36.
「まぁ、ざっとこんなもんかな」
一瞬……は流石に言いすぎだが、あっという間、という表現は適切だろう。
アクトとロットを襲ってきた黒ローブの集団は、全員があっという間に雪の上へと叩き伏せられていた。
(やっぱり、この人メチャメチャ強い……!)
黒帝竜と対峙できるミシェも強いし、クルクノス王国軍の駐屯地に集まっていた軍人や旅人も当然強かったが、「どうして強いのか」はアクトも見て分かっていた。
いわゆる、目で追えるレベルの強さ。
だが、ロットの動きは何をしているか全く分からない、得体が知れない強さがある。
目の前で起きた出来事なのに、何一つ理解できない。
その証左なのか、シリンダー銃を構えながらも一度も弾を撃っていない。
武器をいなしたり、殴りつけるのに使っているだけだ。
黒ローブの一人が立ち上がろうとすると同時に、初めてパンッと軽い銃声が響いた。
弾は外れ雪の上に弾痕が残る。
いや、威嚇射撃で外して撃った、が適切だろう。
「……失せろ。 お前たちの目的は既にこの地に無い筈だ」
黒ローブの集団にシリンダー銃の銃口を向けながらロットが言う。
流石に圧倒的な実力差で勝てないのを察したのだろう、慌てた様子で立ち上がりながら、黒ローブの集団は散り散りに逃げるように去っていった。
「なんか、危ない集団だと思ってたけど、素人集団って感じだな」
「うーん、概ね正しいかな。 主力部隊は撤退しただろうけどまだああいう残党が町中に残ってるみたいだから、町中を動くときは気を付けてね」
「残党って事は、あいつらはちゃんとした組織なのか?」
「うーん……。 平和でいたいなら、まだ首を突っ込まない方が良い、かな。 知るだけで不幸になる事っていうのも世の中にはあるから」
ロットが不思議な光を目に蓄えながら微笑む。
こういうのは知るだけ損、と過去に相手した厄介な客と同じ目の輝きをするロットを見ながらアクトはうんうんと頷く。
「ところで、アクトはここに何しに来たんだい?」
「あぁ、そうだ! ロットさんに会って本題すっかり忘れてた!」
アクトは慌てて探知水晶を取り出して魔力を探る。
「魔力の気配はあっちだな」
「あぁ。 港の結界を壊すつもりなんだね」
「よく分かったな。 そうなんだよ、多分この辺に……」
少し歩いた先の岩陰に、隠すように正方形の箱型の魔法道具が置かれていた。
灯台にあったものと同じく、チカチカと規則的に光を放っている。
アクトが鈍色のナイフを鞘から抜き中央の宝石に突き刺すと、ジジジッという音と共に光が弱くなり、そして消えた。
「よし、これでここのは完了だな。 あとはミシェの方が問題無ければ、結界はなんとかなりそうだな」
「君は時計屋だけど、魔法道具壊す事に抵抗無いんだね」
「ん? あぁ、別に魔法道具に罪はねぇけど、道具は道具だしな。 時計屋って魔法道具の解体作業も割とするから、その辺ドライなヤツが多いんじゃねぇかな」
「なるほどね」
何かに納得したようにロットは手帳に走り書きをする。
そして、パタンと閉じると遠くの空を見上げる。
「……それじゃ、僕はこの辺でお暇しようかな。 また会えればいいね」
「あ、あぁ」
ロットが右手を挙げると、以前竜渓谷で見たのと同様、掻き消えるようにその場から姿を消した。
「相変わらず不思議な人だな……」
黒帝竜から助けてくれた事、鈍色のナイフを渡した事。
理由は謎だが気にかけてくれるのは何故だろう、とアクトはロットの消えた方向を見ながら考える。
「……あれ。 そういえば、オレが時計屋だってロットさんに言ったっけ?」
首を傾げながらまぁいいか、とミシェとの合流地点である灯台への道を進むのだった。




