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小話 ▼ 五年前 ▲


山の中を彷徨っていた。


経緯は憶えていない。

 街の中を歩いていたつもりだったのに、気付いたら、鬱蒼とした木々の中を歩いていたのだ。

靄なのか霧なのか、少し先も見通せない緑の迷路。

 まるでこの世ではないかのようなフワフワした感覚。

普通なら慌てる場面だが、どうもこの時期の僕にはそんな異常事態すら構える余裕など無くって。

大きな力を得たと同時に、大切な物を喪った時期だった。

 心身共に疲れ、自暴自棄になっていた僕の前に……ふと、【それ】は現われた。

大きな長屋門だ。

 この先には相当な屋敷があるだろうと想像に難くない立派な門。


「お待ちしておりましたわ」


と。

 いつから居たのだろう。一人の貞淑そうな着物のお姉さんが僕に頭を下げていた。


「ようこそ、桃源楼とうげんろうへ。わたくし、ここの責任者でカアラと申します。遠路はるばる……」


顔を上げたカアラさんは、僕の顔を見て、一瞬ハッとなるが、本当に一瞬で、


「……失礼。これほどに可愛らしいお客様だとは思いませんでしたので。それでは、どうぞこちらへ」


僕は特に疑う事なく彼女について行く。

 門を潜ると、名の通り楼が聳え立っていた。

 見上げても天辺がうかがえないほどの高さで棟を段々に重ねていったジェンガのような面白い造り。

 そしてその背後には、大きな川が流れている。


「桃源楼はお客様に至高の癒しを提供する場。ただし、どなたでもその資格を有するわけではなく……そして、目指して辿り着ける場でもございません。ここは『導かれる場』。貴方は導かれたのです」


謎の説明を聞きながら象でも通れそうなこれまたデカイ扉を通って中へ足を踏み入れると、広いロビーと「「いらっしゃいませ――!!」」 多くの美少女達がズラリとお出迎え。


みな、身軽そうなミニ浴衣を着用し、更には正気を濁らせそうな甘い匂いを撒き散らして、目にも鼻にも不健全な空気を漂わせていた。


「わっ、凄いお客が来たねっ」「いい匂い」「道理でカアラ様自ら……」「上玉だぁ」「ジュルリ」


みなの僕を見る目に妖しい光を感じるのは気のせいだろうか。


「歩いてお疲れでしょう。先にお風呂でもどうですか」


特に疲れも無かったが、断る理由もないので頷いておく。

案内されたのはこれまた豪華で立派な内風呂付きの和室だ。

 さぞやお高いんでしょう? と思い、手持ちが無い事を伝えるが、「ご心配はいりません」 カアラさんは微笑むばかり。


「お背中流しますよ」と、あれよあれよと裸にされ、内風呂へ放り込まれる。


「あら? ……ふふ。どうやらわたくし、少し勘違いをしていたようですわね。まぁ、こちらとしては『どちらでも』何ら問題はありませんが」


いつの間にかスケスケな白の湯着姿になっていたカアラさんに、股間を見られて謎の納得をされたのが少し気掛かりだったが、彼女はそれ以上言及する事なく僕の体を洗い始める。

 僕は風呂椅子に座らされ、ただ背後にいるカアラさんの巧みな手技に翻弄されるばかり。


「はい? まるで『何本もの手で洗われてるみたい』? ふふ、よく言われます。あ、後ろは振り返らないで下さいませ。色々と……透けていますので」


そう告げられたら従う他ない。

 その後は、前の部分や髪の毛、下半身も隈なく泡あわにされ……癒されるつもりが謎の疲労感だけが残った。

しかし、その後の奉仕の数々は完璧で。

 豪華な食事をアーンと食べさせて貰ったり、沢山の女の子達を呼んでキャッキャとゲームをしたり、全身マッサージの後は耳掻きをして貰ったりと……至れり尽くせり。

極め付けは、広縁(部屋の窓際にあるスペース)で膝枕をして貰い、僕だけの為に打ち上げるという花火の鑑賞。


「ふふ。実の所、わたくしが一人こうして一人のお客様の為に出向いて奉仕するなど滅多にない事なのですのよ。実に久しぶりな現場仕事で……不手際はございませんでしたか? ……はい、それは良かったです」


チリンチリンと揺れる風鈴。

 そよそよと扇がれるうちわ。

 リーリーと虫の音。


「お客様は特別なのです。これほどの(ゴニョゴニョ)に出逢える事など本当に稀で。どうやら貴方は、自身の価値を理解していないようです。……そういえば、まだお客様のお名前をお聞きしていなかった。礼儀として(ゴニョゴニョ)したお客様は覚えておきたいのです。……五色。はて? どこかで」


ドーン パラララ…… 花火の打ち上げが始まる。


「おや。瞼が重そうですわね。……どうか嫌な事はお忘れになって、安心して『お眠り』下さいませ」


もう半分夢の中なのか。

 ぼやけた視界の先、カアラさんの背中から『何本もの腕がニョキニョキ』と生えてきたのが見えた。

 花火で反射した瞳も、紅玉のように妖しく輝いていて。

そんな彼女を。

 

 僕は美しいと思った。


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