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「ははぁん、成る程。アコが無意識に僕を自分の夢に引っ張って来たんだね。これもサトリの娘の力、もとい鬼灯の女の執念深さか。サトリってのは和風サキュバスなのかもしれないね。で、場面は……ふむ。アコの幼さと僕の手の大きさから見て、僕が力に目覚めた夜の日の、か」
幼馴染の神様が、あの夜の姿のまま……雨心に跨られながら、冷静に現状を分析している。
中身だけ大人になったみたいに。
「ずっとこの夜に縛られてたんだね。よしよし」
身体を起こし、アコを抱き締める神様。
こんな……
「こんなしっかりしてるシキなんて、シキじゃない。偽物だ」
「男の子は女の子の前じゃカッコつけたがるんだよ。偽物だと思うなら突き放しな」
イジワル。
出来ないとわかってて。
夢の中なのに匂いも鮮明で、疑いようがない。
よく……わからないけど、本物のシキが夢に遊びに来てくれた。
その事実だけで嬉しい。
「懐かしいシーンだね。力の覚醒ってのはもっとこう、漫画みたいにピンチの時とか修行の果てにとかそんな感じかと思ってたけど、現実はこんなもんかと少しガッカリしたのを覚えてるよ。で、このあとすぐにカアラさんとこの桃源楼に導かれたんだっけ」
「……なんで、この時雨心の記憶消したの」
すぐに核心に迫る雨心に「ん?」とすっとぼけるシキ。
あの時。
力に目覚めたシキは、少しボーっとしたかと思うと『ゴメンね』と一言だけ告げ、雨心の記憶を消した。
雨心からすれば急に電源を切られたような感覚で意識が飛んで、起きたら家のベッドで寝てた。
「元々鬼灯は五色の力を知ってた。サポートをする立場だった。なのに、なんで遠ざけたの」
「……参ったね。この夢の中の君は、全てを覚えてるバージョンなのか。縁を切っても肉体が記憶してるのか、五色に思いの強い者ほど残留するのか……興味深いけど、何はともあれ僕が未熟なのは間違いない」
「細かい事はどうでもいいの。ぶっちゃけ五色と鬼灯もどうでもいいの。雨心とシキだけの問題。答えて」
「……ふぅ。君を危険から遠ざける為、って言ったら納得する?」
「するわけない」
「だからだよ」
シキは肩を竦め、
「五色の力を知ってるなら説明は不要だろうけど、五色には相手の縁を覗いて行く末を辿れる目があるのは知ってるだろ?」
シキ曰く――覚醒したシキが不可抗力にも最初に縁を覗いてしまった相手が、目の前に居た雨心で。
そしてこの雨心、この先とても不幸な事件と縁があるようで。
だがそれは、シキと縁を切れば『一時的』だが回避出来る運命らしい。
「その運命はいずれは周りも巻き込む最悪な厄災の引き金になる。だから可能性から潰したんだ。パパンならまだしも、今の僕にはとても扱い『切れない』ほどヤバイ縁だった。納得してくれアイタッ!?」
ガブッ!
雨心はシキの首に噛み付いた。
二度と消えない目印を付けるよう思いきり。
「このメスがき!」
とシキも負けじと投げ捨てジャーマンのように雨心を投げ捨てる。
「こんな痛々しいキスマークつけやがって! 目覚めても残ってたらどうすんだ!」
「うるさいうるさいっ! 今までの雨心の苦しみも知らないで楽しそうにやってた癖に! 不幸な運命とか知らない! 周りの被害なんて知らない!」
「自分で言うのもアレだけど自己中な女だな」
「雨心はっ……どんな地獄でもっ……シキさえいれば……ほかのなんてどうでもいいの……」
皮肉にも、雨心がママンの読心の力を覚醒させたのは、シキと同じタイミングだった。
雨心はただシキの心が知りたかった。
本音が知りたかった。
人間である事を捨ててでも、そばに居たかった。
「……はぁ、そんなに泣かせちゃった後で言いにくいけど、話は最後まで聞きなよ。――だから僕は、そんな『クソッタレな運命』を捻じ曲げる為に、この夢の日から凡ゆる世界を駆け巡ってたんだよ」
え。
「この五色の縁切りにはもう一つ、ヤバイ力があったよね。その特性の真逆、【縁結び】の力だ。赤の他人同士を繋げてラブラブに出来るし、元から存在しない縁すら生み出せるエグい能力。それさえ使いこなせればこんな運命ごとき屁でもない、んだけど……この力を使うには、最低でも居なくなったパパンが必要だ。元神であるあの人に教えを請わなきゃならない」
「で、でも、全然見つかってないって……」
「もう目星はついてるって。面談の会話も覚えてるんでしょ?」
じゃあ……なら……
「また、一緒に居られるの?」
頷くシキに、途端、目蓋からは決壊したダムのように温かいものが溢れ出す。
再び、シキは雨心を抱きしめナデナデ頭を撫でた。
「まぁ、あの日から僕には色んな仲間が増えたから、あの日までのような二人きりにはまずなれないだろうけど」
「……後から割り込んで来た奴らなんて……勝負にならないから……」
「その自信振りこそ君だ」
直後、世界が歪み出す。
合図。
夢の終わりの。
「かっこよくなんて、ならなくていいのに」
「無茶言うなよ。男の原動力だぞ」
「どうせ、この夢の事も忘れさせられるんでしょ」
「まぁね。無論、また僕の記憶全てだ。終わるまで大人しくJKしててよ。……でも」
シキは自嘲的に微笑んで、
「僕の力はまた、君の執念に負けるかもね」