110.
「しっかし、貴族サマの言葉って難しいわよね。 半分も理解できなかったわ」
広場で黒帝竜討伐の説明が終わった後、ぞろぞろとスウォット山岳へと向かう旅人達を見ながらミシェが言う。
アクト達は、結界石を受け取るために広場の隅で待機中だ。
「分からなかったってどの辺が?」
「だから半分くらいよ。 最後の"ブウン"を祈るっていうのも何だかよく分からなかったし。 皆大体そうじゃない?」
そんなことは、と辺りの旅人の歩き行く話に耳を傾けると、「結局どういう事なんだ?」「いつもの黒帝竜討伐と同じってことだろ?」というような会話が漏れぎ超えるので、ミシェの指摘も間違っていなさそうだ。
「ですが、最後の熱気は本物でしたよ? とても理解できていないようには思いませんでしたが」
「あんなのノリよノリ。 黒帝竜相手なんて常に命懸けなんだから、やる気出していかないと」
「なるほど、それも旅人のマナーというヤツですか。 興味深いですね」
エルヴィーラも貴族側なので納得はしても実感はしていないようで、ふむふむと辺りの旅人を観察していた。
「そうか、もう少し噛み砕いた言い方の方が良かったな。 つい、いつもの兵士たちへの激励のつもりで話してしまったな」
「私もですよ。 もう少し配慮すれば良かったですね」
不意に話に加わってきたのは先程まで舞台上にいた領主兄弟、ルフナスカとロウスカー。
ルフナスカは手に硝子の箱を持っていた。
「俺は良かったと思います! えっと……内容より、雰囲気だと思います!」
「ほぅ。 私の言葉は内容が無かったか」
「そんなことは……いてっいてっ」
ルフナスカが2回ほどエリィを杖で小突いてから、アクトに硝子の箱を渡す。
中身は開かなくても硝子越しに見える、7つの濃い紫色の宝石が置かれていた。
中央に先日宿屋のロビーで見た手で握れる大きさの結界石。
それを取り囲むように二回りほど小さい結界石が6つ。
透明で傷一つ無い硝子の箱も相まって、美術品のような出来にアクトは息を呑む。
「すげぇ、純度の高い宝石の加工は難易度高いって聞くけど……完璧な出来だな」
「彫金師としてはまだ細かい部分が未完成だそうだがな。 時間も無いから強奪してきたが」
「未完成品という事ですか?」
「いや、結界石としては完成している。 美意識が妙に高いヤツだから、細かい部分といった見た目の問題だからな」
「あー、彫金師ってそういう所あるよな。 ……確かに受け取ったぜ、結界石」
アクトが硝子箱を荷物がいっぱいの鞄の中に押し込む。
大事に扱わなくても良いのかという話になったが、箱に使われている硝子は旅人達が物を入れる小瓶や魔力の液体を入れるシリンダーの容器と同じ素材でできているそうだ。
要するに、その辺の金属より頑丈な素材である。
「よし! じゃあ、俺達も出発するぞ!」
「我々はここから武運を祈っているよ」
「だからその"ブウン"って何なのよ」
「あぁ、悪い悪い」
不満そうなミシェの顔に、ルフナスカはくくっと含み笑いをして顔を上げる。
「また会えるのを楽しみに待ってる、って事だ」
アクト達を含め、討伐部隊を送り出した後。
先程の騒ぎが嘘のように閑散とした広場の中、ルフナスカは朝日に照らされるスウォット山岳を見上げていた。
「……ロウスカー、クルクノス王国への伝令の準備を頼む」
「迅速に手配します。 討伐部隊だけでは不安要素でも?」
「そうではないが……念には念を入れても損は無いだろう」




