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ちょっとしたイベントから三〇分程経ち。


「――ぅ。ここ、は……」

「おや、気が付かれました? お茶をどうぞ」


おっと。

このタイミングでオウカの奴目を覚ましたか。

運び込んだカアラさんの部屋にて、布団から体を起こしキョロキョロしだすオウカ。


「糸奇、は……?」

「あらあら。起きてからの第一声があの子の名前ですの? 随分と懐かれたのですね、まるで雛鳥のよう」

「そ、そういう意味じゃないっ」

「ふふ、揶揄っただけですわ。糸奇さんは今、着替えを取りに席を外してるだけです。じきに戻って来るでしょう」


と、言いつつ。

カアラさんは既に僕が部屋の前の廊下に居る事に気付いてるだろう。


「眠る前のご記憶はおありで?」

「……ボンヤリと。あの獄卒長が両断されたあたりで意識を一瞬取り戻したな。あれはやはり桃源楼の皆が?」

「ええ、お客様など皆の協力のおかげです。トドメは糸奇さんですけれど」

「こ、殺した、のか?」

「どうなんでしょう。基本、糸奇さんは斬った相手を戻すので気にする必要はないかと」

「……そ、そうか。やはり凄いな、ここの連中は。各々が個性豊かな上に魔王クラス以上の力を持っているのに、誰も出しゃばったりしない。余程カアラが上手く抑えているのかカアラが怖いのか」

「わたくしは何もしておりませんよ、皆自由にやらせています。たまに下克上を狙う元気な子もいますし。……けれど、一度。お客様一人に桃源楼を落とされかけた事がありましたわね。わたくしでも歯が立ちませんでしたのよ」

「ッ!? た、たった一人にここを? ど、どうなったんだ!」

「スカウトして無事、従業員になって貰いました。もう辞めちゃいましたけれど」

「……本当に自由なんだな、ここは」


そんな事があったんだなー。

怖い客もいるもんだなー。


「話は戻りますが、本当に先程のご記憶がないんですの? 謙遜していらっしゃいますが騒動を治めたのはオウカさんなのですよ? 殆ど貴方が倒したと言っても過言ではない」

「私、が? な、何を言って……私と獄卒長との実力差は歴然だったろう?」

「ふむ。やはり記憶にないようですね。今、自身の頭部に何か違和感は?」

「違和感……? (サワッ)んんっ? 何だ、この固い……コブではないな? 尖って……」

「鏡をどうぞ」

「――は? こ、これは、ツノ? わ、私も獄卒の連中の様になってしまったのか!?」

「近い様で遠い解ですわね。それでもだいぶ縮んだ方で、いずれ引っ込むでしょうが……以前にも、似たような事があったのでは? 気付けば戦いが終わっていた、そんな事が」

「……確かに、あった」


彼女はその心当たりをポツポツと語る。


旧世界での魔王軍との死闘。

敵は上位の幹部連中。

なのに、ふと意識を失った後には目の前に敵の亡骸。

その戦闘で負った傷も回復している。

『無意識下で何とか乗り切った』のだと、無理矢理自分を納得させていたが……。


「それこそがオウカさんに宿る真の力ですわ。自らの意志で引き出せるようになれば、更に多くのモノを守れますし、同時に、壊せるでしょう」

「……元々、私や妹は、村でも特別力持ちだった。大人の男数人でも持ち上げられない岩を片手で掴み上げられたり、斧なしでも蹴りで木を薙ぎ倒せた。普通、ではないとは思っていた。――カアラは、知っているのだな? 私の力の正体を。私の、正体を」

「ええ、まぁ。【知人】に同じような力を持つ方がおりますので。お望みとあらば、全てを今お話しするのも可能ですが?」


オウカは少し口籠る。

意外だ。

すぐに知りたがると思っていたのに。


「いや。今はまだ、結構だ。知った所で……強くなった所で真に戦う相手も居ないしな。今私に必要なのは、ここでの接客の極意だろう」

「良い心がけですわね。その真面目さを糸奇さんに少しでも分けて貰いたいくらい」

「だが一つ。聞きたい事がある。その糸奇について、だ」


え……僕の居ないとこで僕の話とか、絶対陰口でしょ。

女同士の会話は悪口が基本て知ってるんだからねっ。


「糸奇さんの、ですかぁ。これはまた、語る事が多い話題ですわね~。しかし、直接本人に訊ねたりもしたでしょう?」

「奴は自らを神と騙るような奴だぞ、信用出来ん」

「神、ですかぁ。わたくしにも昔そう呼ばれていた時期がありましたわね。邪神だの、厄神だの、祟神だの。実際の所、オウカさんはあの子を神だとは思いませんの?」

「……もし、神が万物をやりたい放題出来る力があるというなら、奴はまさしく神、なのだろう。しかし……あんな自由過ぎる奴を神だと思いたくない」

「うふ。そちらの世界の神の印象は分かりかねますが、こちらでの神は本来、傍若無人で理不尽な存在なのですよ」

「ッ! な、ならば、本当に糸奇は……?」

「ええ。とは言っても、一つの町で慕われているような地方神ですがね」

「……この世界では、地方の神ですらアレほどの力があるのか」

「いえいえ、流石に糸奇さんは特別ですわよ。地方でこじんまりと慕われてはいますが、その影響力は、わたくしどものような裏の者達も無視出来ません。なにせ『世界の規律の一つ』ですから」

「規律……? あいつと世界のルールに何か関わりが?」

「おっと、口が軽すぎましたわ。特に口止めされてもいませんが、本人のいない所であまりベラベラと漏らすのも美しくありませんし」


廊下の僕に向けての発言だろうが、今更感半端ない。

まぁまだ謎多きキャラではいられるだろう。


「……結局、奴の事は信じていいものか。私を騙す事に価値も無いだろうが」

「どうでしょうね。何年と付き合いはありますがわたくしもあの子の全ては把握してません。しかし、面倒見が良いのは確かですのよ? ヤンチャだった御津羽ちゃんとトロスちゃんをスカウトして、ここに連れて来た日の事は今でも覚えていますわ。まぁ、力でねじ伏せて無理矢理、でしたが」

「あ、あの二人をっ? そこまでの奴なのか、糸奇は……」


懐かしいなぁ。

御津羽はわりと素直だったけど、トロスちゃんは天界乗っ取り計画の最中に横槍入れちゃったから、今でもなんか恨まれてるし。


「コレは、永く生きて来た老害からのアドバイスです。出会う相手は皆、騙して来るものだと思いなさい」

「え? し、しかし、それは……」

「だからこそ。『騙されても後悔しない』、そんな相手を頼りなさい」


黙り込むオウカ。

彼女の頭の中には、一体どんな人物が浮かんでいるのやら。

さて。

それはそれとして、もういいだろ。


「戻ったよー。おや、起きたんだオウカ」

「むっ。し、糸奇……さっきは……」

「あーごめん。もう時間ないからここ出るとこなんだ。家族とご飯食べなきゃだから」

「そ、そうか……行くのか……」

「何言ってだ、お前も来るんだよ。ほら、服持って来たらはよ着替えな」

「――え? な、何を言って? 私は、今日からここで寝泊りするんじゃ……?」

「オウカさん何も説明してないの? 今日一日の仕事見た限り、君にここはまだ早いって判断が下ったんだよ。僕が下したんだけど」

「女将のわたくし的には何も問題ないんですがねぇ」

「じゃ、じゃあ、どうなるんだ? 私は」

「次の充てもある。とりあえずここは見送り。桃源楼で働きたいなら、も少し女子力磨いて貰わないと。ほら、さっさと行くぞ」

「ど、どこまで身勝手なんだお前は! やはり信用ならん!」


こうして、オウカの一日は無駄足に終わった。

僕的には得るものの多い一日だったが、彼女には明日以降も無駄で苦痛な時間を過ごして貰う事になるだろう。


全ては、僕の為に。

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