【一章】1
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「その子が新しい子?」
「はい」
と、門番である眼鏡の女の子が頷く。
ここは日本のとある島。『異世界から』来る子達はこの門や、他に世界にいくつかある門を通って来るわけだが……今日の子は少し、いつもと毛色が違うみたいだ。
見た目を分かりやすく例えるなら、女騎士……いや、剣士? 勇者?
緋色の赤髪、軽装鎧な上半身、防具は付けているがほぼミニスカート状態な下半身、腰には携えるのは……日本刀でも収まっていそうな細身の武器の鞘。
間違いなく美少女ではあるが……その身体に付いた生々しい傷跡と左目の眼帯、戦いで失ったであろう左腕から、厳しい世界で生きてきた者だとわかる。
「ここは……どこだ? 何なんだお前達は」
鋭い眼光を向けたまま、当然の疑問を口にする彼女。
ここを通った者は皆同じ事を訊いてくるな。
「ようこそ。ここは君が住んでいた世界とは別の所で、日本という国のとある島だよ」
「異世界……? にほん……? 島……?」
「まぁそうだ。いきなり色々一気に飲み込むのは難しいよね。理解するのはゆっくりでいい。兎に角、僕達は偶然こちら側に来てしまった子を保護する仕事をしている者だから、警戒しないでいい」
と、言ってはみたが、それは土台無理な話だろう――なんて思っていたが、
「保護……確かに、お前達から敵意は感じない。体を纏う『電磁波』にも、嘘をついた時特有の揺らぎもない」
「ほぉん、そんな事出来るんだ。君に嘘は通用しないってこったね」
「ああ。それで……私は、これからどうなるんだ?」
「へぇ」
思わず漏らす僕。
たいていの子達は元の世界に帰せだの、僕らを信用ならないだの吐いて来るけれど……見た目の割に素直で落ち着いた子だな。
自暴自棄にも見えるけれど。
「今後の事は君次第だ。気に入らないなら元の世界に帰ってもいいし、この世界に住みたいなら僕達は支援を惜しまない。もし、今『やる事がない』のなら話だけでも聞いてかない?」
僕の提案に、彼女は少し俯き悩むような素振りを見せるも、すぐにコクリと頷く。
「よし決まりだ。じゃ、どこかでお茶でも飲みながらお話ししよう。シフォンちゃん、後はよろしくー」
門番眼鏡っ子ことシフォンちゃんに手を振りつつその場を離れる。
――特に会話も無く、数分歩いて……着いた先は、小洒落た喫茶店。
店内に入ると、可愛い制服姿の可愛い店員がお出迎え。
「いらっしゃいま……あっ、来るなら連絡頂戴よー」
「ん。ゴメンね、お昼前の忙しい時間帯に来て。どっか空いてる?」
「空いてますよっ。こちらへどうぞっ」
店員のおば……お姉さんは、僕の後ろにいる女騎士ちゃんを特に気にせず僕達を案内する。
席についたあと、
「飲み物は……コーヒーとかそっちの世界にあるかも微妙だし、無難なのにするか。オレンジジュース二人前お願い」
「はーい。ではごゆっくりー」
「ん。あ、お腹空いてたりする? リクエストがあれば大抵のは出せるよ」
「いや……結構だ。それより……周囲からの視線が少し、気になるのだが」
「君が可愛いからだよ」
「世辞はよせ。私の……この醜い姿が目立つのだろう」
「そんな事は無いよ。みんな、多分コスプレとか特殊メイクだとかって思ってるよ。今日は近くのテーマパークで『異世界コスプレフェス』やってるし」
「て、てーまぱーく? こすぷれ? ……ここは、よくわからない世界なのだな」
こういう異世界人の反応は、いつ見ても新鮮で楽しい。
「この世界は、平和、なのか?」
「少なくとも、この国は平和だよ。君の所はそうでもなかったのかい?」
「……今は、平和、なんだろうな」
「あまり嬉しくなさそうだね」
「……色々あるんだ。あったんだよ」
「ふぅん、まぁ、いいや。――じゃあ早速だけど、仕事の話をしよう」
僕はカバンを漁り、一枚の写真を取り出す。
「君、見た感じ戦うのは得意な感じかい?」
「ああ……まぁ他に出来ることがないからな」
「じゃあ戦う系のは無しで」
「は?」
「本来、仕事の紹介ってやつはその人の得意を活かせる場所に導くべきなんだろうけど……とりあえず、今から紹介する職場に、君のスキルが役立つ厄介ごとは『偶にしか』無いよ」
「……どんな所なんだ」
「こんな制服を着る場所なんだけど、どんな仕事のイメージ?」
ピラリ、手にしていた写真をテーブルの上に置くと、「ハァ!?」 女騎士ちゃんが目を丸くする。
写真に写るのは二人の美少女。
格好は浴衣姿。
ただ腕も生脚も剥き出しなミニ浴衣である。
はぁ……しかしこの二人はいつ見ても可愛いな。
流石僕の『自慢の嫁』。
「わ、私にっ、娼婦でもしろというのか!?」
「むっ、失礼な、そういう職場じゃないよここは。誤解しないよう説明するけど、ここは『お客様を身心共に癒す施設』だよ」
「何が違うんだっ。だ、第一……私がこんな腕や脚を晒して……誰が、こんな傷だらけな女に癒されるというんだ」
ふむ。
相当女としての自信を無くしておられる。
磨かずとも輝くような原石なのに。
「その傷は治せなかったの? ほら、君の居た剣と魔法の世界なら、治癒アイテムなり魔法なりありそうだけど」
「……この傷には敵の呪いが掛けられていて、相手の意思で解くか息の根を止めぬ限り治る事はない。敵は最上位種。簡単に倒せるような奴ではなかった」
ふぅん、それは気の毒に。
「ま、傷についてはこの写真の職場に限って気にする事は無いよ。職場にいる色んな個性溢れる子達と比較したら、君なんて『普通』だ。傷だらけの女騎士なんてニッチなジャンルでもない。……けれど、そんなに君が自身の容姿を気にしてるってんなら」
僕は立ち上がり、女騎士ちゃんの頬を触れて、
「没個性にしてあげる」
「……、……え? なっ! さ、触るな!」
手を払いのけられた。
乱暴な子ね。
「き、貴様! いつの間に私の間合いに! しかも許可なく触れるなど!」
「もぅ、そんな叩かなくても。ほら、君の『左手』で叩かれたとこ赤くなってんじゃん」
「それは貴様の所為――、――ひだり、て?」
目を落とす女騎士ちゃんの、その視線の先には、喪った筈の【左腕と手】。
「こ、これ、は……?」
「あ、これももう必要無いよね?」
僕がプラプラと指先で摘んで揺らすのは、彼女の左目を隠していた眼帯。
手を払いのけられた時に頂戴したもの。
「な、なに、を」
「なにって。もう『見えてる』でしょ? 左目」
僕の言葉に、彼女は復活したばかりの左手をプルプルさせながら、右目を隠す。
復活した左目は、僕を確かに僕を見つめていた。
化け物を見るような失礼な瞳で。
「ついでに、身体中の傷も消しといたから。確認する?」
小さな鏡を取り出し女騎士ちゃんの顔を映すと、そこには傷一つない素材のままの姿。
ペタペタと、彼女は確認するように自分の綺麗な顔を触った後、
「き、貴様……何者、だ?」
「神様だよ」
「か、み?」
「とまぁ、軽い自己紹介はこんなもんにして……君にとっておきの話がある」
まだ混乱の治らないであろう女騎士ちゃんに僕は甘い誘惑を掛ける。
甘い罠。
神の誑かし。
「君がしばらくこっちの世界で暮らしてくれるってんなら君の望む世界をプレゼントしよう」
「わ、私の、望む……?」
「何でもいいよ。『捜し物を見つける』でもいいし、『強くなりたい』でもいいし。――『滅ぼされた村と住民を蘇らせる』でもいい」
「ッッ!!??」
今度は女騎士ちゃんが席を立ち、「そ、それは本当か!?」 嘘を見抜ける癖に、その瞳の感情は、確認というより懇願に近くって。
「うん、神様嘘つかない。とりあえず座りなよ」
しかし彼女は立ったまま、俯き……ポタポタとテーブルに雫を落とし始める。
「ちょっと、やめてよ。痴話喧嘩で僕が泣かせたと思われるじゃない。ほら紙ナプキン」
「き、貴様は……グスッ」
ナプキンを受け取り、ようやく腰を下ろす女騎士ちゃん。
と、同時に、『グゥー』 可愛い空腹の合図。
「やっぱりお腹空いてたんじゃない」
「う、うるさいっ。少し、気が抜けだけだっ(グスッ)」
それだけ気を張って生きてきたんだろう。
「はい、メニュー。あ、言葉は分かっても書いてる日本語は分からないよね。まぁ写真で見ればどんな料理か察せるだろうけど」
「……ん」
女騎士ちゃんはサンドイッチセットを指差す。
無難なチョイスだ。
ここで焼肉スタミナ定食頼んだら面白かったけど。
「オーケー。おーい店員さーん」
「はいはーい。あ、お先に先程注文のオレンジジュース置いときますねっ」
「そいえば持って来るの遅くない?」
「空気を読んで遅らせたんですよっ」
「出来た店員さんだなぁ。追加でサンドイッチセットおねがーい」
「はーいっ。糸奇ちゃんはいいの?」
「『あっち』で食べるからいいよ。あとここで糸奇ちゃん言うな」
「うふふ、じゃあサンドイッチセット、お待ちくださいねー」
店員さんは元気に引っ込んで行った。
「とりあえず、ジュースでも飲みなよ」
「ん……(チュー)……しかし、どうしてここまで、良くしてくれるんだ? 今の私に、利用価値など……」
「おや、その前に、僕の話信じてくれるんだ。適当に甘い事言って騙してる悪い奴かもしれないのに」
「それこそ、疑うだけ無駄な話だ。お前の実力はいま目の前で見せられて疑いようがないし、私を騙してもお前に利があるとは思えない。例え娼館に売り飛ばしたところで私に大した価値など付かないだろう」
「まぁたそうやって自分を過小評価して。どこから見ても君は綺麗……、……?」
「ど、どうした? ひ、人の顔をじっと見るなっ」
女騎士ちゃんは仄かに頬をあかくしてそっぽを向く。
泣いたばかりでまだ目も赤い彼女の顔付きは、憑き物が落ちたのか、初めて見る時よりも幼く見えて……。
「いや、『知り合い』と顔が似てるって思っただけだよ、気にしないで」
「むぅ」
「んで、利用価値云々、だっけ? それは確かに、今の君から得られるものは何も無いだろう。これから紹介する職場だって、丁度人手不足って聞いてたからだし。――けれど」
僕は少し身を乗り出し、奥底まで凝視するように勇者ちゃんを覗く。
怖がらせてしまったか少したじろぐ彼女。
「僕の確かな『目』には見える。君がこれから僕に齎すであろう利益が。利用価値が」
「うっ……なんだ? 先を覗く未来視も出来るのか? お前は」
「ま、そんな感じだ。君に限ってはまだ未来はハッキリと見えないけれど……期待してるよ。なわけで、とりあえず」
左手を差し出すと、彼女はおっかなびっくりといった感じに左手を寄越し握り締めた。
「自己紹介まだだったね。五色糸奇。よろしくね」
「……オウカ・ホオズキ、だ」
ああ、『そういうこと』か。
道理で、サムライみたいに強くてカッコいい名前だと思った。