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問1 (5) 街並

 窓の外の、移り変わる景色を眺める。一見すると、いつもの通学と同じような景色だ。電車の窓から、何も考えずに外を眺めるときの、いつもの景色。

 しかし、今確かに僕は汽車に乗っている。開いた窓からは、煙のにおいがする。

 いつもとは違う、何かが起こっているのだ。


 頭を整理してみよう。


 数分前。


 尋常でない腹痛が、煙のように消え、呆気に取られながらトイレから出た僕は、周りの雰囲気の変化に戸惑いながら、駅のホームまでたどり着いた。

 しかし、ホームにやってきたのは、普段見慣れた電車ではなく、汽車だった。

 汽車だけではない。今も目の前を流れていく窓の外の景色も、かなり異質なのだ。

 どこかが、現実的でない。

 一見すると、橋もあれば、家もあるし、所によると高層マンションらしきものもある。

 ただ、そのどれもが、何か違和感を醸し出している。

 イメージとしては、明治か大正時代のものが現代にやってきたという感じ。

 洋風のレンガ造りの家屋。無骨なコンクリートビル。そしてどの建物も、工場のように、太いパイプを持っている。そして、建物の頭上に、見慣れた電線が一本も通っていなかったりする。蒸気機関でエネルギーを取り出しているのだろうか。


「次はァ、荻塚ァ、荻塚ァ。お降りのお客様は、お忘れ物がないようお気をつけくださいィ」


 駅の名前は、馴染みのあるものだった。たしかに僕の住む街の名前だ。


 荻塚駅に着くと僕は汽車を降り、改札へ向かった。

 そうだ、たしか今日は定期券が切れてしまっていたので、切符を買ったんだった。


 改札の方に目をやり、ギョッとした。

 駅員が改札口に立ち、通過する人の切符を切っているじゃないか……。この切符で大丈夫なのか?


 人の列に加わって改札に向かう。前の人に倣い、切符を恐る恐る駅員に差し出すと、駅員はそれを掴み取り、手に持った道具で手際よく穴を開け、次の客が来る方を向いた。

 ふう……。何も聞かれずに済んだ。

 階段を降り、駅の出口から外に出る。

 そこでまた、僕は立ちすくんだ。


 駅前のロータリーを、白い蒸気を出しながらけたたましく走る、何台もの車、バス……のような、見たことのない乗り物。

 歩き回る人々の着る、一見すると和柄で古風だけど、歴史ドラマなんかで見たのとは違う、むしろ目新しくて、最先端の流行という感じさえする服装。

 見上げると、またこれも異様な高いビルがひしめいている。僕は江戸末期に開港し、明治時代に港を中心に栄えた、横濱の海沿いの街並みを連想した。あの地域に残された、洋風の歴史的建造物を、新しい技術で作り替えたみたいだ……。

 さっきの汽車の時からずっと、頭の中には数え切れない疑問符が充満している。

 このままだと、昔のマンガのように僕の頭からも蒸気が吹き出しそうだ。


 頭がおかしくなってしまったのだろうか?

 ……この可能性は否定できないぞ。自分が正常かどうか、異常になった頭では判断できない。


 しかし⋯⋯僕はもう一つの可能性を考える。

 これは、ひょっとすると、アレなのかもしれない。

 誰もが一度は妄想したことのある(あるよね?)、小説やマンガにはよくある、アレが、いよいよ本当に僕の元にも起こったということかもしれない。


 異世界転移……。


 え、いやもし違ったら恥ずかしいな。

 誰に対して、という訳でもないけど、何となく僕は顔が赤くなるのを感じた。


 幸いにして、僕の着ている学ランは、それほど浮いた格好ではないようだ。

 駅前を歩いている学生達の制服のデザインは、僕の知っているそれとほとんど違いはない(生地が和柄だったり、和服めいた大ぶりの袖がついていたりと、細部はやはり見たことのないデザインだ)。たまに、物珍しそうな目線を感じるくらい。これなら、ウロウロしていても補導されることはないだろう。


 しかし、やけに目線を集めている感じがする。いや、気のせいではない。明らかに多くの人が僕の方を見てくる。まずい、怪しまれたか。


「その服は結構目立つなぁ。変えないとまずいよ〜」


 突然後ろから声をかけられ、心臓が大きく跳ね上がった。

 女の子の声。

 恐る恐る後ろを振り返る。


 振り返った目の前には、天使がいた。

 あどけない顔立ちだが、どこか神秘的な目つき。


 いや……女神?


 ギリシャ神話の女神のような、何か西洋風の布? 衣服を身にまとい、その女神はこちらを見つめていた。


 目線は同じ高さだけど……ちょっと浮いてる。

 空中に。

 そして大正ロマンな街並みからも。

 僕は思わず2、3歩後ずさった。


「みんな君のことを怪しく思って見ているぞ?」


 見回すと、通行人たちの視線は僕から外れ、このギリシャ神話系女子の方へそそがれている。

「……え、いや、あなたの方が……怪し」

「あっ、挨拶がまだだったね。はじめまして。君が買った英文法書に宿る、大精霊の、グラミだよ。よろしくね!」


 大精霊は目を輝かせ、ドヤ顔でそう言った。

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