問1 (3) 羨望、野望
学校を出て電車に乗ってからも、さっき部室棟で見たバンドのことで頭がいっぱいだった。
そして、そのバンドのボーカル。絶世の美人。藤澤東高校のモナ・リザ。いやモナ・リザは好みじゃないけど。喩えだけど。
歌自体がとんでもなく上手かったためあまり意識しなかったが、歌詞の英語の部分は、流暢な発音で歌われていて、それがまた格好よかった。
憧れない方が、どうかしている。
ふと、あのバンドに入れてもらいたいという願望が、脳裏に浮かんだ。
ギターなら家にあるアコースティックで少々嗜んでいる。
エレキギターに転身して、猛特訓して……。
いや、ダメだ。
既に成り立っているバンドに「入れてください!」なんて言う度胸やコミュ力が僕にあるはずがなかった。
ギターがめちゃくちゃ上手いならまだしも、「これから頑張ります!」だなんて、言えるわけがない。「ここで働かせてください!」と言って一歩も引かない贅沢な名前の小学生女子がいたが、あれは映画の中の話だからなぁ。
でも、何かに打ち込んでいるのは、かっこいい。
いや、何かが得意であることが、かっこいいんだろうか。
僕が得意なことなんて、丸めたティッシュを部屋のゴミ箱に投げ入れることくらいしかない。
だけど、自分にも何かができるような、そんな気がした。
はっきりとした意志をもって、一つのことに打ち込めば、得意なことができるんじゃないか。
そしてもし何か一つでも、誰にも負けない何かがあれば。
それは僕が、他の誰でもない僕自身であることの、証明書になる気がした。
決めた。
勉強するんだ。英語を。
初めから勉強すれば、きっと何とかなる。
自分が一番、「得意」に近いもの。
それは、すでに近くにあるものだ。きっと。
そして……。
内進先生の蔑んだ目を思い出す⋯⋯。
あの英語教師を見返すために、英検1級やら、TOEIC満点やら、ありとあらゆる資格試験をクリアしてやる。なんでい、こんな一田舎の公立高校英語教師、大したことないに決まってる。
先ほどまで頓挫していた復讐計画を思い出した。心の中がふつふつと熱くなってくる。
しかし、この勉強計画には一つの大事な「ルール」が必要だ。
それは、勉強していることを、決して誰にもバレてはいけないということ。
努力している素振りを見せない。十分に周りを見返せるレベルになるまで、英語ができないキャラを貫くんだ。
そして、いつか定期試験で、ビリから全員ゴボウ抜きにして学年1位になってやる。
ククク……と、会心のプランに笑みがこぼれそうになる。
おっといけない。まだ現時点で僕の英語力はほとんどゼロ……。妄想の話だった。
まぁ内心、できないことを頑張ってるっていうのを見られるのが恥ずかしいっていう思いもある。でも、それもモチベーションに変えられる。
目標ができた。
自分を変えるために、一人で確実に成長ができる場所を僕は知っている。
本屋だ。