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楽市楽座で商人を集めよう

 それから、信長はちょっと得意げに説明をはじめた。


「まず可成、俺はこの清州城を手にしたら、すぐ城下町に市場をふたつ作ったけど、なんでだと思う?」


「それは当然、この清州城の新城主である殿のお力を庶民に見せつけるためにございましょう。事実町人たちは、市場のおかげで買い物がしやすくなったと喜んでおります!」


 可成は鼻息を荒くして、熱を込めて答えた。


「ああそうだ。でもそれだけじゃない」

「? 権威誇示と領民の生活向上だけではないので?」

「ああ、一番の目的は、楽市楽座をするためだ」

「楽市楽座とは、確か殿が出したお触書にあったあれですな。確か座(商業組合)を組織することを禁ずると。あれに何か意味が?」


 ガチガチの現場業務員(ブルーカラー)である可成は、やや前のめりになって首を傾げた。


「目的は三つ、商人を集めて俺自身が物資を手に入れやすくすること。税収を上げて軍資金を稼ぐこと。そして他の勢力の力を削ぐことだ」

「ざ、座を廃止しただけでそのようなことが可能なのですか!?」


 目を剥いて、可成は声を大にする。その反応が面白くて、信長はもとより、秀吉たちも楽しそうにニヤニヤと笑う。


「まぁな。そもそも座っていうのは商人たちの組合で、この組合に所属しないとこの町で商売をできないっていう仕組みだ。まぁ一種の独占営業権だな」

「むむ、商人たちは意地悪ですな」


 可成は、眉根を寄せて腕を組む。


「だな、しかもこれ、俺にはなんの利もないんだ。まず座を運営しているのは寺社や公家で、座の商人は多額の参加料をこいつらに払っている。そのうえ、地子銭(固定資産税)と冥加銭(売上税)も寺社や公家が徴収している」


 当時、農民は領主に年貢(税)を納めていたが、商人は売上税や固定資産税を、自身が所属する商業組合の運営者に払っていた。平成のように、全国民が国に税を納めるという考え方は、まだなかったのだろう。


「だから多くの大名は座を廃止したいんだ。でもそんなこと、寺社や公家が認めるわけがない。だから俺は考えたんだよ。じゃあ俺が、座を禁止した新しい市を作ろうってな」

「おぉ!? その手がありましたか!」


 口をすぼめて、可成はウキウキしはじめる。


 いちいち驚いてくれる可成の顔がおもしろくて、信長はつい舌が滑らかになってしまう。


「そんでこう宣伝するんだ。清州の新城主、信長が座のない、誰でも自由に商売できる市を作りますよ。もちろん商売への参加料はいりません。しかも固定資産税は免除します。売上税だけ払って下さい、ってな」


「固定資産税を免除? それで殿は儲かるのですか?」


「当たり前だろ。いままで一文も入ってこなかったのに、売上税だけでも入ってくるようになるんだ。得しかしねぇよ。それにさ、俺は俺が取り仕切る座が欲しいんじゃなくて、商人たちが何にも縛られず自由に商売ができるようにしたいんだ。じゃないと、みんなが安心して暮らせる国にならないだろ?」


 その言葉には、可成だけでなく、元農民の秀吉、元浪人の一益も、表情を明るくせずにはいられなかった。


「売上税じゃなくて固定資産税のほうを廃止したのもそのためだ。固定資産税があったら、商売に失敗して利益が上がらない時期にまで税金を払わないといけない。だから儲かったときにだけ払ってくれればいいですよって環境を作ったつもりだ」


「それは商人たちも喜びますな!」


「だろ? 実際、一益と秀吉に噂を流してもらったら、山ほど商人が集まってきたぜ。それはお前らも見てきただろ?」


「はい! 米、油、布、日用品や農具、武具に至るまで多くの商品が軒を連ね、それを求める人々で溢れかえっておりました!」


 市の様子を思い出しているのだろう。可成は興奮気味に目を輝かせる。


「ああ、俺も視察してきたよ。そうして城下町に商人が集まることで、俺自身が物資を手に入れやすくなる。それに売上税が入ってくるようになって税収も上がる。しかもだ、こんな好条件の市があれば、他の場所から鞍替えしてくる商人もいる。そうなれば、寺社と公家の収入、それに他国の物資調達力を下げることにも繋がるだろ?」


 信長の説明を補足するように、秀吉が手を叩く。


「おぉ、そういえば宣伝している途中、美濃から商店が減ったと聞きました。これで斎藤家は物資を手に入れにくくなるのみゃ♪」


 秀吉の説明に、利家が続く。


「ノブは国力強化の達人なのよ。兵農分離で徴兵を廃止したり年貢を米で納められるようにして農民の負担を減らしたり、関所や座を撤廃して商人が商売をやりやすくして、しかもそれは全部税収を上げたり、他の勢力の力を削ぐことに繋がっている。国民に重税を強いずに、むしろ国民の生活を楽にしながら国を育てる。こんな国主聞いたことがないわよ」


 利家は頬を緩め、少し熱っぽい眼差しで信長を見つめる。利家の話を聞いた可成は、ますます信長への人望を熱く厚くした。そして、大きな拳を畳にぶつけた。


「ぐっ、なんという知略! 拙者はそのようなこと、思いつきもしませんでした! 国を富ませるには米の収穫量を上げるしかないと、敵を倒すには武力で制するしかないと、そればかりでした!」


 弁護すると、可成の頭が足りないわけではない。当時は、それが普通だった。むしろ、まだ経済学という概念がなく、国力を石高、米の収穫量で計っていた時代に、経済政策で国力を上げ、他勢力を弱らせようと考える信長が異常なのだ。


 人生五十年 化天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり


 信長が好んだこの歌の意味は『人の短い一生で野望を叶えるには、普通のやりかたでは不可能だ』それをわかっているからこそ、信長は考えていたのだろう。常識を打ち破るような、普通ではないやり方を。


「殿! 是非とも拙者にもその手伝いをさせてください!」

「うお!?」


 可成は涙を流しながら身を乗り出してきて、信長にぐぐいぐいぐいと迫ってきた。

 魔王信長も、その暑苦しさにはちょっと引き気味だ。

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