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問0 プロローグ

「エクスプロージョン!」

 ……みたいな、かっこいい攻撃魔法で、大爆発を起こしたいって?

 いやいやいや! そんなのは無理な話だよ。

 そりゃあ誰だって、一度は魔法を使うことを夢見る。そして冒険の旅に出て、悪者やモンスターを倒して、英雄になるなんていう想像をする。……ひょっとしたら自分は魔法が使えるかもしれない、と思って、こっそりと呪文を唱えてみる。誰だってやったことがあるはずだ。それを人生で一度もしたことがないと主張する人は、この世に一人もいないし、いたらそいつは嘘つきだ。高校1年生にして中二病をこじらせている疑いがある僕、久留主(くるす)士郎(しろう)はそう思っている。

 もちろん「現実」の世界には、魔法なんてない。子どもの頃に、魔法を唱えた指先(あるいは手製の魔法スティックの先端)から何も出なかった時点で、誰しもがそのことに気づく。魔法が使える可能性なんて、異世界にでも行かない限り、ゼロだ。



 そして……、そんな異世界にいるとしても、「エクスプロージョン」なんて唱えても()()()()()()()()()()()()()。それは真理だ。

()()()()()()()においてさえ。



*  *  *


「エクスプロージョン!!」

 ……繰り返すようだけど。ほら、目の前で仲間が「魔法」を唱えた。だけど、大爆発を起こすなんてことはない。ただ、手のひらから小さい光の玉がおもちゃのマシンガンで飛ばすBB弾みたいに連続してぽぽぽぽっと出て、敵に当たって、消え失せた。


「こいつ! 装甲が……装甲が相当カタいじゃねぇか」


 長剣を手に大立ち回りをしていた長髪の男が、苛立たしげにそう言った。しかし、口角があからさまに上がっている。セリフの途中で「装甲」と「相当」で韻を踏むことを思いつき、それが彼なりに面白かったのだろう。


 僕らの前に立ちはだかるのは、普通自動車を垂直に立てたような、巨大な人型の鉄の塊、「機械兵」だ。

「プシューーーー」

 関節から蒸気が勢いよく噴出した。機械の体の隙間から赤い光が漏れ出している。

「気をつけて! 来る!」

 別の仲間が注意を促した。機械兵が片腕を前に伸ばし、そして横一文字に振る。これはまずいぞ……喰らったら行動不可になる、敵のバインド攻撃だ……ッ!


 腕の軌跡上に、ネオンサインのように赤く光る文字が浮かび上がった。そこに綴られていたのは、


『 eat / sushi / We / every day. 』


「うわわ……『並べ替え』呪文です! ど、どうすれば」

 また別の仲間の一人がうろたえる。


「下がってな! 俺一人で十分だ」

 長髪の男が、一歩前に踊り出た。


「文の意味は”私たちは-スシを-毎日-食べる”だろ? 答えは……『We - sushi - every day - eat.』!」


 男はどこかきざな口調でそう叫んだ。光文字の英単語を、日本語の文と同じ語順に並べ替えた文。男の声に呼応して、機械兵が唱えた赤い光文字が明滅する。

 <ブブー>というブザー音。

 次の瞬間、光の文字列が男めがけて勢いよく飛んだ。文字列は男の周りをぐるりと囲み、身体を締め付ける。男は短く悲鳴を上げた。

 残念ながら不正解。敵の呪文に対して、間違った文で答えると、こうなるのだ。まったく身動きが取れなくなるほどその力は強い。


「いたたた! ……くっ、気をつけろ。これは難問……恐らく偏差値70レベル……!」


「な、70?! 帝都大学レベルじゃあないですか……ど、どうしたら……」


 そんなことはないだろうと断言できる。しかし……手加減はできない。そう、僕にも自信がないからだ。

 機械兵は、腕を振る動作を再度行った。先ほどと同じ赤い光の文字列が現れる。


「いやだぁ。それじゃあ士郎君、あれ使お、”魔導書”」


 黒髪の、なんかやたらとセクシーな女性が提案する。僕は首を縦に振り、手に持った分厚い魔導書を頭上に掲げる。そして叫ぶ。大いなる力を秘めたる精霊の名を――。


「一般()()!!」


 風が渦を巻き、その中心に光が生まれる。光は大きくなり、辺りを一瞬包んだかと思うと、消えた。

 現れたのは……、赤い髪をした屈強そうな男性。彼は"文法精霊"だ。


「ウェーイ、士郎! 呼んだか?!」


 パリピのノリだが、精霊だ。


「あぁ! 唱えてくれ、語順の【ルール】を!」


「どれどれ……あの術式か。基本中の基本ルールだな! よく聞いとけよ!」


 明るい声で、赤髪の精霊は応える。自分の使命を全うできるのが嬉しいとでもいうように。


「第三の文型! 【主語・動詞・何を・オマケ】!」


 若干『鬼〇の刃』の必殺技に似た呼び方をしてるけど、これは英文法で説明されるところの「第3文型」というやつだ。


「よし、私が行くね!」


 亜麻色のストレートヘア―をなびかせた仲間の一人が、一歩前に踏み出した。頼むぜ、我らチームのエース。


「『We - eat - sushi - every day.』!」


 光文字がぶるぶると小刻みに震え、今度は術者である機械兵に向かって弾け飛んだ。文字列は光の縄のようにその巨体を拘束した。成功だ。

 赤髪の精霊が歓喜の声を上げる。


「よっしゃあ! このままトドメをさしてやんな!」


「行くぞ、皆!」


「りょ、了解です!」


 僕は2人の仲間に目くばせをした。そして適当な英単語を思い浮かべる。うーん、「先生」でいいか。

 そして叫んだ。あとの2人もそれに続く。


「攻撃魔法! 『The teacher』……」


「『explodes』……」


「『a bomb.』……!」


 詠唱された呪文は、『The teacher explodes a bomb.』

 英単語の語順では、「その先生は-爆破する-爆弾を」となっているが、赤髪の精霊が言ったのと同じく「主語・動詞・何を」の順。それが正しい語順なのだ。

 まぁ、それはともかく。「その先生は爆弾を爆破する」という意味……。

 魔法の呪文なのにダサすぎる。唱えるのが恥ずかしい。場の空気が一瞬止まった。ように思えた。思ったのは僕だけかもしれないのだが。


 呪文に呼応して……機械兵の足元に、微風が起きる。地面の塵が浮かび上がる。

 次の瞬間、閃光とともに爆音が鳴り、機械兵は炎の柱に包まれた。


 仲間たちの歓喜の声が上がる。

 長髪のバインド状態も無事に解けたようだ。

 赤髪の精霊〈一般導師〉は、快活な笑い声を上げながら、光に包まれて消えていった。



 ――これが、この世界における「魔法」だ。

 「explosion(爆発)」などと、英単語だけ唱えても、大した魔法になりはしない。

 威力の高い魔法は、文法のルールに則った正しい英文でなければならない。

 文法的に正しい英文であれば、(今の呪文のように)たとえ内容が変でも問題ない。

 たとえ……そう……ダサくても。



 皆の勝利の喜びも束の間、廊下中に警報が鳴り響いた。


「あぁら、気づいたみたいね。帝国政府軍の皆さん」


「やれやれ姐さん。そりゃ、お家の中で花火を上げちゃあ、皆気づくに決まってるでしょうよ」


「ははは早く行きましょう! つつ、捕まっちゃうよぉ」


 僕たちは黒焦げになって倒れている機械兵を飛び越え、廊下を先へと急ぐ。



 ……しかし、この大事な時に、「女神」は一体どこに行ったんだ?

 まさか僕たちのことを見捨てたなんてことはないだろう。しかし、それなら一体どうしたというのだろう。自分で去ったのでなければ、誰かに……。


 嫌な予感を振り払おうと、廊下の先に意識を戻す。そうして走りながら、この世界に足を踏み入れた時と同じ「におい」を意識した。

 ……僕は・思い出す・始まりの日を――。

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