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禿げ時々曇り 1

作者: くまのプー太

2021年の秋

気温もグッと下がり冷たい風が前髪をなでる。

今日も寒い中、職場という名の戦場に向かう途中、目の前を高校生らしき2人組が横切る。

楽しそうに話す2人を目にした途端、ふと過ぎ去りし日々が思い出された。

これは日々禿げという病魔に抗い、苦悩する1人のサラリーマンの話である。


俺の名前は葉山元気(はやまげんき)

ニックネームは名前を略してハゲ

32歳でシングル。英語にした途端、独身というボッチ感が薄まるためあえて英語にしている。

職業は会社員

中学生の頃からつけられたニックネーム(単なる悪口という気もしないが)のせいか、最近はそれが現実となってきている。

いや、前線の毛根達は防衛線を突破されまいと必死の抵抗を試みてはいる。まるで古のレオニダス王率いるスパルタ兵の如く。

だが必死の抵抗も虚しく、最近はジリジリと前線を押し込まれている。

加齢による肉体の衰え、偏食、睡眠不足、運動不足、疲労、おっぱい不足など原因を挙げたらキリがない。しかし、1番の原因は分かっているのだ。

そうストレスだ。

目に見えぬものでありながら、ジワジワと心身を蝕む

インビジブル エネミーへの効果的な対処は楽しむことだ。

だが社会人となり会社の歯車となってから果たして楽しいと思えたことなんてあったのだろうか。

それゆえに目の前を楽しそうに話しながら通り過ぎた高校生を気に留めたのだろう。


今でも覚えてる過去の思い出に想いを馳せても楽しい事より辛い事の方が多かった気がする

そうあれは小学生2年生の頃の思い出だ


当時の私は父の仕事の都合でタイ王国に家族共々移住していた。

現地には日本人学校もあり、当時の私はそこに通っていた。

常夏の国タイ。毎日が真夏日 スコールは日常で落雷も多かった。当時の脆弱にして貧弱なインフラのせいで、スコールの翌日は排水し切れなかった大量の水が道路に溢れ、道路をボートで移動しているなんて事もよく目にした。

落雷が発生すれば避雷針なんて知らないのかところ構わず落ちるため、電線がやられ一晩中停電するなんて経験は一度や二度ではなかった。やっぱり日本のインフラは世界一!!

暑さは日本ではそこまで高くないエンカウント率の生物を量産する。

地上最強のタフネスを誇り、今なお日々進化し続ける通称G

0-100加速、生命の危機を感じた瞬間進化を加速させ飛翔し、頭部を破壊されても1週間活動し続ける


こういった日本より環境的にサバイバルな点がそこに住む人の性質にも影響を与えるのだろう

日本にいる日本人よりアグレッシブでアクティブ彼らの熱は日本原産インドア of インドアザルの私には到底耐えられるものではなかった。

あたかも旧型のザクで単独で大気圏突破を強要されているかのような気持ちは、学校への足取りをこれ以上ないほどに重くさせたのだった。


神は死んだ 偉大なる哲学者ニーチェはこう言った。間違っていないだろう。


だが、天使は生きていた


自分の机の周り半径30cmに人除けの結界を張って過ごす私の前にそれは突然舞い降りた


彼女の名前は佐藤絢香(仮名)

ここにいる生徒と同様に親の都合でここタイに移住してきたのだ。

転校生自体は珍しくはない。だが、人ではなく天使となれば話が違う


彼女は私の隣の席になった。


ありがとう 最早名前すら思い出せないが、彼女の前までそこに座っていた名も無きナントカさん。

素晴らしいタイミングでの帰国 こんな事なら空港まで見送りに行けば良かったとすら思える。

話したことないけど。


佐藤さんはすぐにクラスの人気者となった。

明るく、可愛く(天使だから)、賢く、何事にも一生懸命前向きに取り組む彼女に惹かれないものなどいなかった。

クラスではダンゴムシのような存在の私にさえ挨拶をする彼女の優しさに感動し、ナイチンゲール佐藤と呼ぶようにする事にした。


彼女の気を引くため出来る限りの事をした。算数で九九のテストがあると知れば毎日呪詛のように1x1から9x9まで暗唱し、水泳の授業があると知れば潜水してプールの端から端まで息継ぎなしで泳げるように練習をした。


努力は報われる時もたまにある。


算数の授業にて。


先生 今から四則計算の小テストをやります。終わった人は先に採点をするので手を挙げるように。


きたか。計算ドリルを何度も解いた俺に死角はない。

後はどれだけ早く計算するかだ。


8×9=72, 5×4=20, 3×6=18, ,,,普段使わない脳の思考回路は過負荷で焼き切れそうだ

シナプスがぷすぷすと音を出す

今だけ保てばいい

計算の海に深く潜るんだ


そして、全ての問題を解き終え手をあげたとき、同じように手を挙げているものはいなかった。


やったのだ

やり遂げたのだ


隣の佐藤さんと目が合う


葉山君すごいね


このたった一言のために生きてきたと確信した


この世の幸せを独占したかのような気持ちに満たされた私は知らず知らずのうちに神に祈っていた 祈りとは喜びの発露である

カーネギー名語録に載せてもいいぐらいの名言を口にしながら、この幸せが永遠に続けばいいのにと願わずにいられなかった


しかし、願いはすぐに砕かれるのであった


Episode2に続く

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