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溯夜 → スッキリあかりん 視点。
「あのぅ」
「何だ?」
「お願いがあるのですが…」
緊張している朱莉。それを見るだけでも、俺は口角が上がる。
俺に対する要望など、滅多なことでは聞かないのだが、朱莉のお願い事なら何でも叶えてやりたい。俺から離れたいという要望は除いて。
「溯夜様の叔父様にご挨拶がしたくて…」
俺は驚いた。
叔父に挨拶がしたい?
対人恐怖症で俺と対面するときですら少し震えている朱莉が??
「朱莉。叔父さんの年齢は…」
「わかっています!!」
常盤宗治と同世代なのに…と続けようとした言葉は朱莉の声によって打ち消された。
「わかっています…けど!! こんなにお世話になっているのに何もご挨拶しない、感謝の言葉も述べないなんて…図々しいにも程があります!!」
叔父さんに対しての配慮は一切必要がない。叔父さんも朱莉の状態はわかっているし、今は会う精神状態ではないと分かっている。
それは徹底していて、殻に閉じこもった朱莉のときでさえも叔父さんは朱莉と会わなかった。一応心配はしているけどな。
“もしかしたら一目見ただけで失神してしまうかもしれないぞ” 。そう言おうとしたら、朱莉の視線に釘付けとなった。
ーー俺は…この決意に満ちた表情を崩す気か?
「わかった。じゃあ俺も一緒に行こう。それで良いよな?」
「はい…」
相手のことを気遣い、思いやること。それは、以前あった出来事で思い知ったこと。まだ苦々しい経験として残っているが。
俺の存在がいることで、少しでも症状が改善されるといい。そう思って。
+++
皇城家には使用人がたくさんいらっしゃるらしい。
「……っ」
その度に体が強張って、動かなくなったりする。
「大丈夫か?朱莉?」
溯夜様が心配してくださっている。
全ての人が私に危害を加えそうなふうに思えてしまう。
ここにいる皆さんは私に危害など加えたりはしない。
そんなことなんてわかっているのに…
震えが…止まらなかった。
拷問ともいえる時間が過ぎて、ある扉の前で溯夜様は立ち止まりました。
私もそれにつられて止まる。
「ここが和人叔父さんの部屋だ…大丈夫か?」
多分、顔が真っ青になっているに違いないと思う。
「無理だな。そんな状態で叔父さんに会ったら、また卒倒するぞ」
「そんなに顔が真っ青なんですか?」
「ああ。真っ青通り越して蒼白だな」
どうやら、自分が思っていた以上に状態が酷い様子。
そして、ずいぶんとはっきり物事を言うんですね…溯夜様。
「会うにしても、近くの部屋で休憩してからにしろ」
ここは溯夜様に従ったほうが賢明かな…
結局私がわがままを言ったせいで、溯夜様を振り回されているし。申し訳ないな…
溯夜様が使用人らしき人と話していました。
その後、溯夜様に先導されて、近くの部屋に入った。そこには、お菓子と急須と湯呑みが置いてあった。
普通、お茶が好きな人でもない限り急須をお菓子と一緒に置かないと思うんですけど、それにお菓子も洋風だし…
洋風と和風のコラボレーション? あべこべではないだろうか?? そう思うのは私だけ??
それとも、ただ単純に私を落ち着かせるために置いて下さったのかもしれない。
「とりあえずソファーに座れ」
いそいそと隅っこに座る。だって、こんな豪華そうなソファー、滅多に座れないじゃない? 恐れ多いな…
ここに住んでいる時点で今更だと思うけどさ。
そして、溯夜様もお座りに…あれ?
「ーー何で同じソファーにお座りになるんですか!?」
私の向かい側にもソファーがあるんですけど…その問いには溯夜様は答えてくださらなかった。
「朱莉、俺の膝の上に来い」
今、何て言ってたっけ…
あかり、おれのひざのうえにこい? だったっけ?
ひざのうえ? おれのひざのうえ?
俺の…膝の…上?
「ひひひ膝の上ぇぇぇえええーーー!!!」
「もう1人の朱莉は嬉々としてやってくれているが…」
「そそそそんなことやってるんですか!?」
ああ…信じられない…そんな恐れ多いことを平気でしてみせるなんて…羞恥心とか、そういうのは持ち合わせていないんだろうな。
「私はやりませんからね!!絶対に!!」
つい最近、姫香を筆頭にした皆様から痛い目に遭ったばかりなのにさ…そんな自ら危険に飛び込む真似なんて私はしたくない!!
(まあ彼女たちからしたら、一緒の家に住んでいる時点でアウトだろうけどね…)
「気に食わないが…今日はこれくらいにしておこう」
とか言って、寄ってこないでくださいよーーー!!! 溯夜様ああぁぁぁーーー!!!
学園長の部屋の目の前。またこの場所にやってきた。
今度は大分良いかもしれない。この調子でいけば、学園長にあっても震えが来ないかもしれない!!
「入るぞ」
溯夜様がノックをした。事前に来ることは伝えていたけど、気分が悪くなったせいでタイムロスしてしまって…
本当に申し訳ないな。
ドアを開けて、中に入る。
そこには…
「ひっ……!!」
義父がいた。
身体は震えて固まり、いうことをきけなくなる。
やはり…ダメだった。義父と同世代の男性は皆義父の顔に見えてしまう。おじさんだけは違うけれど。何度もやって判別ができるようになった。
これはもしかしたら永遠に醒めることのない悪夢かもしれない。
「これは…重症だな。とりあえず、私の顔が見えないところに座わらせた方がいいのではないか?」
「そうだな」
溯夜様によって無理矢理移動させられ、学園長の部屋のソファーに座った。
そこにあったのは、先ほどとは違うお菓子と、急須と湯呑み。
お父さんが緑茶が好きだったため、私も緑茶が好きだった。緑茶を飲むと、落ち着くことが多い。
そのため、急須に手を伸ばそうとしたのだが、震えて取ることが出来なかった。カタカタって音が鳴る。
「無理に落ち着く必要は無いよ。常盤さん。溯夜、お茶を入れてあげなさい」
ああ…また迷惑をかけてしまう。
こんな私を常盤家から連れ出してくれたことだけでも十分感謝しているのに、更にご迷惑かけてる…本当にほんとうに…申し訳ないな。




