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スッキリあかりん → 溯夜 視点。
すまーとふぉんからの会話は皆に聞こえるようになっている。
そんなときに私が変なことを言ってしまえば、それは皆様固まってしまわれるでしょう。
ですが、それは言わなければいけないことだった。
『………この時間帯にかけてくるのは久しぶりだな、 “朱莉” 』
「そうだね、おじさん」
あれはいわゆる私を認識するための合言葉。以前人格が不定期に出ていたときにおじさんが考えだした提案だ。
いつ、人格が入れ替わるかわからない。それを認識することが出来ないかもしれない。それでも、会話やそのときの状況などにおいて違和感を感じた場合、この故事を使うこと。そういう約束をしている。
因みにこの愚公移山の意味は怠らずに努力すれば、どんな事業にも成功するという例え。実に良い言葉だ。
この言葉をおじさんから教えてもらったとき、改めておじさんの教養の深さに感心した。っていうか皆さん知っているようだった。教養が、教養が。恐ろしい…
そういうことを皆様にご説明したので、皆様納得してくれました。
「今、大丈夫? 忙しかったらかけ直すけど…」
『いや、大丈夫だ』
聞いてみれば、おじさんは今日休みだそうで。会いたいということを伝えると、快諾してくれた。
道筋は溯夜様が教えていました。それを聞いていると、ここは学園に近い場所にあるようす。
この場所から通学 (しかも車で) しているときは、意識が混濁していて外観など一切見ていなかったので驚いた。
「失礼します。お客様を御連れいたしました」
ノックして入ってきたのは、使用人さん。皇城家に仕えている人たちは皆有能な人たちに違いありません。
でも、その使用人さんは私よりも少し年上のような感じがした。
彼女は姫香とは違った…えっと、庇護したくなるような可愛らしいお顔の持ち主でした。というか食事の時から去るときに、彼女、いたよね?
「おじさん!!」
おじさんに会ったのは…えっと…いつ以来だっけ? とにかく長く会っていないものだから、私は目に映った瞬間に抱きついた。おじさんはこの中では、唯一全幅の信頼を寄せることが出来る人物。何でも話すことが出来る人だ。
おじさんの温もりを身体に受けることが出来て、大分リラックス出来たかもしれない。それを感じ取ったときには、抱擁を解いていた。
「それでは…」
「いや、待ってくれないか?三谷さん」
ん?
おじさんが使用人さんを呼び止めた。彼女はおじさんと溯夜様も御顔を互い違いに見つめています。
彼女にとって、御仕えしているご主人様が許可しない限り、動くことは出来ないみたいです。でも、溯夜様が首を縦に振られたので、彼女はおじさんの言うとおり、待ってくれました。
「皇城溯夜くん、彼女と朱莉は親しい関係なんだろう?」
「ええ、そうですよ」
ん? どういうことだ?
「私と親しい…ということは、 “もう一人の人格である私” と親しいということですか?」
溯夜様に尋ねてみる。おじさんがいてくれるおかげもあってか、緊張感が大分取れていた。
「ああ、そういうことだ」
ふむふむ、なるほど。ということは、引きこもりな私とは違い、もう一人の私は既に独自のコネクションを作っているということか。過去にしかこだわりがないと思っていたけど、一体どうやってして友達になったのやら。
あれ? そうなった場合、私の事情はどうなっているの?
溯夜様は三谷さんも交えて、皆にそこらへんについての話を始めました。
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三谷と朱莉を会わそうと思ったのは朱莉には同年代で同性の話し相手が必要だと思ったからだ。
彼女は優秀であるが、仕事以外に対してはすこぶる…天然な性格だったため、朱莉とは相性が良いと思ったからだ。
実際に彼女と朱莉は俺が思ったよりも早く意気投合した。彼女には朱莉の家庭の事情は伝えていないが、二重人格的なものが存在していると語っている、ということを “朱莉” に話した。
「えっと、じゃあもう一人の私は三谷さんとすこぶる仲が良いんですね。何か…嬉しいです」
朱莉は未だ城野さんの中できっちりガードされている。守りが固く、入れるところはどこにもない。更に朱莉自身、その方が落ち着くような態度を見せているため、どうしようもない。
それはそうだというしかない。年月の差があり過ぎるからな。考えると、会って互いを認識してまだ一ヶ月くらいしか経っていない。そんな状態の俺と朱莉本人が生まれたときから付き合いのある城野さんと比べるまでもない。
城野さんがいることで緊張が解れるならこれで正解だ、と必死に思い込むことにした。
「おじさんは何でそれを知っていたの?」
「ん?そうだな… “男の勘” か」
「えっ…」
朱莉も含め、皆絶句しているが、城野さんに限ってはその言葉は冗談ではないだろう。彼は人を観察する能力が抜き出ている。それで、相手がどのような状態かわかるのだから。
それか俺を試すために言ったのかもしれない。
「私とも仲良くしてくださいね?三谷さん」
三谷が退出する前に、朱莉はこんなことをいった。
城野さんがいるだけでずいぶん大胆になったものだ。話しかけるのも、一苦労かけていたというのに。
朱莉と三谷が仲良くなることは俺は賛成だ。
これで対人恐怖症も少しは克服出来るのではないか? とは思ったりはするのだが…油断は禁物だ。これ以上朱莉を傷つけさせないためにも、慎重に事を進めて行く必要があるな。
「最近会ったんだよ。あいつに」
「あいつ?誰のこと?」
「圭祐だよ」
圭祐というのは…まさか要注意人物の椿圭祐のことでは?
「誰なの? 圭祐くんって…」
「えっとですね………友達ですかねぇ………」
朧の問いに朱莉は言葉を濁した。馨が俺に対して視線を向けてはいるものの、あえて無視した。
この状況でこの話題が出るということは、どう見たって俺への嫌がらせだろう。
城野さんは俺みたいな人種が嫌いだからな。でも朱莉とは違いこちらは歳を重ねた大人だから、そのことを表情には一切出さない。
「あーそうか。幼馴染とかいう関係性ですかね」
確かに。その関係性は正しい。付け加えるなら、家族ぐるみの関係性があったが、朱莉の家庭環境が急変してしまって、離れてしまった…と言うのが正解であろうか。
過去、俺よりも距離が近かっただろう人物。彼が朱莉を好きだったことは知っている。
でも、“今の” 朱莉については…何ともいえない。ほぼ別人に近い存在だから。俺はそんなことがあったとしても、朱莉を愛し続ける自信はあるがな。
「瑞貴様は…どうなんですか? そんな御関係の方はいらっしゃいますか?」
この話題を避けたな、朱莉。朱莉自身はそこら辺の話は避ける方向がある。本人曰く、 “思い出すだけで苦しくなる” らしい。だから、朧には志間昇が亡くなり、 “常盤” 朱莉となったあとの重大な出来事を語っただけだ。
「気軽に朧って呼んでくれて良いのに…幼馴染ね、いるといったらいるわよ。溯夜と修斗とはまだ関係が長くないから幼馴染とは言えないけども」
「じゃ、じゃあ、お隣にいらっしゃる葛ノ葉様は?」
ああ、そういえば、朱莉にはまだ話していなかったな。先に言っておけば良かったか?
「僕と朧は婚約者同士なんだ。卒業後結婚することになっているよ」




