98.
「ところで、ロットさんは何でこんな場所に?」
真っ暗闇の中では心もとない蝶々結節の光が2つ灯っている。
紫水晶の鉱山の大穴の底にある洞窟を、アクトとこの場で再会した藤色のコートを着たロットは進んでいた。
「うーん。 この鉱山に、紫水晶以外の目的で入る人がいるとは思えないけど」
「オレとしては、自称考古学者が紫水晶を目的にこんな鉱山の奥底にいる方が不自然なんだけどな」
「あはは、それは確かにその通りだ」
不意にロットが辺りを照らすと、照らされた壁一面がキラキラと紫色に反射する。
壁の一面が上の坑道のような岩ではなく、全て紫水晶となっているようだ。
アクトの目的の紫水晶の純度には足りないが、それでも入口近くで見たものよりかなりの高純度の輝きが一面にある光景は圧巻で、息を呑む。
「ここはその昔、聖域と呼ばれてた場所だ。 人の手で『造られた聖域』ではなくて、本物のね」
アクトの脳裏に過るのは、先日訪れた聖域と呼ばれるヴァルーダ湖。
確かに、魔術や魔法道具の不備の原因だと思っていた気配は、ヴァルーダ湖にあった凛とした神聖な気配に近いような気もする。
「ん? 聖域と呼ばれて"た"って事は、今は違うのか」
「調べた感じだと、鉱山自体が魔術や魔法道具の発展期に造られたもののようだからね。 信仰対象であればその上に人工物、ましてやそれを採掘なんてしないだろ?」
「確かに……。 天の傘が魔法道具の創世記の英知の結晶って話も、こんな大きな鉱山があって魔法道具の魔核となる紫水晶の採掘ができたからだろうからな」
当時の人々が、信仰より発展を取った可能性も否定はできないが……その時代の記録が少なく、今となっては天の傘同様に確認はしようがない事である。
「聖域信仰が歴史の途中で大きく変わったのか、信仰自体が抹消されたのか。 こんなに神にまつわる場所もそうそう無いだろうに……ふふ、色々興味深いね」
「王都にいた頃は魔法道具の歴史なんて考えてもみなかったけど、魔核って歴史が深そうだな」
魔法道具は魔核と魔櫃で作られる……が、魔櫃部分が制御などを担う部品である以上、魔力を込めれば魔術が発動する魔核のみでも必要な効果を発揮する事は可能だ。
事実、今探している紫水晶から作ろうとしている結界石などはその類のもの。
そして魔核は宝石から作られ、その宝石の採掘される鉱山の奥底には聖域があるという。
「……ま、そういうのの解明は時計屋の領分じゃねぇから、ロットさんみたいな考古学者に任せるよ」
「君は専門分野以外は興味が無いというか、無頓着というか……。 まぁ、時計屋らしいと言えば時計屋らしいけども」
ロットがふふっと微笑ましいように笑うので、アクトは拗ねるように首を傾げた。
そして紫水晶の壁の洞窟を暫く進んだ先。
突然開けたような大きな空間に出る。
天井や壁の端まで蝶々結節の光が届かないのでかなりの広さはあるのだろうが、微かに光の届いた壁は相変わらず一面が紫水晶でできていた。
「さぁ、着いたよ」
「目的地って……ここが?」
「あぁ、君の探し物がある場所。 そして、本物の聖域だ」




