168.
「どもー。 凄腕御者のハコ、勅命の依頼で到着しましたよっと」
王都の貴族街にあるグロッシュラー邸のエントランスの玄関口から男性の声が響き渡る。
アクトたち黒帝竜の調査隊の目的地が決まり、旅の準備をしながら5人と1匹はエントランスの隅の応接エリアで休憩中。
声のする方へと顔を向ける。
「あれ、ハコさん?」
「ハコさんね」
「お、兄ちゃんまた会ったな」
アクトとミシェが手を振ると、玄関口からハコと呼ばれる男性が応接エリアの方へやってくる。
「そうか。 皆、見知りの御者だったか」
ゼノディアが腕組みをしながら頷く。
ハコは先の旅路で、途中までアクトたちの馬車を引いてくれた御者で、世界中に拠点の存在する『旅人組合』と呼ばれる旅人を支援する組織に所属している。
訳あって海の上で分かれたが、どうやら無事に元の生活に戻れていたようだ。
自称凄腕御者だが、アクトとしては馬車の応急処置もできないので大したことないだろうと思っている。
船の操縦は見事なものだったのでそちらが本業ではないかと少し疑っているくらいだ。
「つい最近デュオルキャンバスまで世話になったからな! この中だとはじめましてはエリーだけだな!」
「そうだな。 はじめまして美しいご令嬢、ハコと申します」
「エルヴィーラ・ウォルセントです。 勅命の御者に選ばれるということは腕は確かとお見受けします」
ハコのお世辞掛かった挨拶をするーして、エルヴィーラが無表情ながら丁寧なあいさつを返す。
「しっかし、勅命とは参ったね。 旅人組合は国に属してないから、国の命令にはあんまり従いたくないんだけど……。 そもそも組織っていうにはルールが無さ過ぎて勅命で誰が行くか大揉めだったよ」
このクルクノス王国の王族からの絶対命令である勅命は断れないというのは、国に属していないという旅人組合でも周知の事実ではあるようで、ハコが肩を竦める。
「すまないな。 文句があるならそこにいる殿下にいくらでも言ってくれていい」
「殿下?」
「俺、エリエッシュロ! 勅命書にちゃんとサイン書いただろ?」
エリィがえっへんと自慢げに言う。
ハコが「えー」と半信半疑にアクトとミシェを見るが、肯定としてうんうんと頷くので「まじかー」と肩を落とした。
「ま、状況が状況だし、仕事ならやらせてもらいますよっと。 馬車の準備はできてるけど、今すぐ出るのか?」
「ゼノディア、準備は?」
「問題ありませんよ」
「じゃあ、今すぐ出発だ!」
エリィが号令を出す。
なんだかんだ、最終的な意思決定は勅命の主であるエリィに委ねられているようだ。
「アクト、行く前にこれを渡しておく」
いざ出発とアクトがソファを立ち上がると、不意にゼノディアに声を掛けられた。
テーブルの上には、水晶玉が置かれていた。
中が靄のような白濁しているのが特徴の魔法道具で、よく見覚えのあるものだった。
「探知水晶か……。 いよいよまた旅に出るって感じになったな」
「なー」
先の旅の一番最初の目的……生まれて初めてアクトが王都を出る理由となったのが、この水晶玉をゼノディアに届けるというものだったとしみじみ思う。
旅が終わり納品完了と思った矢先に再び戻ってきたので、もはや曰くや因縁があるようにも思える。
「納品して貰った後で悪いが、これはお前が持っててくれ」
「また索敵係ってことだな、了解」
他のメンバーに比べ戦いでは全く役に立たないアクトは、そういう役割としてメンバーとして指名されたのだろうと諦めながら探知水晶を鞄の中に入れた。




