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スゥ――と。


空気が冷えるのを感じた。

その出所は、妹とプランさんから。

糸奇とグラは特に変化もなく箸を動かしつつ、


「あの子はまだ客間で寝てるんじゃない? ご飯は後で適当に食って貰うよ」

「そう」


そう、別に珍しい事ではない。

糸奇は度々こうして客を家に連れて来る。

男だったり女だったり。

後者の場合、笛子が少しムッと嫉妬したりするのだけれどその程度。

だというのに、今回に限っては毛色が違って……。


「む。糸奇、ここか?」


スッと引かれる居間の戸。

顔を覗かせたのは、今話に出た赤髪の少女。

着慣れてないのか、来客用の浴衣が寝起きのせいか乱れていて、少し目のやり場に困る。(糸奇は「ほほう」と品定めしているが)


キリッと芯の強さを感じさせる美人。

だがよく見れば幼さもあって、意外に年下かもしれないという彼女。


かもしれない、というのは、殆ど情報が無いからだ。

昨夜いきなりやってきて夕食を共にはしたが、その時は糸奇の簡単な紹介しかなかった。

まだ『読んで』もないし。

場の空気は更に軋む。

プランさんが苦い顔をしているのは謎だが。


「おーオウカ、おはよ。丁度朝飯時だからとりあえず座んなよ」

「う、うむ」


そして当然のように、彼女、オウカさんは糸奇の隣に座る。

昨日今日の出会いらしいが、余程信頼『してしまった』のだろう。

無理もない。

絶望のどん底でもがく者に、糸奇はいつも狙ったようなタイミングで手を差し伸べる。

狙った吊り橋効果。


「し、糸奇さんの隣を迷い無くっ……!」


元々糸奇の隣にいた妹が割り込まれて動揺。

しかしオウカさんは蚊のような声を漏らす妹に気付きもせず、糸奇からご飯を受け取っている。


「えー、昨夜は殆ど紹介出来ませんでしたが、アジの干物に手掴みで齧り付いてる彼女は今僕が担当している求職者の子です。んで、桃源楼が合わなかったので今日は別の所に置いてこようかと思ってます。皆さん仲良くしてあげて下さいね~」


桃源楼か……確かに、あそこは特殊な場所だから合わない者もいるだろう。

というか、いきなりあそこを紹介する糸奇もどうかと思うが。


「し、糸奇さんっ……今日はその……『あの約束』がっ」

「ん? ああ、大丈夫だよフェネ子、そこんとこは忘れてないから。プランさん、今日はこの子も『あそこまで』車に同乗するけど、良いよね?」

「……構いませんが……ご自身のしている事、『分かっているんですか?』」

「えー何のことー? 糸奇そういう意味深な会話わかんなーい(ぶりっ)」


ぶりっ子ぶる糸奇とは対象的に、プランさんと妹の顔は晴れない。

いや、妹はぶりぶりしている糸奇を見て「可愛いっ」と少し晴れた顔に。

逞しい妹だ。


「むぅ? 昨夜も思ったが、お前達、どこかで見た気が……?」


唐突に、私と妹を細めた目で見る来客。

少なくとも、私達に面識は無い筈だが。


「なんだろね。フェネ子は九狐ちゃんとキャラ被ってるけど」

「確かに雰囲気は似ているが……」

「ならもしかしてアレじゃない? 写真。桃源楼の浴衣モデルはこの二人だから」

「ああ、それか。印象に残るほどの美貌だったからな」

「この子ったら、お世辞がうまいんだから~(ペシペシ)」

「た、叩くなっ、別に世辞では……、しかし、本当に分からないのはそこの二人だ。二人とも私とどこかで会った気が……?」

「グラとプランさんね。二人は何か『覚えてる?』」

「ああ? 我は知らんぞ。興味のある事しか憶えとらん(ムシャムシャ)」

「ど、どうでしょうね。『別の形』で出会っていたかも知れませんが……なんとも」


本当に興味が無さそうなグラと、明らかに動揺しているプランさん。

何やら因縁がありそうだが、私達姉妹には関係のない物語だろう。


「だってさオウカ。ほら、納得したらさっさと飯食いな。今日も働いて貰うぞ」

「落ち着く暇がないな……ん? そう言えば糸奇。今更だが、お前、【両親】は? 挨拶がまだだった」


空気が固まる。この部屋の空気はよく変化するな。


「あっ……も、もしや、聞いてはならぬ事だったか?」

「なに気遣ってんだよオウカの癖に。両親は『旅』みたいな何かをして家に居ないだけで存命さ。よくフラフラどっか行くラブラブな夫婦なんだよ」

「そ、そうか。ならばいいのだが」


物は言いよう、だな。


さて。

この土日、彼女も私達姉妹の時間に関わって来るらしい。

糸奇の気まぐれはいつもの事だが……今回はいつもと何かが違う気する……そんな不安だけが根拠なくあった。

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