49.
「事の発端は黒帝竜が数多く目撃されたって連絡から。 教会は困りごとは基本解決しましょうって方針だから、巡礼の途中で近くにいた私とイオが駆け付けたの。 で、ここの領主も黒帝竜は放置できないって事で動く許可貰って色々調べてたのよ」
ステラが街から出られなくなったという要因を語り出す。
黒帝竜が目撃されつつも街に見向きもしなかった事で、幸いにも黒帝竜による街の被害は全く無かったそうだ。
しかし問題はその後。
黒帝竜が現れた事により、大昔より存在する街の防衛機構が過剰に反応、暴走。
街の外へと唯一通じる門扉が閉じられ、無理やり出ようとする人々を自律警守が攻撃する始末。
海路も言わずもがな、アクト達が先程体験したように襲撃される。
結果、街の外に出る事ができなくなってしまい立ち往生しているのだという。
「でも、あの自律警守はそんなに強くないわよね?」
ミシェが質問する。
事実、船を襲ってきたものはミシェの実力がある上でとはいえ全て迎撃できた。
「1つ1つは大したこと無いわね。 ただあの数だから、流石に対応は現実的じゃないわね。 街を焦土にしてもいいっていうならいくつか方法はあるけど」
「ステラお姉様! 過激な発言はえぬじぃです!」
「はいはい……」
おおよそ聖職者とは思えない発言である。
おほん、と形だけ咳払いしたステラが話を続ける。
「一番平和な方法は大本の魔法道具をなんとかする事なんだけど、直すにしても破壊するにしても詳しい人がいないと逆に手が付けられなくなる可能性もあるから」
「大本の魔法道具って?」
「あそこに白い塔があるでしょ。 監視塔っていうんだけど、自律警守も門の開閉も街の防衛に関わる魔法道具は全部あそこで制御してるの」
ステラが指差す方向には、川が合流してできた大きな池があった。
大小様々な船が行き交う交差点のような場所で、水上で店を開いている船もある。
この町の中心部となっている場所に、不釣り合いに白い灯台のような塔が聳え立っている。
「全部あそこで制御できるなら、解決じゃないか?」
「ところがお生憎、かなり街の魔法道具が大昔のものだから操作はともかく修理できる時計屋が街にはいなかったのよね」
魔法道具の修理、と聞いてミシェの目が光る。
「じゃあ、アクトなら修理できるわよね?」
「うえぇ、オレ?! 簡単に言うなよ、そもそも部品が用意できない可能性も……」
「できないの?」
ミシェが純粋な目できょとんと首を傾げる。
アクトに直せない魔法道具は無い、と思っている顔だ。
今までミシェの前で手詰まりとなった魔法道具は1つも無かったのだからそう思うのも無理はない。
そして、そこまで言われたら時計屋としての名が廃る、とアクトは髪をくしゃくしゃと搔きながら頷く。
「分かったよ! とりあえず俺に視せてみろ、話はそれからだ」
「ちょ、ちょっと。 藁にも縋りたい気分ではあるけど、流石に素人に見せるのは……」
「大丈夫よ。 アクトは何たってあの輪転の軛の時計屋なのよ!」
「えっ、あの引きこもり……んんっ、失礼。 アンティークマニア変態集団のメンバーなら確かに一考の余地アリね」
「お姉様……」
「いや、どっちも否定はできねぇな……」
アクトが虚空を見ながら同僚たちを思い出す。
アクトの所属する輪転の軛というギルドは、古い魔法道具の修理を主に扱っている。
高額な修理費を要求するが、これは主に稀少な素材や文献・調査などの代金を含んでいるためだ。
高額な修理費のせいで貴族相手が主になるが、金儲けは考えておらず単純に珍しい魔法道具を触るのが好き、
という人でないととてもでないがやっていけない地味で地道な仕事である。
「俺も付き添うから、アクトに1回見せるだけ見せてもいいんじゃないか?」
「うーん、エリィ君が言うならいいか……。 成功報酬になるけど報酬金は教会に付けてくれていいわよ。 はい」
ステラが重厚な鍵と、金額が書いていないサインされた小切手をアクトに押し付けるように渡す。
「ん、これって……」
「監視塔の鍵、警備兵がいると思うけど鍵を見せれば通してくれるわ。 あと、貸し借り面倒だから、小切手は好きな金額書いて教会に請求してくれていいわ。 駄目で元々だから、何か分かったら報告頂戴。 それじゃヨロシク」
「あ、失礼します! 待ってステラお姉様~!」
ステラは言うだけ言うと踵を返して去っていく。
付いて行くイオはアクト達にペコリと頭を下げると、ステラの後を追って去っていく。
アクトは小切手を見つめたままだ。
正確には、小切手の宛名を。
「なぁ、エリィ。 ステラって……何者だ?」
「あぁ、ステラは黎元教会の枢機卿の1人だぞ」
「枢機卿?」
「確か、黎元教会でもかなり上の方の役職だった気がするけど……」
ミシェがうーんと考える。
アクトもミシェも、黎明教会にはあまり明るくないので役職名を言われてもピンと来ない。
それを見て、エリィがなんて事はないという風に付け加える。
「えっと、黎明教会で一番偉いのが教皇。 その次に偉いヤツ等が、枢機卿だ!」
「「……えぇえええ?!」」
アクトとミシェが同時に驚く。
厄介な人から頼み事をされてしまった、と後悔をするが既に遅かった。




