なんでか朝起きたら異世界に転生してたんだけど、どうしたらいいんだよ!
『ふぁー、久しぶりによく寝たわ』
ベッドから起き……起き?
『なんだよこれー!』
驚いたことに俺は外で眠っていた。しかも鬱蒼とした森の中でだ。いまはなんと木の上にいる。
そしてなにより恐ろしいことに、俺は素っ裸だ。
意味がわかんないよな。でも俺のがわかんないわ。
なんせ腕がないし、足は脚って感じだし……。
『なんで腕のかわりに翼がはえてんだよー!』
朝起きたら俺は鳥になってた。いやマジで!
『ぜんぜんわかんないけど、とりあえず家に帰るか』
かぁさんは俺のことわかるのか?…………絶対無理だろ。
俺は翼を広げて目をつぶると、勇気をだして木から飛び降りた。
俺の翼はうまく空気をつかむと、勢いをころして俺のからだをゆっくりと地面まで運んだ。
俺の両脚が大地を踏みしめる。
『やった! うまく降りられたぜ』
俺は喜びで片羽を振りあげた。
『なんかしっくりこないな』
首をかしげてなにがおかしいのか考えてみたが、おかしいことだらけだから考えるのはやめた。
『ったく。ぜんぜん森からでられないぞ』
落ち葉がデカイな。障害物だらけの森を、俺はすでに二時間は歩いている。
いい加減喉が乾いたから、黒い炭酸水が飲みたい。
いつになったら家に着くんだよ……。泣きたくなってふと思いだした。
『俺いま鳥だったわ。歩かないで飛べよ』
自分にツッコんでから、翼を広げたまではいい。
『どうやって飛ぶんだよ!』
俺はとりあえず羽ばたいてみた。
ちょっとだけ浮いた気がする。
そのまま俺は走りだした。
するとふわっと飛行機が離陸したときに感じるものと同じ現象がおきて、俺は木々のあいだをくぐり抜け大空へと飛びだした。
『なんだよ、森っていうか林だったのか』
俺はさんざん歩きまわった林の上を、ぐるりと旋回してから街にむかった。
途中にキラキラした泉があったから喉を潤す。
『プハァー』
冷たくて旨い水だ。くちばしでも上手く飲めるもんだな。
水面に映った俺の姿は、喉元の赤い羽毛からしてツバメだな。振り返って後ろをみると、尻からはえた羽はまさに燕尾服だった。
『はぁ~。ツバメかぁ、まぁ家のまわりにいてもおかしくない鳥ではあるな』
また飛び立って街へと急ぐ。
『どこだよここは』
俺はとりあえず民家の庭先にはえた木にとまって羽を休めると、頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、さっきみた光景を整理した。
街はけっこう大きかった。そして周りを石の壁で囲ってある。家は三階建てもあったがほとんどが二階建てだった。さらに電柱がない。
とどめは、ちょっと丘になったところに城があった。
城だ。日本のじゃなくて、シンデレラ城みたいなヤツな。
『まて、俺よ。安易に答えをだしてはいけない』
そうだ、まだテーマパークという可能性が残っている。
そのとき庭にある井戸に、外国人の子どもがやってきて水をくみ始めた。
『アウトー!』
ここ外国じゃん! どうするよ俺。
待てよ、ツバメは越冬するよな。
うまく日本まで飛べるんじゃないか?
「ヒュン――――ボゥッ」
考えこんでいる俺の横を火の玉がかすめていく。そして一瞬強く燃えあがってから、かき消えた。
「なにやってるの! ガウター!」
水をくんでいた子どもがデカイ声で叫びだした。
「悪の手先を倒すんだ!」
さらにデカイ声で弟らしき子どもがいい返す。
「あれはただのツバメでしょう?」
俺の方を指さしていった。まてよ、人を指さしたらダメだって教わらなかったのかよ。
「バカだな姉ちゃんは。悪い魔術師は使い魔を持ってんだぞ」
コイツがさっきの火の玉を打ったのか?
「あんたこそバカじゃないの。なんで悪い魔術師が宿屋なんかに使い魔を送るのよ」
「そんなの決まってるだろ! 今日の客に悪の組織の人間が潜りこんでるんだ! オレはそれを暴いてやる!」
ちっさいクソガキは家の中にかけこんでいく。
「待ちなさい! ガウター。悪いことばかりしてると噴水広場のチコ王子みたいになっちゃうのよ」
そう叫びながら、慌てて姉も追いかけていった。
『はははっ』
俺は力なく笑ってしまった。
魔術師? それになんだよあの火の玉は!
あんなチビが魔法を使うのか? ここは日本どころか地球ですらないのかよ。
落ちこんでいた俺はすっかり油断していた。
ふと気づいたときには、トンビだか鷹だかが俺を目がけて飛んできていた。その目は完全に捕食者で俺を絶好の獲物ととらえている。
俺は脊髄反射で飛びたつと人が多い場所を選んで、低空飛行で逃げだした。
『いい加減諦めろよ!』
軒先をかすめるように飛んでいるのに、その上空を目をギラつかせた奴がしつこく追いかけてくる。
『こちらにおいで』
俺は聞こえた声のほうに軌道修正すると、剣を振りあげている銅像の、その腕のすきまに潜りこんだ。
『はぁ、はぁ、ヤバいっ、死ぬ。心臓が破裂して死ぬ』
いままで生きてきたなかで、こんな目に遭ったことないわ。
『鷹はここには近づかない。もう大丈夫だから安心して』
さっきの声がまた聞こえてきた。
『あぁ、ありがとう、ほんと助かったわ』
乱れた息が落ちついて、まわりを見まわしたけど誰もいない。
『あれっ?』
キョロキョロしているとまた声が聞こえた。
『私はここにいるよ』
声の主は俺が隠れた銅像だった。
『へぇ~』
俺はまわりに人がいないことを確認して、すきまからにじりでるとゆっくりと銅像を眺めた。
銅像はいかにも王子様って感じの立派な服装だし、所々にキラキラした宝石がついてる。
特に両目と剣の柄にはまってるのは卵くらいのサファイアじゃないのか?
カボチャパンツやタイツははいてないな。マントも着けていない。
そして右手で剣を振りあげている。
『きみは私のことを知らないのかい』
不思議そうにしてるけど自信過剰な銅像だな。
俺は幽霊は信じてないから怖くはないぞ。
なんのことはない、俺はまだ寝てるんだ。夢なんだからなんでもありなんだろうな。
『みんなが知ってるくらい有名なのか?』
『私の愚行は国中に知れ渡っているよ』
銅像は震えた声でため息をつくようにそう言った。
『愚行?』
銅像の話はこうだ。
この国の第二王子であるチコ=シスネは、婚約者である侯爵家のご令嬢を遠ざけて、よりにもよって男爵家の養女と恋仲になった。
養女は男爵がメイドに手をつけて孕ませ、平民として生まれ育った子どもだった。
侯爵令嬢の、男爵家に対するたび重なる嫌がらせがあまりにも酷すぎたために、チコ王子は婚約者を責めたばかりか剣を抜いてしまった。
そのとき契約の魔術が発動して、チコ王子は銅像にされてしまったのだという。
『おいおい、それってざまぁされたってことだろ』
昨日ネット小説を読んだからな。夢にでてきてもおかしくはないな。
『ざまぁというのはよくわからないけれど』
銅像もとい、チコ王子は悲しそうにそういった。
『男爵家の養女は魅了の魔術を使ってて、嫌がらせは自作自演だったんだろ?』
そして転生者なんだよ。
俺は自信を持ってそう言いきった。
『凄いな、もしかしてきみは賢者様が姿を変えているの?』
『こんなの常識だよ』
俺もけっこう読みあさってるからな。ランキング上位はほとんど読んでいるぞ。
『それで? 殿下はいつまでここにいるんだ?』
『殿下と呼ばれるには犯した罪が重すぎるよ』
私をチコと呼んでくれないか、賢いツバメさん。
そういうので、俺は銅像をチコと呼ぶことにした。
俺の名前は……まぁツバメさんでもいいか。なんだかヒモみたいで外聞が悪いが、夢だしな。
『それでその養女はどうなったんだ?』
『彼女は……彼女は私の目の前で少しずつ干からびて、最後には石になって砕け散り、砂の粒に変えられてしまったよ。あぁ、可哀想なプリティ』
うぉっ、けっこうグロいな。俺、そんな話を読んだっけ? グロ耐性が弱いから避けてたジャンルなんだけどな。
しかも名前がプリティかよ。哀れなのは顛末だけじゃないな。
『チコは騙されてたんだろう? ちゃんと確認できたら良かったんだろうけど、魔術を使われてたんじゃなぁ』
チコがあまりにも嘆くので、俺は慰めの言葉をかけてやった。
『私が自分の愚行を心から反省し、なにが悪かったのか気づくことができるまでは、ずっとこのままなのだよ』
空気が重い。そろそろ目が覚めてもいい頃じゃないのか俺よ。沈黙がツラいわ。
すると十四、五歳くらいの貧乏くさい身なりの子どもが噴水のそばまでやってきて、頭に巻いたスカーフをはずして、チコの顔をじっと見つめると指を組んで祈りだした。
巻いていたスカーフを取り払うと、可愛らしい女の子があらわれた。
「神さま、どうか私の家族をお助けください。両親は病気で倒れ、お金がないから幼い妹が売られそうなんです」
しばらくそうして祈ったあと、女の子はきた道を帰っていった。
『あの娘は最近よくここにきて祈っていくんだ。可哀想に……私の剣についているこのサファイアをくり抜いて届けてやってはくれないかな? ツバメさん』
……これはあの名作じゃないのか? 俺はチコの言うとおりにチコの身体から金品をはぎ取って、貧しいものたちに配って歩くだろ。
そいつらはハッピーだが、俺はそうしてるあいだに冬が近づいても南に渡らず、最後は凍え死ぬんだ。
『アウトー!』
『待てよチコ、よく考えてみろ。あの子、神さまに祈るなら普通は教会にいくだろ?』
『病気の家族からあまり離れられないのかもしれないね』
『それにおかしいだろ? 売られるなら年頃のあの子が先なんじゃないか? 妹よりは高く売れるだろ』
『ツバメさん、なんてひどいことを言うんだ』
チコは悲しそうだ。
すまん。確かにいまのはひどいよな。
『それにチコ、お前の目玉をなめるように見てたじゃないか!』
『人をまっすぐに見つめる、心も素直な娘なんだよ』
くそっ! なにを言っても聞かないじゃないか。
『わかった!』
『やってくれるのかい?』
『あの娘の身辺を探ってくる』
俺はすぐさま飛び立って、あの娘が去っていった道を追いかけた。
俺はすぐに追いつくことができた。ツバメってけっこうスピードがでるんだな。
娘はあたりを見まわして誰もいないのを確認すると、商家の裏口に消えていった。
『グレーだな』
俺は家の塀を越えて窓のそばにこっそりと止まった。
しばらく隠れていると、豪奢なドレスに着替えた先ほどの娘が両親にむかって話をしている。
「そろそろあの王子が宝石を落としてくれるはずよ」
娘が話しはじめる。
「あのサイズのサファイアが三つか。首飾りがいいか、それともブローチにするか」
デップリと肥えた父親がそれにニヤニヤしながら応える。
いかにも成金といった金ぴかでゴテゴテした装飾品だらけの服装だ。
金色の指輪がすべての指にはまっている。
『なんだあれは。トイレでケツを拭かないのか?』
あんなに指輪をしてたら手だって洗いにくいだろ。
「指輪や耳飾りには大きすぎるわね」
グフグフ笑いながら話を聞いていた母親は、とても残念そうだ。
母親は父親の女版だな。オーク夫妻と言ってもいいだろう。
「でもあの大きさだからいいのよ! 砕いてしまったら台なしだわ」
娘は顔を火照らせて扇子を握りしめている。
見た目は可愛らしいが、中身はオークの子で間違いないな。
「あの王子は可愛らしい娘に弱いと聞くからな。お前の可愛らしさに勝てるものなどこの世にはおるまい」
雄オークがクズらしいことを言って高笑いしている。
「王子は改心して、良い行いをしようとするはずだから、そろそろ手に入るわ」
コイツもしかして転生者か! こんなシチュエーション読んだことあるぞ。
「あぁ、早くあの宝石で首飾りを作りたいわね」
雌オークがうっとりした顔で自分の首筋をなでた。
お前の首はどこにあるんだよ! 埋まってんじゃないか。
『アウトー!』
ブラックだ! とてつもなくブラックだった。
俺はチコのもとに帰ると、身ぶり手振り、声帯模写も交えてあの娘とその両親の言動を伝えてやった。
『私は考えが浅いのだな』
『チコは信じやすいんだ。けど最終的には俺の意見を聞けるんだから、まだまだ更正の余地はあるんじゃないか?』
『そうだったらいいね。ツバメさん、よかったら私のそばにずっといてくれないかな?』
チコは照れたような声で、俺にモジモジしながら伝えてくる。
俺の死亡フラグが折れてねぇー!!
『チコ、ちょっと聞くけど、ここには雪は降るのか?』
『王都に雪? 一センチも積もれば王都の住民はみんな驚くだろうね』
そうなのか? わりと暖かいところなのかもな。
『まぁ、夢から覚めるまでだけど、一緒にいるのはかまわないぞ』
できればもっと南に住みたいけどな。
『ありがとう。ツバメさん』
そうチコが言った瞬間、俺たちは光に包まれた。
「チコ殿下、自分のなにがいけなかったか気づきましたね」
品のいい服装に身をつつんだ小柄な女性がチコにそう言った。
「ようやく気がつくことができました。私の過ちに」
ツバメさんのお陰です。
そう言ったチコは銅像ではなく、血の通った普通の人間にみえる。
「小さなツバメよ、これからもチコ殿下の傍らで彼を導いていくのですよ」
そう言って女性はキラキラした光の粒子とともに消えていった。
いや、待てよ。ここは俺も人間に戻るとこだろ! なんでツバメのままなんだよ。
しかもツバメなのに王子の側近っておかしいだろ!
いや、結末が近いからな。そろそろ目が覚めるんだろう。細かいことにツッコんでもしかたないか。
俺たちは王城のチコの部屋にいたらしい。
チコは臣下として南の端っこにある小さな領地を治めることになった。
もちろん俺もついていく。
チコが立っていた噴水広場には、いまはオークの家族の銅像が立っていると人の噂で聞いた。
俺からはなにも言うことはないな。
ただ言いたいことがひとつだけある。
「いい加減に起きたいんだけど、どうしたらいいんだよ!」
読んでいただきありがとうございました!
読み終わりましたら、ぼちっと評価していただけると嬉しいです。
感想も、厳しさと優しさ半分ずつくらいでいただけるととても喜びます。