安全な作家
「全著作を回収のうえ出版停止、やむを得ないとはいえ……悔しいな」
鈴喜は項垂れた。編集者である彼の担当作家が起訴され、有罪となったことを受けての出版社の処置だった。
作家などという生業であれば、前科のひとつや二つ、かえって箔になろうという時代はとうに終わっており、かつ、その作家が年少向けを主戦場にしていたことも仇となった。純真な少年少女に読ませる作品を届ける立場としては、作家が犯した罪はあまりに破廉恥で外聞が悪すぎるものだったのだ。
「新作の売れ行きも変わらず好調で、アニメ化の企画も動き出していたっていうのに」
「大変だったな」
同僚の編集者、佐塔が声をかけ、グラスに酒を注ぐ。事後の対応に追われている鈴喜は、労いの意味で佐塔の自宅に招待されていたのだ。グラスを一気にあおると鈴喜は、
「稼ぎ頭だった山打先生は先月急逝してしまうし、田那珂先生は長期のスランプから未だ脱出できていない。高箸先生は自作が映画化とドラマ化して小金を手にしたら、急に書かなくなってしまった」鈴喜は嘆息し、グラスを叩きつけるようにテーブルに置いて、「うちの主力作家が軒並みこんなだから、彼への期待は大きかった。今の世の中、どんな名作だろうが、作家の言動ひとつですべてが終わってしまうからな、君も気をつけたほうがいいぜ」
佐塔も鈴喜同様、担当している新人作家があった。
「僕の場合は大丈夫さ」
「いや、過信は禁物だぜ。俺も最初はそう思っていた。彼の純朴そうな見た目からは、あんなことをしでかすなんて想像もつかなかった」
「心配してもらって嬉しいけれどね、絶対に大丈夫さ」
「どうしてそこまで言い切れる?」
鈴喜が怪訝な顔をする。
「僕の担当作家は、彼だから」
「なに?」
鈴喜は佐塔が目を向けた方向に視線を送った。
「“彼”というのが正しいかは分からないけど」
そこには、誰もキーボードに手を触れていないのに、ひとりでに文章をディスプレイに打ち続けている、一台のパソコンが。
お楽しみいただけたでしょうか。
「AIが書く小説」というのが話題となったことがありましたが、こと「本格ミステリ」については、AIというのは非常な戦力になるのではないかと思います。登場人物たちの複雑な動きなども完璧に計算して、矛盾のない展開を作ることが可能でしょうし、物理トリックはそれが実現可能か演算したりして。人間も頑張らないといけません。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。