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ぽつ……ぽつ……ぽつぽつぽつ……
先ほどから頭部をつついていた雫は次第にその頻度を増やしていく。
「あちゃー、こら一雨来そうやなぁ。不幸中の幸いか、上が水着で助かったわ」
「良くないわよ下は普通にスカートなんだから。戻る頃にはびしょ濡れになってそうね……」
「えー、戻んないでこのまま水も滴るいい感じで先に進もうぜ? 青春ぽくない? ねぇフェネ子?」
「笛子は糸奇さんに従います……!」
「笛子さんをダメな方へと導かないで下さい糸奇様。……仕方がない。クラウド、周囲に建物がないか探して下さいまし」
眉の頭の上でコクリと頷いた大蜘蛛クラウドは、バッ――と、木よりも高く跳躍し、お尻から出した糸をパラシュートの様にしてフワフワ宙を漂い出す。
「はえ~、そういえば蜘蛛って飛べるんだったね」
「ええ、バルーニング、ですわ。ジグモの幼体や小型であるセスジアカムネグモが移動の際に用いる技で、時には数百キロも移動出来たりします。加えてウチのクラウドは特別でわたくし一人くらいならば共に飛行も可能ですのよ」
「興味のある事にはメチャクチャ早口やなぁ繭っちは」
「まるで蜘蛛博士です……」
「そ、そんな事はありませんわっ。ウチが代々蜘蛛神信仰なだけで、自然と覚えた知識です。あ、クラウドが建物を見つけたのか進み始めましたわ、ついて行きましょうっ」
赤くなった顔を隠すように先頭になって歩き出す繭。
非科学的な事は信じない彼女だが蜘蛛に至っては例外らしい。
というかカアラさんも、同じ道に進めたくないのであればあんな特別な蜘蛛を渡さなければいいのに。
フワフワと風に乗って進むクラウドを追う私達。
雨も更に強さを増して行く。
「あはっ! なんかこうパンツまでグッショリ濡れるとどうでも良うなるわ! テンションもなんか上がってきた!」
「よし! いっそ全裸+サンダル姿にでもなるか! 構わないだろフェネ子!」
「し、糸奇さんが脱ぐのであれば……!」
「風邪引くからやめときなさい笛子」
「そういう問題ではない気も……む? 何か見えて来て……どうやら吊り橋のようですわね」
ギッギと風で揺れる、『いかにも』な吊り橋。
【老朽化の為渡るべからず】とご丁寧に看板まで出ている。
下降して来たクラウドは繭の頭に着地するとプルップルと不規則なタイミングで震え出す。
アレはモールス信号を基にした繭との意思疎通方法らしい。
やっぱり普通の蜘蛛じゃないな。
「ふむ……建物はこの先らしいですわね。しかし、どうします?」
「きまってらぁ! 俺は進むぜ!」
おかしなテンション(平常運転)な糸奇に感化されたのか、みなも従うように吊り橋を渡り始める。
まぁ逆をいえば、糸奇さえいれば最悪の事態は起こりえないだろうが……。
ギシギシと踏み締める度に軋む吊り橋。
下には荒々しく流れる川。
みなおっかなびっくり歩みを進める。
「ほ、ほんまに大丈夫なんかぁ? この橋ぃ」
「い、一応、クラウドの糸で補強はしています。余程の事がない限りは……」
「ふぇぇ……怖いですぅ糸奇さぁん(ギュ~)」
「へへ、コレがほんとの吊り橋効果ってな! おらおらみんな止まるんじゃねぇぞ!」
「うるさいわね……あんたの声だけで橋が壊れそう」
「壊れて落ちるのもまた一興だよ! 青春青春! あ、見てみんな! 橋の入り口んとこにクマがいるよ!」
「何言うてんねん糸奇さん、九魔っちならここに……ってホンマやん! デカ! めっちゃこっち見とる! もう戻れんやん! てかこっち来とるやん!」
「へ、平気です。クラウドならば熊とも渡り合えますわっ」
みながそこに注目していたからだろう。
いつの間にか一番前に来ていた私は、ブチブチブチ……という背後からの嫌な音にいち早く気付く。
視線を進むべき方向に戻すと、正面の縄の一部が悲鳴を上げていた。
雨で強度が落ち、女の子とはいえ大勢で渡ったのも原因かもしれない……なんて、冷静に分析してる場合ではない。
「糸――」「ほいさっ」
名を呼ぼうとした、直後、ヒュンと私の側を風が通る。
生暖かい空気と生暖かい雨を切り裂くように過ぎ去った温度のない風。
「んん? なんやこの熊? 口に何か咥えとるで? ……【白い貝殻のイヤリング】?」
「あ、わたくしのですわね? どこで落としたのでしょう……拾ってくれたんですのね、ありがとうございます(ナデナデ)」
「リアル森のクマさんやな……白玉島の動物は人間に慣れてると聞いてはいたけどこんな人懐こい熊なんて初めて見るで。なんていうかもう、デカイ犬やな(ナデナデ)あ、スタコラサッサと帰って行ったわ」
そんなイベントも終わり、『何事もなく』橋を渡り切る私達。
因みにだが、ほつれていた橋の縄の部分は、『何事もなかったように』繋がっていた。
「ふふ……流石は糸奇さん、吊り橋効果でドキドキです……」
「何のことかなぁ? (すっとぼけ)」
一部始終を見ていたのは私と、決して糸奇から目を離さない笛子だけだった。




