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それからすぐ、ゾロゾロと団体さんが現れ、宴会場へと入って行く。
その様子を陰から眺めていたオウカは、すぐ不快げに眉を顰めて、
「なんだあの下品そうな男の集団は」
「あんなもんだよ、宴会客ってのは。あの中に入って一人一人にお酌出来る?」
「……」
「あ! お前らサボってねぇでさっさと酒運べ!」
「へいへい。トロスちゃんたらホント真面目。少しはドジなとこ見せないと仕事女に男は寄り付かないよ」
「テメェぶっ殺す!」
殺される前にそそくさと同じフロアにある厨房まで逃げビール瓶や一升瓶を受け取る。来た道を戻りつつ、
「そういえば、奴らはどんな集団なんだ? ここで宴会出来る連中など、相当の権力者だろ? それに、奴らの頭頂部にあった『ツノ』は一体……」
「そこから説明必要? そういえば君、鬼って言葉にも首傾げてたね。そっちだとオーガって呼べばいいのかな」
「オーガ!? 魔族の頂点ことドラゴン族でもある魔王一派と対等に渡り合えていたという伝説の種族だぞ! ある日突然一斉に『姿を消した』と聞いたが……」
「解説ありがと。まぁ、鬼は鬼でも君んとこにいた鬼とは別種類だよ。彼らは『獄卒』といって、いわゆる(仏教やヒンドゥー教での)地獄を管理する連中だ」
「地獄……先程の客が向かう予定だった場所か」
「そうそう。ま、それなりに権力のある役人達って事さーっと、着いた着いた。お、既にいくつかの食い終りの御膳が返って来てるな」
「……これをまた厨房まで運ぶのか? 地味な上に面倒な仕事だな」
「裏方ってのはそんなもんよ。さて、持って来た酒をここに置いてっと」
「いま中の様子はどうなってるんだ? (スススッ)」
「あっ」
と。
止める間も無く宴会場の戸を引いて中を覗いてしまうオウカ。
数秒、彼女は中を見たまま固まり……スススッと戸を閉めた。
その横顔は、今日一番の真っ赤+涙目で。
「なっ、なっ、なっ、中で……!」
「変なことしてた?」
ブンブンブンとヘドバンするオウカ。
ウブな子ね。
見てて楽しいけど。
「こ、こ、ここが! 如何わしい店では無いと言ったアレは嘘だったのか!?」
「別に如何わしく無いとは言ってないだろ」
「くぅ……! 店員にあそこまでさせて……カアラの奴見損なったぞ!」
「まぁまぁ、早とちりしなさんな。そもそも、アレは店員の彼女達にとっても利のある事でさね」
「ど、どんな利があるというんだ! あ、あんなこと……!」
「だって、中の子達はみんなサキュバスだし」
「さ、さきゅ?」
と萌えキャラのような語尾で目をパチクリするオウカ。
ああ、そうか、『あの世界に』淫魔の類いは居なかったな。
僕はねっとり夢魔だの淫魔だの言われている悪魔について解説する。
必然的にエロワード満載になるので、キャベツ畑を信じている幼女にポルノを突きつけるような背徳感があった。
「な、なるほど……つ、つまりは、生きる上で必要な精気をあ、アレで得ている、と」
「必要以上に搾り取ってるけどもね。本来なら下級の悪魔なんだよ、サキュバスって。けどあそこにいる子達はみな、桃源楼での激務をこなして来た手練ればかりで、既に大悪魔レベルの魅了スキル(チャーム)を持っている。男性特攻、骨抜きに出来ない雄は居ないだろうさ」
どんな時代にも、男を虜にし国を傾けさせた美女の伝説がある。
綺麗な薔薇にも棘はあるし可愛いハムスターの歯だって鋭いのだ。
「ぅぅ……耳を澄ませば中から声も漏れて来てるし……さっさと離れよう」
「せやね」
と、洗い物を待って再び厨房へと向かう僕達……だったが。
どうも、今日のイベント(一悶着)はまだ終わっていないらしい。
「あ、あの、お客様、おやめ下さい……!」
「グヘヘ、良いじゃねぇかよぉ」
か細い女の子の声と、下卑た男の声。
視線を向けると、洗い物を持った店員の子が、獄卒の一人に絡まれていた。
状況的に、トイレからでも戻って来た際にあの店員が目に止まったのだろう。
「中は中で楽しんでるんだぜ? 俺らも隅っこで楽しもうや……」
「あ、あの、九狐は、そういうの苦手で……」
「ぁあん? お前、断るつもりかぁ? 客は神なんだぞグベエッッッ!!??」
おや。
獄卒の男が突然吹っ飛んで宴会場の襖を突き破ったぞ?
見れば、僕の隣にいたオウカが今は店員の隣にいた。
生脚を胸の高さまで上げているのは蹴り飛ばした後だからだろう。
「ふんっ。本当に神だというなら、消えた腕を復活させて見ろ。窮地の兄妹を救ってみせろ」
「それいきなり相手に言ってもイミフでしょうやオウカさん。ごめんね九狐ちゃん、いきなりこの子ったら」
「い、いえ……糸奇さんのお知り合いの方、ですか……?」
「色々あってねぇ。てか九狐ちゃん、君ったらあの伝説の九尾の狐でしょうや。先先代は多くの権力者を誑かしていくつもの国傾けたってのに、まだ男が苦手なのかい?」
「ど、どうにも慣れなくって……ご先祖様の功績は九狐には重いです……」
いざ戦いとなったら歴代最強の強さと残忍さを見せる子なのに。
女の子って難しい。
「テ、テメェら! 何普通に談笑してんだァ!?」
お。
いきなりお仲間が飛んで来て呆然としていた獄卒の方々がお怒りでらっしゃる。
鎮めて差し上げなければ。
「うちの者が申し訳ございません。この子、お顔が整っていない方を見ると蹴りたくなる病を患ってまして」
「どんな病だ!? やっぱり喧嘩売ってんな!」
「まぁ待てお前ら」
一人の獄卒が腰を上げる。上座に居る所を鑑みるに、一番上の立場な奴だろう(日本のマナー通りに見るならだが)。
他の獄卒連中よりガタイもタッパもデカイし。
「どうやらウチの血の気の多い奴が迷惑掛けたみたいだな。俺はこいつらを束ねる焦熱地獄担当の獄卒長。で、だ。ここは一つ、喧嘩両成敗って事にしねぇか?」
「はぁ。というと?」
「経緯はどうあれ、流石に客である俺らがヤられたって風評が広がりゃ、客商売であるそっちも困るだろ? だから、そっちの誠意次第じゃ今回の件は目を瞑ってやるって話だ」
何ともまぁ調子のいい。
どこが喧嘩両成敗なのか。
そもそも、それが狙いで部下に問題を起こさせた癖に。
「把握しました。――お引き取り下さい」




