21.
「じゃあ、ついでだから馬車の修理代も払わせてくれよ」
「え、いいってあれくらい」
旅人組合の旅人登録というのが無事に終わった後、ハコと呼ばれる馬車の御者が「街道で修理してもらった馬車の修理代を払いたい」と申し出た。
アクトとしては成り行きだった上に、簡単な修理で終わったので特に修理代は不要という認識だった。
「旅人組合の大事な仕事を助けて貰ったんだ、そういう訳にもいかないよ。 えーっと、馬車の修理代ってどれくらいだっけ?」
「馬車が街道の途中で故障して立ち往生したというお話でしたね。 修理代に緊急度ボーナスを付けまして……報酬は銀貨10枚になります」
「「銀貨10枚?!」」
出された額にアクトとミシェが同時に驚く。
王都からミストロード平原と竜渓谷を抜けて、このメリアブルームの町への馬車の乗車賃が銀貨1枚であったので、その10倍である。
もっと言うと先程食べたダイマル飯が50個食べれる金額である。
「緊急度が高い魔法道具の修理はボーナスがかなり高額に設定されています。 修理を行える時計屋が町の外に出る事がほとんどないので」
「そりゃ時計屋の仕事は普通は街の外に無ぇからな……」
受付嬢が説明するには、旅人組合が定めている報酬の金額は、相場・危険度・重要度・緊急度などを総合的に判断し決められているという。
そのため、簡単な依頼でも人気が無いと報酬が高額になる事があるという
「スライム1000匹狩りなどは重要度高いのと裏腹にとても簡単な依頼なんですが、全然受けてくれる人がいないのでそこそこ高額に設定されているんですよ」
「1000匹は確かに、時間掛ければできるだろうけどやりたくはねぇな。 なるほど、難易度だけが報酬に比例するわけじゃねぇって事か」
「そうそう。 ドラゴン退治は危険度高いから結構報酬もいいんだけど、普通の魔物退治は旅人の花形依頼で人気だから、あんまり報酬が高くないのよね。 ……数だけ要求されるスライムは別だけど」
「ここ数年スライムの数が増えているので、重要度の高い依頼なんですけどね。 1匹から受け付けておりますので、お時間ある際にぜひともお願いいたしますね」
にっこり、と圧を掛けるような笑顔で受付嬢がスライム退治を進める。
ミシェもアクトも「時間があれば」と後ろ向きに検討すると返答した。
「あ、オレ次の仕事の打ち合わせがあるから、後は頼むぜ嬢ちゃん」
「はい、報酬の支払いは滞りなく行っておきます」
「よろしくな。 じゃ、オレはそろそろ行くけど、今回はマジで助かったよ。 ありがとな時計屋の兄ちゃん」
受付嬢に「よろしく」と言い肩をポンと叩いてから、馬車の御者はアクトとミシェと目を合わせる。
「最後に改めて、オレの名はハコ。 金さえ払ってくれればどんな所でにでも馬車出す凄腕の御者だ。 今後ともどうぞご贔屓に」
「馬車の馬を停めた人にに凄腕の御者って言われてもな」
「うぐっ、それ言われると何も言い返せないんだが……」
ハコは何とも言えない表情になりながら、カウンター奥の関係者以外立ち入り禁止の扉の奥へと消えていった。
「では、こちらの馬車の修理代、銀貨10枚はどうされますか? 今すぐ手渡しも可能ですし、旅人組合の口座に入れておく事も可能です」
「あー、持ってても仕方ないから、口座に入れておいてくれ」
「かしこまりました。 旅人組合の支部でしたら、どこでもお引き出し可能ですので覚えておいて下さいね」
「へー、便利だな」
旅人組合には便利な仕組みが多くあるんだな、と旅人というコミュニティの奥深さをしみじみと感じるアクト。
そして何かを思いついたように受付嬢に質問をする。
「あ、半分ミシェの口座に入れて貰うってできるか?」
「はい、可能でございますよ」
「え、ちょっと!」
淡々と進む話を聞いていただけのミシェが突然自分の名前が出てきて驚く。
「ま、色々助けてくれた礼って事で貰っといてくれ。 情けは人の為ならず、って言うだろ?」
「そんな旅人のマナー聞いたこと無いけど……」
「それではミシェ様、蝶々結節の提出をお願いします」
「もー、分かったわよ……」
ミシェが渋々という形で胸元から黒い小さなものを取り出す。
受付嬢がそれを受け取ると、台座の魔法道具に乗せて何やら操作を始めた。
「なんだ、アレ?」
「蝶々結節っていって、旅人の身分証みたいなものかしら」
少しすると操作が終わったようで、受付嬢からミシェに黒い小さなものが返される。
「お待たせしました、アクト様とミシェ様の口座に銀貨5枚ずつ振り込まれました。 それでは、アクト様こちらをどうぞ」
受付嬢がアクトに差し出してきたのは指でつまめる程度の大きさの蝶を模した漆黒色のブローチ。
中央部分には半透明の宝石が小さく光っていた。
「魔法道具……通信用か?」
「流石は時計屋ですね、一目見て機能がお分かりになるとは。 こちらは蝶々結節と言いまして、旅人組合で旅人登録をしたという身分証です。 次に旅人組合にいらしたときはこの蝶々結節を見せていただければ、本人照会などの面倒な手続きは全て省略できます」
「ふーん……」
アクトが受け取った蝶々結節を不思議そうに眺める。
「緊急時に救難信号を出せたり、明かり代わりになったり、色々便利機能があって旅人の必需品の1つと言っても過言ではないわ」
「色々な機能か……。 まー、旅人の必需品ってならありがたく貰っておこうかな」
細かいことはいいか、とアクトは蝶々結節をポケットに入れた。
「本日の手続きは以上となりますが、よろしければこの町の時計屋の工房に顔を出していただけませんか?」
「ん? そうだな、丁度寄りたいと思ってたからいいぜ」
「ありがとうございます。 輪転の軛の工房がこの建物の隣にございますので、是非に」
「あー、輪転の軛か。 こんだけ旅人が多い町だったら支部くらいあるよな……」
受付嬢に礼を言い、アクトとミシェは建物の出口へと進む。
次の目的地は輪転の軛の工房だが、今度はミシェが目的が分からず首を傾げる。
「時計屋の工房に用事って、この町に来た目的と関係あるの?」
「いや、全然。 お前の壊れた槍の魔法道具を見せに行くんだよ。 運が良ければそのまま直せるかもしれないし」
「え、それは別にいらないって……ちょっと! 待ちなさいよ、アクト!!」




