210.
「おかしいな……」
祭りのぼんやりとした明かりを背に、アクトは村外れに細々と引かれた砂利道を腕組しながら歩いていた。
ミシェの家へと向かっているのだが、歩けど歩けど一向に辿り着かない。
記憶では左程掛からずに家が見えたが、夜で暗いから体感遠く感じるのだろうかと先へ進んでいた。
しかし、あまりにも家の影すら見えないので、立ち止まる。
「迷った……いや、道間違えたか?」
そう結論し、来た道を戻ろうとする。
幸い、祭りの明かりが見えるので村の方向を見失なうことは──
「うわっ?!」
突然、足を取られる。
足元を見て気付く、道の横が崖になっている。
途端に青ざめ、目を瞑る。
そのまま重力に身を任せて落ち……
……。
……落ちなかった。
思った瞬間、アクトは手をぐいっと引っ張られ砂利道に戻された。
「君は見る度に危ない目に会ってるね」
そんな笑い声と共に現れた人物にアクトが目を見開く。
「ロットさん?!」
見知った、藤色のコートを着た金髪の青年がそこに立っていた。
「ロットさん、なんでこんなところに……?」
「散歩だって言ったら、君は信じてくれるのかい?」
「散歩ってこの村に住んでる……訳無いよな。 まぁ、ロットさんが変な所に現れるのは今に始まったことじゃないか」
最初に黒帝竜に襲われたところに始まり、港町の郊外、水上都市のゴミ捨て場、鉱山の最下層なんてものもあった。
そう考えれば秘境の村はずれはそこまで不思議ではない……いやそんなことは無いのだがとアクトが首を捻る。
「この先に祠があるんだよ、そこに用があってね」
「祠?」
「よかったら一緒に行くかい? 終わったら村の近くまで送っていくよ」
うーんとアクトが考える。
夜中にこんな秘境の果てで用というのは奇妙でしかないが、祠に興味が無いといえば嘘になるので、折角ならと付いて行くことにした。
何より1人で戻ってまた崖から落ちてはたまらない、というのがかなり大きいのだが。
王都を出てからの話をしながらしばらく砂利道を進むと、月明りに照らされる開けた場所に出た。
ぽっかりと空いた空間の奥のほうに、ポツリと何かが置かれている。
「なんか、小さい倉庫みたいなのがあるな」
「あはは、アレが祠だよ。 この村の信仰対象である守護竜の」
守護竜カリスティエラ。
村に来て何度か聞く名前は、ミシェの母親といわれるドラゴンであり、詳細は分からないが恐らく過去に黒帝竜に村が襲われた時に命を落としたのだろう。
ふっ、と月夜が陰った。
瞬間ぞくりと背筋に寒気が走る。
何度も遭遇していれば、流石に一般人のアクトでも分かるようになる。
「黒帝竜……?!」
夜の空でも際立つ黒の両翼を広げ、黒帝竜が目の前に降り立った。




