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さて、初めが重要。
ここで働いてる子は大体把握しているが、どの子の仕事ぶりを見せるのが一番か、と考えながらクッソ長い階段をおりていると……見覚えのある背中を発見する。
「うん、最初はあの子がわかりやすいかも。おーい」
「え~? ――ああっ、糸奇さ~んっ」
振り返ったその浴衣姿のゆるふわ癖っ毛な店員は、僕を見るとトテトテ早足で駆け寄って来て、胸に飛び込んでくる。
小柄で甲高いアニメ声が可愛らしい、小動物を思わせる子だ。
「も~全然遊びに来てくれないから寂しかったんですよ~。あれ? その後ろの子は~? その綺麗な子が居たから御津羽と相手してくれなかったんですか~?」
店員こと御津羽の冗談か本気かわからない圧の込まれた視線に、オウカは臆して僕の後ろに隠れる。
「弱みを握ってここに連れて来た新しい子だよ。イジメないだげて」
「イジメてないですよ~。てか相変わらずのど畜生発言だな~」
「むぅ……糸奇、そいつは誰だ? 先ほどの風呂では見なかった奴だが」
「そりゃあ一緒に風呂に入れるわけ……まぁいいや。この子は御津羽。桃源楼人気者四天王の一角だよ」
「よろしく~(キャピ)。まぁ、人気者一位は順不同殿堂入りでこの先変わる事はないでしょうけど~ね? 一位さん?」
「んな……糸奇、お前も、ここで働いて……?」
「昔の話さ」
それから、僕が仕事見学の許可を頼むと、御津羽は快く了承し、今日の仕事場である客室に案内してくれた。
その後すぐ、「お客様を連れて来ますので、狭くて暗いですが、押入れの中で待ってて下さ~い」と部屋を後に。
また二人きりになる。
「なんだか……広くて立派な部屋だな。価値はわからんが高価そうな調度品がそこかしこに置いてある」
「そりゃここは高級宿だからね。来る客の性質上、粗末な物は置けないよ。さ、押入れに行くよ」
「さっき話にも出た押入れとは一体……って! そ、そんな場所に!?」
「基本は寝具を入れる倉庫? だよ。僕らが表に出たままじゃお客さんも落ち着かないしょ。だからこうして身を隠しつつ御津羽の仕事を覗き見るんだ」
「し、しかし、覗こうにも戸の隙間からでは見辛いのでは……」
「それは『入ればわかる』よ、っと!」
「うわっ!」
先にオウカを下の空いたスペースに押し込み、続くように僕も中へ。
餃子のようなギューギュー詰め状態のまま、戸を閉める。
当然、訪れる闇。
「お、おい、何も見えんぞ」
か弱い女の子のように不安げな声を漏らすオウカ。
風呂上がりのソープの香りが彼女の滲んだ汗と混じり合い、押入れの中を満たす。
「せっかちだなぁ、少し待ちなよドスケベか」
「なんだとぉ!? ……むっ? なんだ、この扉……急に透けて……」
「そう。襖が透けて、これで部屋の様子がハッキリと確認出来るね。因みに、外からだとそのままで、中は見えない。マジックミラー、って言っても分からんだろうけど、まぁ、そんな感じさ」
「な、何の為に、こんな仕様に……?」
「今みたいに『研修用』ってのもあるし、『こういうプレイが好き』って客用だったり」
「……この世界には変態しかいないのか?」
「こんな発想を持ってる奴は日本って国にしかいないよ」
おっ? そうこうしていると、客と共に、御津羽が部屋に戻って来た。
「うふふ。今日はお姉さんを一杯癒してね? 御津羽ちゃん」
「ぼくもアテナさんに一杯癒して貰うよ~」
入って来た客は、お姫様のような白いドレスを着た金髪のナイスバディなお姉さん。
瞳の色からして海外の人だ。
てか名前からしてどこぞの女神様だろう。
「お、おい糸奇……」
「そんなヒソヒソ声でなくても外には声が漏れない完全防音仕様だよ。で、なに?」
「あのミツハとかいう奴は今からあの女を相手するのだろう? 女が女を癒すというのはおかしくはないのか? てっきり、女店員には男客がつくものとばかり」
「おかしくないよ、普通だよ。マッサージ店とかは、店員とはいえ知らない男に体触られるの嫌だって女性も多いだろうし」
まぁ。
「それはそれとして、御津羽は『男』だけどもね」
「は?」
溜めてたのに予想通りのリアクションでつまらん女だ。
「あ、あんな! 少女にしか見えんぞ! 声も! 顔も!」
「あの子程度でビビってたらここでやってけないぞ。ほら、兎に角仕事を見るっ」
オウカの頭をグイッと、客室側に回す。
「ふふ、あの女神アテナ様がぼくを名指しで選んでくれるなんて光栄だな~」
「だ、だって……御津羽ちゃんのテクニックが忘れられないんですもの……」
「スケべな女神~。で、何からして欲しい? マッサージ? 耳掻き? お、ふ、ろ?」
「ま、マッサージから、で」
「オッケ~。じゃあドレス脱いで、浴衣に着替えよ~」
御津羽がそう告げると、お姉さんは若干~を染めつつドレスに手を掛け……ストン、畳の上に下ろす。
ドレスの下はパンツ一枚のみだったらしく、ほぼ、生まれたままの姿に。
背中を向けているのでこちらからいちばん重要な部分は見えないが。
「こらこら、下もだよ~? (ニッコリ)」
「ぅぅ、御津羽ちゃんドSだよぉ」
しかし満更でもない様子で最後の一枚も取り払ったお姉さんに、御津羽は慣れた手つきで浴衣を着せて。
「時間はあるんだ。焦らず、まずは座ってぼくの淹れたお茶でも飲んで心を鎮めて~(コポポポ……)はい、どうぞ~」
「待ってましたっ。御津羽ちゃんのお茶も楽しみだったのっ。(ずずっ)……ふぅ。やっぱりこれ、美味しい上に力が抜けて、溜まってた疲れがどっと出て来る感じがするぅ。あれ? でも前と味がちがう?」
「ふふ、毎回お客様に合わせて淹れるオリジナルブレンドだからね~。アテナさんは今おめめがお疲れのご様子だから、眼精疲労に良いブレンドにしたよ~」
「なんで知ってるのっ? すっごーい、流石御津羽ちゃん。作り方教えてよー」
「ひ、み、つ。教えたらアテナさん、来てくれなくなるでしょ~?」
「そんなことないからっ」
テンポ良くお客と触れ合う御津羽。
客を盛り上げる手腕は流石は四天王である。
「むむむ……私に、あんな風に客を楽しませろと……? ふ、不可能だ……」
一方、隣の新人は既に心が折れている。
「さ、お茶も飲んだところでアテナさん、お布団の上にうつ伏せになって~。モミモミするよ~」
「う、うん……お手柔らかに、ね?」
「それはアテナさん次第だよ~? よいしょっとぉ」
お姉さんの腰辺りに跨った御津羽は、一度サワサワと背中を撫で回した後……
「ふふ、ここだ、ね~? (グニュ)」
「んぁん……っ! ゃ……そ、こぃぃょぉ……な、んでわかるのぉ……?」
「相手の弱点を見つけてイヤらしく攻め立てるのがぼくらの仕事だからね~(ぐりり)」
「しょのぐりぐりら、めぇ……」
お姉さんはこちら側を向いてうつ伏せになっているわけだがその顔のだらしないこと。
ヨダレを垂らし、美人な顔を台無しにしている。
「と、まぁオウカにはこういう技術を身につけて貰いたいわけで」
「んぁ?」
こいつ、人の話も聞かず興味津々で眺めてたなムッツリめ。
「だから。客の様子を見て、気遣い出来るようになって貰いたいの。御津羽が言ったみたく、ようは相手の弱い部分、弱点を見つけられるようになって」
「簡単に言うが……具体的にどう訓練しろと?」
「習うより慣れろ、だねぇ。数をこなすしかない。このスキルは凡ゆる場面でも役立つから鍛えて損はないよ」
とは言ってもコミュ力に近いスキルだから、全ては個人のセンスや才能と片付けてしまえばそれまでなのだが。
そして言ってしまえば小手先の技術であるこの気遣いも、必ずや客にとっての正解とは限らない。
本能のまま、何も考えず、自分勝手な対応もまた、不正解ではないのだ。
「ふにゅ……御津羽ちゃん、どこでこんなスキル……手に入れたのぉ?」
「尊敬する先輩に教えて貰ったんだよ~。【桃源楼のチュリエ(裁縫師)】っていう、半年しか居なかった伝説の店員さんは知ってるでしょ~? あの人にテクニックも気遣いもご教授頂いたのさ~。昔のぼくなんてデリカシーも何もない乱暴者だったから、あの人には仕事以外にも学ぶとこは多くて~」
「へー、御津羽ちゃんにそんな過去が。君が尊敬する相手なんて、会ってみたいなぁ……ぁあんっ! ゃ、ゃだっ、急に、そんなとこ……!」
「だ~め。アテナさんがあの人に会っちゃったら、絶対ぼくのところに戻って来てくれないって確証あるよ~。ぼくで我慢しなさ~い(かぷかぷ)」
「やぁ! みみたぶ、かぷかぷしないでぇ……」
激しくなる御津羽の手技と口技に、お姉さんの嬌声も同じく荒れ始めて……。
(ふ~)
「ひゃぁんっ……! な、なにを! 急に耳に息を掛けるな!」
「なんか隣でハァハァうるさいから。でも、少しはこういう隠れ見サービスの需要がわかったかい?」
「うっ。し、知らんっ」
さて、御津羽の仕事見学はこの辺でいいんだが、ここから出るタイミングが難しいな。
このまま『おっぱじめ』られて長引くのも嫌だし……仕方ない。僕は携帯を操作し。
「(プルルルル)おや、社内連絡かな~? あれ? 切れちゃった~」
「はぁ、はぁ……もう少しで、だったのにぃ」
「ふふ、アテナさん、汗かいちゃったね~? 続き、室内風呂でやる~?」
「……(こくん)」
それから御津羽はお姉さんの手を引いて部屋を後にする。
去り際、押入れに向けてウィンクをする合図が何とも粋だった。
「どする? お風呂も覗いてく?」
「も、もう十分だ……」
「なら行くよ、立って。腰が抜けた? 知らんっ」
御津羽の本領が発揮される風呂仕事も見せたかったがアレはウブな彼女にはキツイだろう。
次回にまわそう。