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北の不穏な噂

「はい、依頼にあったホワイトウルフ三匹と、あとこっち、珍しい薬草があったから採取してきた。数は半端だけど」

「はいはい。毎回見事だねぇ。こっちも、こりゃ解熱剤になる薬草だね。確かに数は半端だが需要がある。銀貨二枚でどうさね。ウルフと合わせて銀貨七枚」

「それでいいよ」


 カウンター席に立つふくよかな体格をした熟女の歯切れのいい言葉にうなずくのは、金色の髪を後ろで一つに結んだ少年だった。年のころは十四、五だろうか。やや発育不良にも見える。

 背中には片手剣と皮でできた簡素な盾。それから腰には丈夫な皮でできたポーチ。腕や胸にも皮でできた甲をつけている。要するに冒険者だ。

 銀貨を受け取り、礼を言ってカウンターを離れる。すると、建物の奥にあるテーブルから声がかかった。

 ここはそれなりに大きな町にある冒険者ギルドと呼ばれる建物で、声がかかったのはギルドに併設された食事処からだ。


「あ、ロイ、ラル、ガズ、久しぶり」

「おう、久しぶりだな」


 声をかけてきたのは男ばかりの三人パーティだった。少年よりも二つ、三つ年上だが、冒険者としては駆け出しである。年が近いこともあり、ソロである少年は何度かパーティに誘われたが、毎回断っている。そんな間柄である。


「相変わらず一人かよ、リオ」

「まぁね。気楽でいいよ」


 座れ。と、空いている席を指さされ、少年――リオは据わると頷いた。それから給仕に手を上げてエールを頼む。この国では十四から軽めのエールやワインなら飲めるのだ。


「ついでになんか食え。お前ほんと細すぎ」


 お姉さん、ソーセージの盛り合わせ一つ。と、ガズと呼ばれた青年が声を張る。「はーい」と言う愛想のいい声にデレッと顔を溶かしながらガズは顔をリオに戻す。


「食べてるよ」

「わかってるんだけどなぁ」


 顔をしかめるリオにガズはため息をつく。そういうガズは体格がいい。パーティでも盾役を務める斧使いで、腕の太さがリオの倍以上ある。


「なぁ、やっぱり俺らのパーティはいらないか?」


 そう言うのはリーダーのロイだ。その隣の魔術師のラルがコクコクと頷いている。そんな三人に、リオは「入らない」とはっきりと言う。


「ありがたいけどね。しばらくソロでいたい」

「まだ駄目かー」

「知ってた」


 リオの答えに、ロイが大げさに腕を頭の後ろに回して嘆き、ラルも肩をすくめる。実のところ、リオがソロにこだわる理由を三人は知っていた。


「貴族の泥沼人間関係に関わってきたからしばらく一人でいたい」


 そう真剣な表情で言われてしまえば、根がお人好しのロイたちはそれ以上勧誘ができなかった。

 リオ本人が、この辺りならばソロで何とかなるだけの実力を持っていたことも大きいだろう。さすがに、一人でどうにもならないド新人を放置するわけにはいかない。

 そうこうしているうちに、リオのエールとガズが頼んだソーセージの盛り合わせがやってくる。ついでにソーセージには山盛りのキャベツの酢漬けがついている。代金を払ったガズが、「あれ、いつもより多くない?」と小さくぼやいた。

 リオが視線を向けるとパチリと、女性が可愛らしいウィンクを飛ばす。リオはにこりと笑って手を振った。

 そんな光景を見たガズが「顔のいい奴はこれだから」とため息をつく。


「食え、食え。食って俺みたいにでかくなれ」

「リオの首の下がお前みたいな筋肉ダルマだったら怖いな」

「うん」


 繊細な顔立ちの美少年であるリオの首から下が、屈強な男だと怖い。と、ロイとラルはわざとらしく両腕で自身の身体を抱きしめて体を震わせた。

 そんな二人の反応に、リオは小首をかしげる。


「えぇ、ガズの体格って憧れるけどなぁ」

「そう言ってくれるのはお前だけだよ」


 その瞳には偽りのない憧憬が浮かんでいるリオに、「食え」と、ソーセージを勧めるガズ。リオは遠慮なくソーセージにフォークを突き立てた。

 好みかどうかはともかく、ガズの体格は冒険者として憧れるものがあるだろう。


「むぐ……むぐ、……んっ、なんかあったの?」


 なんだかいつも以上にへこんでいるガズに、リオはソーセージを飲み込むとラルに問う。


「ふられたんだって」

「えーと、たしかぁ…………スルメちゃんだっけ?」

「エルメちゃんね。なんか噛むたびに味が出てくるような名前じゃなくてさ」


 そうそう。そんな名前だった。と、リオはエールで口の中のソーセージの脂を流す。

 ついでにもう一本を口の中に。もしゃもしゃと食べているリオに、「顔はいいのに、食い方がほぼガキ」と、ロイが笑う。

 少年が、少し前までまともに食事がとれない環境だったらしいのは会話の端々から伝わってくるので、がっつくように食べることには三人とも何も言わない。

 そもそも三人とてたしなめられるような育ちをしていないのだ。ただ、幼いころの飢えの切なさは理解できるだけについついリオを甘やかしてしまっている自覚はあった。


「ん、で、そのエルメちゃんにふられたの?」

「そう。アタシ、暑苦しい人って苦手なのよね。と、すらりとしたイケメンと腕を組んで立ち去ったそうだ」

「オウ」


 ロイの説明にリオが思わず声をそろえた。それから、「エルメちゃんえげつねぇな」と、リオはぼやいた。

 ガズは机に顔を伏せてしくしくと泣き出す。ちなみにすでにふられてから一週間過ぎているらしく、ロイとラルは見向きもしない。

 別段、ガズに貢がせていたわけでもないので、彼女を責める謂われはない。むしろ期待させずに振ってくれた分、良心的ともいえる。どこまでもガズが好みではなかったのだろう。


「えぇと、ガズはいい奴だからさ、きっとガズのいいところをわかってくれる人がいるよ」

「リオゥゥ」

「あ、おねーさん、エールお替わりお願いします」


 ガバッと顔を上げたガズの前では、リオが飲み干したエールのお代わりを注文し、先ほどの女性がにこやかに答えているところだった。




「まぁ、俺の失恋はともかく。聞いたか、花街のヴァイス・ブルームにノルテ国の貴族が来たらしいぜ」

「まじかよ」


 ガズの言葉にロイが思わず絶句したというに答えた。この国はそのノルテから国を二つはさんだ南東に位置している。

 そのため、魔王復活による魔族の侵攻はそこまで身近ではないものの、冒険者たちは日々自分自身が狩っている魔獣の強さが明らかに変わっていることを実感として理解していた。

 そしてノルテ国と言うのは、北にある大きな国だ。魔王との戦いの際にはその前線となるこの大陸の人類の盾である。


「魔王が復活したっていう話じゃないか。こんなところまで何の目的だ?」

「魔王なんてほんとにいたんだなぁ」


 訝し気なロイの言葉に、「おとぎ話の話かと思ってたぜ」と、ガズが呑気に言う。

 魔王はおよそ千年に一度のサイクルで復活しているらしい。そしてそれを倒すのが、勇者と聖女であるという。


「そもそも魔族ってなんだよって話だよ」

「おいおいガズ、マジで言ってんのかよ」

「無知」


 ガズのぼやきにロイが呆れたようにため息をついた。ラルはさらに容赦なく言い捨てる。

 そんなパーティメンバーの反応に、ガズがむっとしたような表情でリオに絡む。


「なんでぇ、リオだって知らないだろ?」

「魔力が強い種族。だよ、言ってみれば」


 リオはエールで口の中身を飲み込むとそう答えた。


「あとは創造主が違う。僕たちニンゲンは女神ファンティーヌによって生み出され、守護されているけど、魔族はまた別の神によって作られた。

 屈強な肉体と強大な魔力を持つ種族。だけどその反面、繁殖力ではニンゲンの方が強くて、あっという間にこの大陸に繁殖した。で、お決まりの領土争い」


 リオがそう言うと、「正解」と、ラルが手をたたいた。ガズはどっぷりとため息をつく。ロイは目を見開いた。


「すごいな。オレより詳しいぞ、リオ」

「本を読むのは好き」

「ほかには何を知ってるんだ」

「んーと、魔族に数百年から千年単位で強い個体が生まれるらしいよ。それがいわゆる魔王。

 最初の魔王が生まれたのはおよそ一万年前って言われている。

その時にニンゲンは大陸の半分ほどまで土地を取られたけど、勇者と聖女の活躍で何とか魔族を北の砂漠地帯に押し上げることに成功。以降、何度も魔王は生まれているけど、そのたびに勇者と聖女も生まれていて、現在の均衡を保っているらしい」


 姿も少し違う。と、リオは言う。

 魔族は褐色の肌に鳥のように鋭い鼻を持った種族で、髪の色は主に赤で、瞳は緑や黄色だという。

 対してニンゲンは肌が白く、髪の色は黒や茶色から金色が一般的で、瞳の色は青や茶色、緑だ。ただし、黒や金は少ない。赤毛が生まれると魔族の生まれ変わりと排斥されることすらある。

 ロイは金茶の髪に緑の瞳、ラルは赤茶けた髪に茶色の瞳、ガズはこげ茶の髪に青い瞳だ。リオのように金髪に青い瞳は、北の方に多く見られる特徴だという。


「初代勇者、魔王と相打ちになって死んだ。聖女の子孫がノルテ国の王族になった」

「あぁ、それは割と有名な話だな。だから歴代の勇者と聖女はノルテ国に生まれるんだっけ」


 リオの言葉にラルが付けたし、ロイがまとめると、ガズはただ感心したようにうなずいた。どうやら彼は本当に魔王のことは殆ど知らなかったらしい。


「俺が生まれたのは大陸のもっと南の方で、そっちの方じゃ魔王なんておとぎ話だったんだよ」

「まぁ、ここのところずっと平和だったしな」


 そう言うロイと、そしてラルはノルテではないが北の方の出身で、あちこちに魔王との戦いの跡が残っている地方だという。


「まぁそれはいいとして、ノルテの貴族が何でこの国に来てんだよ。しかも、お前の口ぶりからすると、客じゃねぇだろ」


 ロイがソーセージを一本つまみながら言う。山盛りのソーセージは八割がすでにリオの胃の中に消えていた。今はキャベツの酢漬けをもしゃもしゃ食べているところだ。

 ガズの話にはあまり関心がないらしい。


「しらねぇよ。俺が聞いたのは、ノルテって国から貴族の奥方や娘、場合によっちゃ息子があちこちに亡命してるって話だよ」


 そのうちの一人が、この街の花街で一番の高級店に引き取られたという事らしい。ロイの表情は険しいままだ。ラルも何かを考えこんでいるように見える。

 ガズはそんな二人に戸惑っているようで、ただ一人変わらないのはリオだけだ。


「ふぅん」

「興味なさそうだなぁ、リオ」

「……まだ子供」

「うるさいよ。だいたい、貴族だろうが何だろうが、同じ種族だろう」


 ガズの言葉にラルがハッとしたような表情を浮かべた後、ガズの軽口に載るように告げる。ロイもその言葉で意識を戻したらしい。

 反応が芳しくないリオに、ガズが肩を落とし、ラルも首を振った。そんな二人にリオはじとりと目を据わらせた。ロイが肩をすくめる。


「まぁ、そりゃそうだな」

「金を持ってる冒険者はこぞって遊びに行ったそうだけどな。貴族の女を抱けるなんて、こういう時でもなきゃ、ありえないからよ」


 ヴァイス・ブルームの利用料金は金貨十枚からだという話であるから、ロイやリオのような駆け出し冒険者には縁のない話である。


 そしてこの日から十日後。ノルテ国が魔王によって陥落したことが各地に知らされる。そしてそれはそのまま、魔王の名前とともに人類への宣戦布告となったのである。


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