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「グラヴィ、わざわざ運送ありがとねー」
「ふん、本当じゃ。我はもう帰って寝るからまた連絡してきても知らんし来んぞ」
言って、フッと彼女は消えて行った。
色々と便利な力を持つと頼られて大変ね。
「……今の者は?」
「ん? 僕の『色んな意味で』の一番の協力者だよ。『空間魔法』を使える子だから、こうして僕達を目的地まで運んで貰ったのさ」
「う、ん」
オウカは、何かグラヴィに対して思う所がありそうだったが、それ以上の質問は無いようで。
「んじゃあ、行こっか。目的地はこの先だよ」
「……しかし、何やら不思議な場所だなここは。例えようが無いが……ふわふわと浮いてる感覚だ」
「ま、ここは幽世の入口付近だからね」
「かくりよ?」
「死者の世界って事」
なっ――と、彼女は声に出さず口をあんぐり開ける。
「な、なんて場所に連れて来たんだお前はっ。わ、私は死んでしまったのか!?」
「落ち着けよ。言ったでしょ、ここは入口だって。言い換えるなら、現世の出口とも呼べるけど……ほら、川のせせらぎが聞こえて来ないかい? 結構大きな川だから聞こえてくると思うけど」
頷くオウカ。
少し震えてるのが可愛い。
「あれは三途の川っていう、生者の世界と死者の世界との中心を流れる川のせせらぎだ。神奈備という二つの世界の分岐点も兼ねていて、あの川を渡れば、死者や神の居る幽世に行ける。死者の世も、国とか宗教別に色々分けられてて、そっちを覗くのも面白いけども……これから向かう先はその川の手前にある、まぁ宿泊施設だね」
幽世だの三途の川だの説明したが、これもまた国や宗教などによって名称――アアルだのコキュートスだの――は様々。
今は敢えて日本的な言い方をした。
「そ、そうか。なら、私はまだ死んでいない、のだな。し、しかし私はまだお前の世界の事を知らないのだが……本来、このような場所、気軽に足を運べる所ではないだろう?」
「そりゃそうだ。でも僕は特別だからね、色々ツテがあるんだよ。さ、すぐそこだから付いて来な」
彼女の手を引き、先へと進む。
「むぅ。すぐとは言うが、先ほどから霧が濃くて一寸先も見えないのだが……本当にこの先に建物など……んんっ!?」
突然、ズンッと目の前に現れた門に、彼女は驚いて尻餅をつく。
「な、なんだ!? こんな巨大な門、影すら感じなかったのにっ」
「良いリアクションありがとう。まぁ僕も初見じゃ同じ様に驚いたからね。さて、さっき連絡したから開けてくれると思うけど……おっ」
ギギギ――重い音と共に門が開いていって、「お待ちしておりましたわ」 いつの日かを再現するように、一人の着物姿なお姉さんが出迎えてくれた。
「わーい、カアラさーん(抱きっ)」
「ふふ……相変わらずお可愛いですわね、糸奇さん」
「カアアサン……? その者は糸奇の母君なのか……?」
オウカが面白い勘違いをしている。
「あら? そのお嬢さんが、件の?」
「そ。僕的には良い筋してると思うんだけどな」
オウカに顔を近づけ、ジッと覗き見るカアラさん。
「うっ……な、なんだ?」
「貴方――【鬼】、ですわね」
「お、おに? い、いや、私はオウカ・ホオズキという者だ」
「……ふんふん、成る程。よろしくお願いしますわ、オウカさん。わたくしはカアラ。ここの責任者です。糸奇さん、確かに彼女は逸材ですわね」
「気に入ってくれたようで何よりだよ。じゃあ早速、研修って流れでいいかな?」
カアラさんは頷き、僕達について来るよう促す。
彼女の後ろ姿を追いながら、
「おい糸奇、彼女は一体? 只者ではない強者の電磁波を感じるぞ」
とオウカがひそひそ訊ねてくる。
「んー。とりあえず、こんな場所に居るくらいだからまともな人間ではないかな。てか人間じゃないね」
「人間では、ない?」
「分類するなら、妖、という種族だね。妖怪、物の怪、怪異……うん。君に分かりやすい説明するなら、魔物とかモンスター、かな」
「――マモノ」
おっ? オウカったらピタリと足を止めちゃって、目も虚ろに……あ。
腰の刀に手を掛けちゃったよ。
「斬らねば」
「おやおや?」
「魔物魔物魔物マモノマモノまものまもの……駆逐っ! するっ!!」
更には変なスイッチ入っちゃったよ。
止める間も無く、オウカは地を蹴り、カアラさんへと飛び掛かる。
ヤバイなー、止めないとなー……や、大丈夫か。
カアラさんだし。
「キシン流一刀!! 紫電ッッ!!」
名の通り雷の閃光が如く素早さで対象の懐に潜り込み、更に剣撃は最速、居合い。
瞬き一つの間に、漸く相手は自身が両断された事に気付くであろう疾さ。
しかし……相手はカアラさん。
襲撃暗殺不意打ち騙し合いは慣れたもので。
「ゲフゥ!?」
一閃が届くかという直前――オウカが顔面から地面に突っ込んだ。
足を挫いた? 否。
挫かされたのだ。
オウカの足首には『粘着質な白い糸』が絡み付いていた。
後ろを向いたままで、カアラさんはオウカを処理した。
子供のイタズラを遇らうように。
「全く。どうして【若】が連れてくる子は、こうも毎度お転婆なのでしょう」
「若呼びはやめてよ。てか、女の子は元気な方が可愛いっしょや」
「それは否定しませんが……しかし……まだ彼女、自身の力に気付いてませんわね?」
カアラさんは、地面で気絶しているオウカを見ながら首を傾げて、
「【真の力】を解放出来ていれば、地に伏していたのはわたくしだったかもしれません。糸奇さん。彼女は『計画して』あちらから連れてきて?」
「いや。この子に関しちゃあ、ノータッチだよ」
「でしょうね。貴方が、今更『この血筋』と関わるとは思えませんし。これも縁の導き。皮肉なものですわね」
「ほんとにね。……さて、このまま泥だらけじゃあせっかく傷を消したげた彼女が可哀想だ。適当にお風呂借りるよ」
「勝手知ったるや、ですわねえ」