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今更だが、所変わって、ここはカアラさんの部屋。


桃源楼最上部にある言わばボスフロア。

ここの代表で、言い換えれば女将で社長な立場の者が居る場所だが、かといって豪華なわけでもなく、いたって普通な和室。

おばあちゃんの部屋のような柔らかい空気に満ちている。


「そ、そういえば、カアラ……先ほどは剣を向けてしまって……」

「んー? ほほ、気にしなくてもいいんですのよ。糸奇さんが連れて来る子達はいつもあんな感じなので」

「す、すまない」


お互い、わだかまりも解けたところで、


「さて。それよりも、オウカさんに渡したいものがありまして。こちらです」


何処からともなく取り出すたるは、畳まれた布。

オウカは首を傾げるが、僕は広げないでも何かわかる。


「こちら、この桃源楼の制服である浴衣です。急いで用意したのですよ」

「ゥッ! あ、あの手脚を惜しげもなく晒す下品な衣服か……これを、着なければ、なんだよな?」

「当たり前だろ。故郷復活させたいんだろぉ?」

「彼女の事情はまだ知りませんが、下衆な脅し方をしているのはわかりますわね」

「ゥゥ……わかっている。これは、どう着るんだ……?」

「ふふ、いらっしゃいな」


おいでおいでと手を仰ぐカアラさんの姿はまさにママン。

桃源楼のみんなのお母さん的な存在なので間違いではない。

オウカは顔をあからめたまま近寄り、それからなすがままにどぎまぎ着付けを受け入れる。

彼女は、母の愛というものを知らない。

村にいた肉親は妹のみで、両親は顔すら見た事がない。

だから、カアラさんのような存在を前にするとぎこちなくなってしまう。

因みに今のオウカ情報は『本人から聞いたわけではない』。


「んー……ん。良かったぁ、サイズはピッタリですね」


着付けの終わったオウカのミニ浴衣姿は、面白みもないほどに似合っていた。

大抵、彼女のように日本人顔でもない西洋寄り? の顔付きの人に和服というのは浮いた感じになるが――オウカの髪色と同じような深紅の浴衣で、フリフリもあしらわれている少しゴス寄りなデザインは素晴らしく――流石はカアラさん、粗末な物は渡さない。


「た、確かに、動きやすい衣服だ。よく、ここまで丁度のやつがあったな」

「それは当然ですわ。先程わたくしが『一から縫製した物』ですので」

「……なん、だと?」


オウカは、その見事な作りのミニ浴衣をもう一度見て、


「じょ、冗談を。我らが別れた後のわずかな時間で作った、だと? 私はこういう事に詳しくはないが、そんなの、『腕が何本も無い限り』不可能では……」

「うふ、それだけ手が早いと言う事ですわ。今まで何十着も作っていますので」

「し、しかしそれ以前に、服を作る為の採寸など全く……」

「そんなもの、相手を見ればでわかりますわよ」


そう断言されてはオウカも何も言えなくなる。

現に、完成品を今纏っているのだから。


「ですがまぁ。『糸の扱い』に自信のあるわたくしでも糸奇さんには敵いませんのよ?」

「な……? し、糸奇、お前、こういうの得意なの、か?」

「うふん、見ての通り僕は女子力高いからね」


明らかに信じていない目だ。

その気になれば五分で一着作れるぞ。


「にしても、や、やはり肌の露出が多いな、これは。……む? この、刺繍された花は、何というのだ?」

「ザクロという植物の花ですわ。種はガーネット(柘榴石)色で口に含むと甘酸っぱくどこか貴方をイメージさせる植物ですの。他の子達にも一人一人に合った花を刺繍していますので、暇がある時に目を向けるのも良いでしょう」


ざくろ――と言えば、いつかカアラさんがまるで見たかのように話してくれた昔話を思い出す。


可梨帝母という夜叉(鬼神)の子食いをやめさせる為に釈迦はざくろを与える。

すると以降夜叉の凶行はおさまったのだ。

なんでも、ざくろが人肉の味と似ているからだとか(なぜ釈迦は知っているのか疑問だが)。


まぁそんな昔話は関係ないにしても……カアラさんが、どんな意味を込めてあのざくろをオウカに贈ったのか……それは本人にしかわからない。


「ついでに髪も可愛く結いましょう。折角の長くて綺麗な御髪ですからね」

「そ、そこもか!? ぅぅ……」


オシャレ慣れしていない彼女は、櫛を持ったカアラさんにまたもされるがまま。


「そういえば、一番重要な、ここでの仕事の説明をまだしていませんでしたね。糸奇さんや他の子達からもざっくりとしか聞いていないでしょう? 結いつつ詳しくお話ししますわ」

「仕事……要は、来る客に奉仕をするのだろう? 客の求むるがまま、さ、触られたり、触らせられたり」

「ああ、うちではそのような『店員が嫌がる奉仕』は禁止しております。本人が『したいさせたい』と思うならば別ですが」

「……え? だが、ここは客を心身共に癒す商売なのだろう?」

「はい。こんな立地……まぁこの業界では一等地ですが、客層も特殊で、世界各地の神々やら地獄の使者達、大物妖連中や、時には一般的な生者も迷い込んで来たりします。基本は完全予約制ですけど。で、そんな方々を役職も立場も考慮せず平等に扱うのが我ら桃源楼のあり方。そして、第一に。ここで最も、尊重されるのは我々店員です」

「……そんな方針で、客は嫌な顔一つしないのか?」

「勿論そういう方もゼロではありませんし、ルールを守れない場合は御退店を願うか、最悪、痛い目に遭っていただき追い出す事に。しかし、そんなお客様ほどにリピーターになるケースが多いんですのよね。よっぽどの中毒性との事で」

「……一体どんな場所なんだ、ここは」


まぁその辺は一般的な夜のお店でもそうだろうけど。


「因みに、店員の子には男の子もいるんですのよ。女性客は勿論、男性客にも需要がありまして」

「……本当に、一体どんな場所なんだ、ここは」


それは僕もよく分かってない。


「さて。終わりましたわ」


カアラさんの巧みな手技により、伸ばし放題だったオウカの長髪は、見事なシニヨンへと変貌。

ガサツな雰囲気も薄れ、清楚さが増した。

本人も「ぅぅ……何か落ち着かないな……」とモジモジしてて可愛い。


「では早速ですが、そろそろ開店のお時間なので、仕事場に向かいましょうか。はじめは先輩方を見学する形で。糸奇さん、案内お願い出来ます?」

「おっけー。いくよオウカ」

「あ、ああ」


浴衣で歩きづらそうな彼女の手を引き、部屋を後に。

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