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「あらあら、まだホッペが赤いままだね。(ピトッ)うん、カイロみたい」


「さ、触るなっ。ま、全く、やはり如何わしい場所ではないかここは!」

「否定は出来ないねぇ。なら、やめるかい?」

「くっ……それが出来ないと知りながら……下衆めっ」

「家族にもよく言われるよ」


御津羽と別れたあと僕達は現在階層を5つほど降りた先にある店員用の休憩フロアにいた。

ここはお風呂場同様店員用とは思えない最高の憩い要素が揃っており、レストランやバー、カラオケやフィットネス施設などが完備されていた。

ソフトクリームを手に持ったままオウカは、「ハァ」と息をつき、


「なぁ。やはり私に接客など向いているとは思えない。裏方の……例えば、この休憩施設の仕事などではだめなのか?」

「ここは接客もしてる店員がローテーで回してるから、ここだけ、なんて無理だよ?」

「ぅ……そうか」


 なんて、そんな事ないけどね。

どうしても、客前に出られない恥ずかしがり屋の子も居るし。

嘘をついた理由? だって、勿体無いだろう?

こんなキレカワ(綺麗可愛い)な子が表に出ないとか。


「さぁて、次はどんな子の仕事を見せようかなぁ」と、僕がラムネをカランと口につけたその時だ。


ズシン……ズシン……


地響き。

現世と幽世の狭間、神奈備であるここには地震などという自然の脅威は無い。

だとするなら、これは誰かが起こしているという意味で――。


「うぉおおおおおお!!! 足りん! 足りん!!」「キャー!!」


野太い叫びに混じって、女の子の悲鳴が聞こえてくる。

ズシンズシンという音はどんどん近づいて来て……遂には、音の主が休憩フロアの扉をガンッッと開け放って来た。


「ぐおおおおおおお!! 誰かワシを満足させろおおおおお!!」


現れたのは、甚平姿の巨大なヒゲモジャおっさん。

六メートルはあろうかという体躯でフーフーと息を荒くしている。(因みにここはこういった怪物ばかり来る場所なので天井も扉も高いし大きな浴衣も常備してある)


「な、なんだあの男は!? 敵襲か!!」

「いや、ただのお客さんだよオウカ。まぁそう構えないで眺めてな」

「し、しかし! 興奮しているしいつ暴れ出すか!」

「心配ないから。この桃源楼は、所謂『裏ボスのいる裏ダンジョン』だぜ?」


突然の騒ぎにポカンとしていた休憩フロアの従業員達だが、すぐ様仕事モードに切り替え、


「お、お客様! デイダラボッチ様! 困ります!」「ここはスタッフルームですよ! お部屋にお戻り下さい!」


デイダラボッチといえば、大昔、日本の有名な湖や山を産んだという伝説の巨人だ。

体だけでなく態度もでかい。

店員の説得に、しかし巨人は聞く耳持たずドシンドシンと地団駄を踏み、


「えーいうるさいうるさい! 客であるワシに小言を申すな! そこの! そこの小娘ではワシを満足させられないというのだ!」


巨人が指差すのは、追い掛けられてここに逃げてきた店員の子。

「わ、私のマッサージだと気持ちよくないって……」と半ベソをかいていて可哀想。


「と、兎に角、落ち着いて下さいデイダラボッチ様。続きはお部屋の方で」

「ええい埒があかん! 女将を出せ! カアラを出せ! あの女ならばワシを満足させ


巨人は、最後まで不満を吐き出せなかった。

背後から『頭を蹴り飛ばされた』から。


「――ふんっ。いつまで女用のスタッフルームにいるんだこの変態おやじが」


床に頭をめり込ませる客に対し、その後頭部を踏み付けて悪態つく一人の少女。

彼女が巨人に対し高い跳躍力での重い蹴りを放った。

鋭い眼光と綺麗な顔立ちが特徴の美少女。

まぁここには美少女しかいないが。


「ちょ、ちょっとトロスちゃん? 少しやり過ぎじゃあ……?」

「あん? いんだよこんくらいで。あたしらが舐められちゃ終わりだからな。……お?」


ムクリ、起き上がる巨人に、トロスちゃんは一歩引く。


「――いい」

「ぁん?」

「娘よ! 貴様今のはいい蹴りだった! 決めたぞ娘! お前がワシの相手をしろ!」

「あ? てめぇ何様だ?」

「ちょっと、トロスちゃん……! ここは何とか……!」

「……ちっ、わぁったよ。オラ変態おやじ、さっさと部屋に戻れ(ゲシゲシ)」

「カッカッカ! 粋の良い娘だ! 昔のカアラを思い出すわい!」


そうして、ようやく巨人は休憩フロアから消えた。


「……、……なんだったんだ、今の騒動は」

「いつもの事だよこのくらい日常茶飯事は。客の癖が強けりゃ店員の癖も強い。バランスが取れてるってこった」

「まぁ今のように殴るだけの客でいいなら……私でもなんとか出来そう、か?」

「ただ殴ればいいってもんじゃないさ。寧ろ普通にやるより難しい施術だよアレは。怪我させずに気持ちよくさせる絶妙な暴力は、繊細さが求められるからね」

「彼女のは思いきり感情をぶつけていたようにしか見えなかったが……」

「その辺は天性のものがあるんだよ、あの子」


ふと。

噂の彼女、トロスちゃんが休憩フロアから出る直前振り返り、視線をこちらに寄越した。

今日、初めての顔合わせ。


直後――風で髪が揺れる。


「なっ、あ?」


オウカは突然の出来事に頭が回ってない。

急に【それ】が現れたように見えたのだろう。

僕の眼前には【拳】。

握られた拳が突きつけられていた。

その主は、話題のトロスちゃん。


「なんで止めたの?」

「テメェこそ、その広げた両腕はなんだ」

「僕との再会が嬉しくてハグしに来たのかと思って。今からでも間に合うよ? 御津羽はしてくれたよ?」

「あのカマと一緒にすんな。だから止めたんだよ」


トロスちゃんは拳を引いて。


「テメェ糸奇……いつからこの楼にいやがった」

「二時間くらい前からかな? 寛がせてもらってるよ」

「もうあたしの前に現れんなっつったろ……!」

「元カノみたいな事言いやがって。君がこうして僕の前に現れたんじゃん。そういえばお風呂では見なかったね」

「今日は遅れて出勤……ってそんなんはどうでもいいんだよ! 早く帰れ!」

「ダメダメ。今日はこの子の面倒を見に来たんだから」


言いながらオウカの肩を抱くと、チラリ、トロスちゃんはオウカを見て、


「おい。どんな脅されて来たのかはしらねぇが……こいつだけは信用すんなよ」

「余計な事言わないでよ。嫉妬した元カノか」

「殺すぞ」


言いたい事だけ言って、トロスちゃんは踵を返し、僕達の前から消えた。


「全く、あの子は。でも面白い子でしょ?」

「お前、どんな事をしたらあんなに恨まれるんだ……」

「別に、普通に仲良くしてたと思ってたんだけどなぁ」


と、そんな時、『ピンポンパンポーン。糸奇ちゃん、オウカちゃん。一階のロビーに来て下さーい』と社内アナウンス。

カアラさんの呼び出しだ。

ピンポンパンポーンを口で言うなんて相変わらずお茶目。


「多分仕事のお話だよ。遂にお客さんを相手する時が来たね。学んだ事を活かす機会だ」

「何も学んでないような気がするが……」

「もう勢いでどうにか乗り切れ」


そんなこんなで、僕らは一階へと向かった。


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