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問1 (6) 【命令文・文の最初は〇〇の〇〇】

 夕刻の近づく商店街を歩く。そこはたしかに、僕の自宅からの最寄り駅に直結する、歩き慣れた商店街……のはずだ。しかし、並んでいる店にはどれも見覚えがない。それどころか、目に入るのは人生で一度も見たことがない商品ばかりだ。

 「魔述器屋」と看板に書かれた店先には、珍妙な家電品めいた品物が並んでいる。

 そのひとつ、「超小型ボイラー扇風器」というものが実演作動中のようだ。扇風機のような羽がくるくると回っているが、羽のある本体の横に、鉄製の箱がついている。これがボイラー室なのだろう。中で燃料を燃焼させ、その熱で湯を沸かし、発生した蒸気でタービンを回すのが、蒸気機関の大体の構造だったはず。ボイラー室から伸びた細い煙突からは熱そうな蒸気がシュッシュと吹き出している。こんなので送風して涼をとろうというのか。絶対効率悪いだろ。


 やはりここは、僕の知っている街ではない。

 異世界というやつに、飛ばされてしまったようだ。


「士郎、見て見て! 焼き芋屋さんがいるよ! お財布出して!」


 僕の隣を歩いていた、「グラミ」と名乗る、自称「大精霊」が、道の脇に停まっている焼き芋屋の軽トラックを指差し、購入を催促してきた。


「いや、突然何よ。タカり?」

「はい500円だよー。焼き立て。ホラ買った買った」


 焼き芋屋に煽られ、連れ添いに熱い眼差しも向けられ、あきらめて財布を出した。

 軽トラックのような車両。これもおそらく蒸気機関で走るのだろう――荷台に乗った箱の中には、黒くて丸みのある小石が敷き詰められ、その上に芋が並んでいるが、その下がボイラー室になっているようだ。

 敷き詰められた石を見ると、薄ら赤く輝きを放っているものがいくつかある。何だ、コレ?


「毎度~」


 焼き芋を受け取り再び歩き出す。隣の「大精霊」は、満面の笑みで焼き芋を頬張っている。

 再び商店街の様子をうかがおうと、辺りを見回す。すると、店のガラス窓に貼ってある「魔述石 25萬円~ 店員まで」という張り紙が目に留まった。焼き芋屋の使っていた赤い石が、いかにもそれらしいけれど、……一体何だろう。ゲームで言う「魔石」みたいなものか?


「あれ……『魔述』? 漢字が⋯⋯」


 『魔術』じゃないのか?


「おぉっ! いいひふほんられ〜……ごくん。いい質問だね! 君には30ポイントあげよう。いいかい、魔述っていうのはだね⋯⋯」


 独り言のつもりだったんだけど、いきなり説明を始められた。ちなみに何に使える30ポイントなのか説明された覚えはない。

 この、見た目は中学生、態度も中学生な、ギリシャ彫刻が身にまとっていそうな服を着た女の子は、僕がさっき買った英語の参考書に宿る精霊だそうだ。精霊らしく、地上から10cmくらいの空中をふわふわと浮いている。


「魔述っていうのはね、この世界での魔法だよ。呪文を『述べる』から『魔述』っていうの」

「ふぅん?」

「……それは世界が秘めている、ありとあらゆる可能性を具現化しうる魔法……偽りの正義と邪悪がはびこる「日本帝国政府」の支配から人々を開放するための、唯一の手段。君には素質があるんだよ……大魔述使いになるだけの素質が……!」


 来た来た。こういうのを待っていました。


「ぼ、僕の……秘められた力……?」

「そう。それはね……」


「こらお前ら!! 止まれ!!」


 後ろから突然、怒鳴り声が聞こえた。びくっとしたが、僕に対してではないだろう。僕は品行方正な高校生だ。振り返ると、さっきの焼き芋屋が、すごい怒りの形相で僕をにらみながら歩み寄ってくる。うそでしょ。


「このインチキ野郎が! 何だこれは!?」


 強面の店主が手を突き出す。手のひらにはお金が載っている。「何だ?」って、お金だ。


「えっと、さっき払ったお金ですか? 足りませんでしたか?」

「お金だ? こんなニセモン使いやがって、バカにしてんのか!」


 普通のお金だ。日本の通貨。500円玉。

 日本……? さっきグラミが何か言ってなかったか? 「日本帝国政府」とか……。


「うん、ここは君のいた『日本』じゃないからね。通貨のデザインが違うんだよっ」


 僕の目の色から思考を読んだグラミが、ドヤ顔でウインクをしてきた。かわいいキメ顔をする場面じゃないだろと思っていると、再び怒鳴り声。


「払えねぇんなら軍警呼ばせてもらうからよ、逃げてもムダだからな」

「ふふふ、説明しよう! 軍警っていうのは、日本帝国政府の治安を守る、超怖い組織なのだ! 軽微な罪でも一度捕まったら半年はシャバに出てこられないのだ」

「そんな説明より前に、僕が金払う時に通貨デザインの説明しとけよ!」


 店主がポケットを探る。スマホで軍警とやらを呼ばれるんだ⋯⋯! この世界の硬貨は持ってない、し、「異世界からこっちに送られてきちゃったんです」なんて通用するわけもない。ヤバい……。

 するとグラミが耳打ちをしてきた。


「魔述、使っちゃおうか。君が本屋で買った、英文法の参考書を出して。怪しまれないようにね」


 僕に魔述が使えるのか? 正直まだ半信半疑だが、他になすすべもない。カバンの中を手で探る。


「おい! 変な真似をするんじゃないぞ! カバンから手を出せ!」

「いや、えっと、お支払いをしようと! ちゃんとしたお金を持ってることを思い出しました!」


 監視されている以上、本なんて出したらどうなるかわからない。どうすりゃいいの、と口の形でグラミに伝えようとする。するとグラミは、不思議なことを言った。


【命令文・文の最初は動詞の原形】、だよ。


 動詞? 命令文? 突然、何だ。学校の英語の授業か?


(動詞⋯⋯ってなんだっけ?!)

(ほら、『歩く』といえば『walk』とか、『走る』といえば『run』とか、動作を表す言葉だよ、()()()

(なるほど。動作を表す言葉が動詞⋯⋯)

(じゃあ『飛ぶ』は何て言うでしょう?)

(『fly』でしょ)

(じゃあ『止まる』は?)

(『stop』)

(正解! じゃあ、本を出して)


「何ヒソヒソ話してんだ! マジで軍警呼ぶからな!」


 店主が本気で怒り出した。ポケットからスマホ……少し大きいけど……のようなものを取り出した。


(早く! 本、本!)


 腹をくくって、魔述とやらに頼るしかない。カバンの中にはさっき買った参考書がある。

 財布を探す風を装いながら、参考書を取り出した。

 

(最初のページを開いて!)


 焦る。焦るな、落ち着け、僕。


「これは……?」


 1ページ目以外は、すべて白紙だった。

 1ページ目にはこう書かれていた。

【命令文・文の最初は動詞の原形】

 さっきグラミが言った言葉だ。


「じゃあ、あの焼き芋屋さんに意識を集中させて、さっきの英単語を唱えてみよう! そうなれ、って願いながらね」

「えぇ⋯⋯? じゃ、じゃあ『Walk.』」


 スマホを構えた店主の足が、ピクリと震えた。そして重たそうに、ゆっくりと持ち上がる。

「おわっ?!」

 一歩を踏み出した。後ろ足がまた持ち上がり、また一歩踏み出す。歩いた!

「す⋯⋯すごい!」

 しかし、店主が歩いてくるのは、僕たちの方だ。

「おい! 魔述を使いやがったな! 許さんぞ!」

「ねぇグラミ! まずいって!」

 グラミの方を見た。真顔で慌てている。

「えっ⋯⋯えっと! じゃあ『止まれ』って!」

「止まる⋯⋯す、『Stop!』」

 店主が急ブレーキをかけたように立ち止まった。

「す、すごいじゃん! ⋯⋯これが魔述?!」

「そ、そうさ!⋯⋯スゴいだろう! ふふふ。もっとやっちゃえ!」

「『Walk!』」店主が歩き出す。

「『Stop!』」店主が立ち止まる。

「すごい! ⋯⋯僕、魔述師じゃん!」

「ふふふ! すごいでしょ!」


「あ、もしもし、軍警察ですか! 助けてください! 魔述で襲われてるんですわ! 荻塚駅前の商店街です!」


「⋯⋯」


 上半身、動かせるんだ⋯⋯。

 どうやら不味いことになったようだ。

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