、妹が助かるよう願うようになった。
そんな修斗を見て、修斗の両親は溯夜に対して、平伏して何度も御礼を言っていた。修斗の両親が言うにこのままだと、修斗は心を病み、病気になっていた可能性があったという。
真矢ちゃんの病状は修斗が塞ぎこまなくなってから、徐々に回復の兆しが見え始めた。まあ、これでめでたしめでたしなんだけど…これがターニングポイントになったと言える。
明らかに修斗が溯夜に接する態度が変わったのだ。
それよりも以前はあくまで “憧れ” であった。修斗にとって、溯夜は理想とする人物でしかなかったのだ。
同い年で、自分よりも優秀な存在。だから、憧れる。そこには、 “皇城溯夜” という存在はなかった。
しかしこれを機に、修斗にとって、溯夜は憧れではなく、崇拝する対象へと変わり果てた。
他でもない、 “皇城溯夜” という存在に心酔してしまったのだ。真矢ちゃんが治ったのも全て溯夜のおかげだと未だに思い込んでいる。
当時の溯夜の言葉によって、修斗自身生まれ変わったのかもしれない。
あんな不思議な出来事があったら、そうはなるかもしれない。あのときは僕たちはまだ11歳だったし。でも、修斗は溯夜にかけられた “励ましの魔法” が未だに解けていない。
一生付き合うことになる相手だし、解けなくてもいいと言えば良いけど、こういうときに困るんだよね。
「修斗。そんな顔をしてたらまた溯夜に喝を入れられるよ。あの時、7年前のようにね」
「!?」
「さっきも言ったけど、修斗が悩んでいることに対して僕たちは無理には聞かない。でも、そんな状態を続けられると僕たちが困る。果てには溯夜が困ることになるんだ。だから、形だけでも普段と同じようにいてもらわないと」
「……………そうだな。まずは常盤ちゃんに謝らないと。溯夜に迷惑をかけたと後悔するのは後でたくさん出来るもんな」
良い感じになってきた。もう、大丈夫か?
修斗の場合、とりあえずなんでも溯夜という最終兵器を出しておけば、何とかなる。
「常盤ちゃんに謝るのは、放課後にしなさい? もう授業中よ? 溯夜と合流するのが先だわ」
朧はため息を尽きつつも、既に鍵を開けて外に出ようとしていた。
「まあ、その通りだね」
そう言って僕も部屋から出た。修斗も続いて出る。
表情はいつもの “暁修斗” のものに、表面上は戻っていた。
悩んでいる内容を強引に聞き出さなかったのが悪かったのか。
このあと最悪の展開がやってくることを、僕たちはこの時知る由も無かった。
修斗の溯夜に対する崇拝度を、僕たちは少しなめていたのかもしれない。




