ep.97 ルクレツィアの想い
俺を誘惑して拐かすはずの七海の言動のおかげで、逆に俺が夢の中にいると気づくことができた。本物の七海とは色々あって上手くいかなかったけど、ああいう未来があったかもしれないと考えると、地球での生活も悪いものではないと思えた。
肯定できるものではないけど、第三夫人には感謝したいくらいだ。
代わりと言ってはなんだが、七海との約束を守って話を聞いてみるとしよう。
「少し長くなるけど聞いて貰おうかしら。今のあなたを止める術はもう無いし、それに・・・」
第三夫人は途中で言葉を切って俺の顔をじっと見ている。何か俺の顔に付いているのだろうか?
「それに?」
「ふふ、何故だか分からないけど、あなたに話したら何かが進む気がしてならないの」
おぅふ・・・。異常な期待をされている気がするけど、ここは触れない方がいいよね?
「俺でよければ力になりますよ」
といってもお茶やお茶請け無しに聞くのも無粋なので、紅茶とクッキーと出しておこう。これで少しはリラックスして話せると良いんだけど。
「あら、美味しそうなお茶とお菓子。・・・まだ子供なのに気遣いも出来るなんて、なかなか紳士的な坊やね。じゃあそろそろ聞いてもらおうかしら」
時間はまだ夕方だし、余裕はある。じっくり聞くとするか。・・・それにしてもこのスケスケのベビードールのせいで注意力が持って行かれそうで怖いな・・・。
「まずは私の正体からね。あなたの予想通り、私は邪神教に入っていたわ」
・・・入っていた?ということは過去形ということか?
「ふふ、察しが良いわね。あなたが思った通り私はもう邪神教ではないの。私が邪神教を抜けられたのは、あなたが邪神教の殆どを捕縛してくれたからなの。元々邪神教は帝国を乗っ取るつもりで私をここに送り込んだわ。まぁ、今となっては意味の無いことだけれどね・・・。ここまではいいかしら?」
いや、情報量が多すぎて処理しきれないんだが・・・?! とりあえず少しずつ質問していくしかないか。
「まず、邪神教が帝国を乗っ取るつもりってのは、ルクレツィア様の能力で皇族を操ろうとしているって事ですか?」
「そうね、私の恩恵はちょっと特殊なの。制約はあるけれど人を操ることができるわ。それを使って傀儡にしようっていうのが邪神教の計画だったわ」
「恩恵というのは先ほど俺が見た夢のことですね。制約というのは?」
「その通りよ。・・・制約というのは私は直接人を殺せない、というものよ。まぁ、強すぎる恩恵に制約がつくことはたまにあることらしいわ」
制約・・・・・・初めて聞いたな。覚醒や制約、宰相がしていた恩恵の進化も含めて恩恵にはまだまだ未確認のことが多いのかも知れない。もっと突き詰めれば俺の恩恵も違ったものになるのだろうか?
「では次です。邪神教を抜けられた、と言いましたがどういうことでしょうか?」
「そのことについてはこれから話すことにも関わってくるけど、端的に言うと私が邪神教自体にはあまり興味が無かったという事かしら」
あれ、そう言えばモニカ教授も同じようなことを言っていた気がする。あの人は知的好奇心云々って話だったけど、この人も何か意図があって邪神教に入ったのだろうということは推察できる。
「・・・ということは、何か別の意図があったということですね?」
「その通りよ。・・・ただそれを話す前に邪神教内で言われていたことを教えるわね。私たち教徒が聞いていたのは、邪神が蘇った暁にはそれぞれ一人一つだけ願いが叶うと言われていたの。私は邪神なんかどうでもいいけど、私に叶えたい願いがあった」
どうしてでも叶えたい願い、ね。なんとなく気持ちは分からないでもない。なににも代えがたい願いというものはある。
「・・・これは誰も知らないことだけど、私には皇帝に嫁ぐ前は夫がいたの。夫と私は元々帝国の辺境の民で、貧しいながらも幸せに生きていたわ。 ただ、そんな幸せは長続きしなかった。あるとき、私の村の近くで魔物の大氾濫が起きたの」
魔物の大氾濫・・・。それは俺の村でも起きたようなスタンピードのことだろう。
「スタンピードのことですね」
「ええ。私の夫は村の警邏隊隊長だったからみんなを逃がすために必死に戦って亡くなったわ・・・」
言い方は酷いが、この世界では決して無い話じゃない。
「・・・立派な旦那さんですね」
「自慢の夫だったわ・・・。身が引き裂かれるほどに悲しかったけど、私には夫との子供がいたから私が頑張らなくちゃって奮い立ったの」
母は強し、ってことだろうか。どこの世界も、いつの時代も、母は子のためならば強くなれるんだろうな。・・・あれ、子供がいたからって言ったか?じゃあその子供はどこに?
「――――!!」
「気づいたようね。一家の大黒柱を失った私に残されたのは地獄のような生活だった。村のために頑張った父を讃えてくれた村人達も、最初はいろいろ助けてくれたわ。・・・ただそれも数ヶ月だけで、いつの間にか何も無かったようになった。そして私は生きることすら難しくなっていった。辺境の村で子持ちの女は全く需要が無くてね・・・。村を治めていた領主に助けを求めたけど、まるで相手にされなかった」
領によっては手当を出すところもあるんだろうけど、それでも雀の涙程度だろう。第三夫人の住む領主は良くも悪くも仕事を全うしたということだろうな。一人を特別扱いするとみんながこぞって押しかける可能性も考えられる。それでも、もっと上手いやり方はあるだろうが・・・。
「いつしか村でも爪弾きもの扱いされるようになって、食べるものにも困るようになったわ。なんとか働こうと思い、帝都に来て頑張ったわ。酒場で夜遅くまで働いて、朝は清掃の仕事。・・・なんとか1日1食は食べられるくらいにはなったけど、育ち盛りの子供には足りなかったみたいでね・・・。なのにいつも『お仕事頑張ってね』って言って私を見送るの。お腹が空いて今にも倒れそうでいるのにそれを表に出さずに。・・・仕事を終えて、誕生日を迎える我が子のために少しご飯を奮発させて家に帰ると、いつも迎えてくれるはずの我が子は迎えに来なかった。寝ているのかと思ってベッドを見たら、それこそ眠るように亡くなっていたわ・・・・・・」
餓死、か・・・。
「それから私は生きること諦めて廃人のようになった・・・。生きる意味も無く、死のうと魔物の出る森を歩いていたら一人の男に出会ったの。その人は邪神教に入って邪神復活を手伝えば願いが1つ叶うと言ったわ。正直信憑性なんて無かったけど、私には僅かな可能性だけでよかった。そのためなら何でもやると誓ったってわけ」
それで皇族に近づいて、乗っ取りをってわけね。・・・って言っても元平民がなんの後ろ盾もなしに皇帝夫人になれるものだろうか?何かしらの後ろ盾はあったということか?
「ではどうやって皇帝に近づいたんです?」
「それは簡単だったわ。ここの次男はよく平民街に遊びに来ていると聞いていたから、恩恵を使って私を皇帝に会わせるように仕向けたの。あとは皇帝にも夢を見せただけよ。・・・一番大変だったのはマナー所作を覚えることね。それも侍女長を操って教えて貰ったわ。幸い、皇帝が私を迎えたことに反発はあったけど、それも皇帝が黙らせてくれたことね。あとは私が夢を見せて黙らせれば良いだけだもの」
・・・この人は簡単に言っているけど、何か1つでも間違えれば即刻死刑だぞ。常に綱渡りな駆け引きをしてきたって事だろう。
「・・・概要はわかりました」
「ここまでの事をしておいてなんだけど、邪神教のやっていることには賛同できているわけではないの。ただ手段がこれしかなかったというだけ。・・・ただその手段も無くなっちゃったけどね」
これは俺が邪神教の大部分を壊滅させてしまったからだろう。本当ならばルイーナ=エドネントの本を奪取出来ていれば、復活させることが可能だったんだからな。
「・・・・・・事情はどうあれ謝ることは出来ません。自分のやったことは間違ってないと思っています」
「そうね。人それぞれの想いがあるもの。私はその想いに負けただけ。・・・私ももうあの人と我が子のいない世界に未練なんてないわ」
俺のしたことは大勢の人を救ったことだったはずだ。それでも、その行いのせいで救えない人もいるということか。・・・・・・また1つ大事なことを学べた気がする。全ての人を助けようなんて大それた事は言えないし、そんな傲慢な考えなど持っていない。
けど、知り合いくらいは助けてあげたい。七海の願いもあるし、知ってしまった以上放っておくのもなんか違う気がする。
まだ分からないけど、俺はイナギを解放してやるためにいずれは封印の地を探して回ろうと考えている。今はまだ判断が出来ないけど、イナギ解放に成功すればもしかしたら願いの1つくらい叶うかも知れない。
出来なかったときは待たせた分の絶望になることも考えられるけど、可能性が無いわけではない。それなのに諦めるのは、もったいない。
「・・・もしかしたら、なんとかなるかもしれません」
「やめて。もうそんなの聞きたくない!」
「ルクレツィアさん、もう一度だけでいいんです。次は俺を信じてみてください」
「・・・あなたの目は、私の娘の目にそっくりね。穢れの無い綺麗な目。あの子も本当に綺麗な目をしていたわ。・・・少しでも可能性があるのなら、もう少し頑張ってみようかしら」
よかった。でもこの人が皇族ではなくなるとするとまた大変なことになりそうだけど・・・。そのときは爺さんやリリーの力を借りるとしよう。そもそも手当を出さなかった帝国が悪いんだし。うん、ここはとりあえず開き直っておこう。
「ありがとうございます。あっあと、もうひとつ確認したいことがあるんですけど」
「なにかしら?」
これだけは確認しておかないといけない。
「酒場にいた盗賊に声をかけて俺たちを襲わせるように仕向けたり、闇ギルドに俺たちやリリーの暗殺依頼を出しましたね?もし闇ギルドについて知っていることがあるなら詳しく教えてください」
闇ギルドの刺客や盗賊達から聞けた証言はどれも第三夫人を表すものばかりだったからな。これで闇ギルドについて知ることが出来れば、大きな一歩になる。
「・・・? なんのことかしら。私は確かに皇族に夢を見せて操っているけど、逆に言えばそれだけよ。それに、第三夫人がそんな簡単に酒場なんて行けるわけないじゃない。それに闇ギルドは私たち邪神教と仲が悪いのよ?」
「え…?」
第三夫人の口から出た言葉は、今までの前提をぶち壊すような内容だった。
ゆっくりと更新していきます。
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