16.
「はっ!」
ゴンッという鈍い音と共に全身に衝撃を受けて、唐突にアクトの目が覚める。
目の前には見知らぬ天井が広がっていた。
「朝から何してるのよ」
そこに桃色髪のツインテールを肩に垂らしたミシェがあきれ顔で覗き込んできた。
寝起きの軽装のアクトと違い、ミシェは帽子を被り服装も整え準備万端である。
アクトが上半身を起こすと横にはベッドがあり、どうやらそこから落ちたようだ。
ちなみにベッドの中央には我が物顔で寝ている白猫のナナがいる。
見回すと、そこはベッドが2つと小さなテーブルがあるだけの小部屋である事が分かる。
「ここ、どこだ?天国か?」
「まーた変な夢でも見たの? ここは、メリアブルームの宿屋でしょ」
「あー、そうだそうだ。 思い出した」
アクトがポン、と手を叩く。
大陸東部に広がるフローラルハウズ帝国の西方に位置するこの町の名はメリアブルーム。
別名、旅人の休息地。
険しい道の続く街道の中継地点となっているため、旅人が滞在する事が多い町である。
昨日、乗ってる馬車が途中で停車したり、黒帝竜に襲われるというアクシデントはあったが、その後は特に問題が発生することなく陽が沈む前に町に到着する事ができた。
朝から移動や魔物退治(主にスライム)や黒帝竜との遭遇もあり疲れが溜まっていたためか、旅人組合の運営するという宿屋に入り、倒れるように早々に休んだのだった。
「部屋に入って荷物置くなりすぐ寝るんだからビックリしたわよ。 相当疲れてたのね」
「そりゃ、王都にいた時はあんなに歩くこと無かったし……あ。」
「ん、どうしたの?」
アクトがふと思い出したようにキョロキョロと辺りを見回す。
「狭い部屋に、ベッドが2つ……」
「だから?」
「見ず知らずの女と二人っきりで一晩明かしてしまった……?! 親父にそういうのはちゃんとお付き合いした人とだけって言われてたのに?!」
オロオロとするアクトに、ミシェがため息を吐く。
「旅してる間はその程度のこと気にしてたならキリないわよ。 それに、もし何かしたら正当防衛で反撃するから」
「そ、そうだな。 ミシェの実力を考えると、どっちかというとオレの方が危ないもんな」
「それはそれで失礼じゃないかしら? まぁ起きたならひとまず、旅人組合に……」
ぐぅ~。
気の抜けた音がする。
「……腹減ったな。」
「確かに、宿屋に直行してそのまま寝たから昨日から何も食べてないわね。 まずは町に出て何か食べましょうか」
「賛成賛成。 目的の仕事も急ぎじゃねぇし。 ナナは……」
「なー」
アクトがベッド上を見ると、自分の場所だと言わんばかりにナナがベッドのど真ん中で丸くなっていた。
ちなみにナナの下には、昨日アクトがそのまま放り投げた鞄がある。
「……荷物とナナってここに置いたまま外出ても大丈夫かな」
「なー」
アクトがゴーグルを頭に着け、上着を羽織りながら確認する。
最初は鞄も取ろうとしたが、ナナが動かないので諦めた。
「町中歩くだけだから、大丈夫よ。 ここは旅人組合の運営してる宿屋だから、旅人の滞在中は好きに使って大丈夫だし」
「旅人組合ってすげーんだな」
「ただ、治安が良いとは言えないからホントは荷物番はいた方がいいんだけど」
「それならナナに任せとけ、こう見えて留守番得意だからな。 ナナ、待ってるなら任せるぞ」
「なー♪」
了承の合図なのか、二又の尾を振りながら返事をするナナ。
留守番得意の意味はよく分からないミシェだったが、アクトが自信満々なので特に深く追求はしなかった。
ミシェの荷物はアクトより少ない上、ナナに占領されている訳でもないので、そのまま持っていくそうだ。
そして、再び眠り始めたナナを後目に二人は宿屋を出て町中へと向かうのだった。




