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問1 (8)

 グラミの手を引っ張り、演奏が聞こえる方へ向かう。

 目の前を走る幹線道路。一連の走行車が通りすぎるのを待つ。それらはガソリンや電気で走る車ではない。どの車体にも煙突のような筒状の突起物が備えられ、そこから煙が吐き出されている。シュッシュという規則的な蒸気音の合間から、先ほどから流れ続けているライブ演奏の音が聞こえる。


「ちょっと……士郎君。どこに行くんだい……?」


 意識を失いかけていたグラミが我に返り、尋ねてきた。ふわふわと浮いているので、手を引っ張って連れ歩くのは容易だ。


「いや、ちょっと気になることがあって。それより、大丈夫なの?」

「うん……少し元気になったかな、ありがとう」

「全く、焦ったじゃん。まだ状況が読み込めてないけど、君が僕を異世界に転移させたっていうんだからさ、ちゃんと案内人をやってくれよな」

「そうだね。もう大丈夫」

「魔力がなくなるとどうなるの?」

「それは……あ!」


 グラミが突然僕の手を引っ張り返してきた。建物の隙間の狭く凹んだところに二人して崩れかかるような形になる。彼女を押し潰さないように、壁に肘をついてなんとか体を支える。


 通りの方を振り返ると、制服に身を包んだ二人組が歩いている。彼らはこちらには気づかず通り過ぎた。


「あれが軍警察だよ。さっきの通報で来たにしては早すぎるから、ただのパトロールだと思うけど」

 グラミが囁く。二人組がいなくなったか、表をのぞいて確認した。大丈夫だ。

「こわ……。ねぇ、やっぱり僕らって、通報されてお尋ね者になっちゃったかな?」

「ん? まぁ、大丈夫じゃない? わたしたち、子どもだし」

 グラミはあどけない声で答える。そんな理屈が通ってしまうのか? それなら、結構イージーモードかもな。

「でもまぁ、もしもの時のために、魔述書は出しておいたらいいんじゃない?」

 しまったばかりの文法書をカバンから取り出す。

「ただの文法書だと思って買ったのになぁ」

 本屋でこの本を手に取って、こんなことに巻き込まれてしまった。これが「運命」というやつだろうか、なんて考える。


* * * *


 LED点灯式ではなく、からくり仕掛けになっている信号機の文字盤が「歩行」を示すと、僕は足早に交差点を駆け抜けた。一歩進むごとに、確信は強まっていく。大きな施設の横の道を通り、音の出元である公園に到着した。

 

 果たして、公園の広場に設置されたステージの上で情熱的に歌っていたのは、僕の通う藤澤東高校の部活棟で演奏をしていたバンドのボーカル、その人だった。

「すごい。綺麗な歌声だね」

 グラミが感心して言う。

 彼女は小さなステージで、しかし抜群の歌唱力によって圧倒的な存在感を発揮していた。観客は2,30人といったところ。曲が終わり、拍手が起こる。彼女はお辞儀をしたり手を振ったりして、丁寧に拍手に応えていた。

 

「ありがとうございます! えー、今歌わせてもらった1曲目は『故郷よただいま』でした」

 曲名が衝撃的なまでにダサい。が、僕の頭はそれどころではない。

 なんで彼女がここにいるんだ? さっき、学校の練習室でバンド練習をしていたはずじゃないか。彼女も異世界転移されたのか? でも、彼女はこの世界に馴染んでいる。馴染んでいなければライブができたりするわけがない。


「ねぇ、グラミ。あのボーカルの女の子……」


 声をかけようとしたが、ちょうど次の曲の演奏が始まり、僕の声がかき消された。


 その時、公園の入り口が騒然とした。

 見やると、黒っぽい制服に身を包んだ集団……20人くらいだろうか……が、人々を押し分けながらこちらに向かってくる。

「え、なになに」

「うわ、軍警だ……」

 場が騒然とし、演奏が止まる。

 制服の一団が僕たち観客の前に立ちはだかった。

 その一団のどこかから、大声で叫ぶのが聞こえた。


「全員っ、『Freeze!』」


 「Freeze」、「氷結」という意味の名詞であるが、「凍る」という意味で動詞の役割もする。

 映画で見たことがある。アメリカの警察が、容疑者を逮捕するときに拳銃を向けながら、同様に叫ぶのを。

 【 命令文、文の初めが動詞の原形】。つまりこれは命令文ということになる。直訳すると、「①          」という意味だ。つまり、「②        」ということ……か?


 僕はとっさに身構える。

「グラミ……!」

「うん、やばいね」

 軍警たちは極めて手際よく、拳銃を構えるような仕草で一斉に片手のひらをギャラリーに向けた。

 手首のリングが光を発し、それが勢いよく鎖のように伸び、数珠つなぎの光の粒が人々の間を駆け巡る。光の鎖はたちまち人々に巻き付き、縛り上げた。 僕も、カバンを抱えて身構えはしたものの、動きを封じられた。

 ぼんやりと光る鎖は、よく見ると文字の形をしている。さっき兵士が叫んだ「Freeze」の文字だ。

 考えるまでもない。これは、魔述だ。

 しかし容赦がない。

 一体何だっていうんだ? 全員を問答無用で拘束するとか理不尽すぎる。

 なんとか光の鎖をほどこうと身体をひねったりしていると、兵士たちの後ろから声が近づいてきた。


「先ほどからの歌声に含まれる魔述反応……実に素晴らしいdeathねぇ。それも、歌詞が日本語だというにも拘らず」


 軍警が道を開け、彼は群衆の前で立ち止まった。

 すっと伸びた背筋。パリッと分けられた金髪の前髪。そして、とても胡散臭い外国人訛り風の日本語。


「Youを探していましたYo。不動(ふどう)ルネ君」



―――――――

問1 (8) 「Freeze.」は、直訳すると「①          」という意味で、つまり「②        」という意味で使われる。

(解答は次回の冒頭です)

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