ep.92 虎穴に入らずんば
『・・・・・・て、アウル!』
ん・・・?
夢を見ていたようだ。夢の中で誰かが俺に話しかけていた気がするけど、誰だったんだろう?まさか、ヨミが寝ている俺の枕元で何か囁いていたとか?!
・・・なわけないか。今頃2人はたぶん騎士団の対応した後に保護した彼女たちをどうにかしているのだろう。2人がどうするか分からないけど、保護した彼女たちのためになるようなことをしてくれているはずだ。
にしてもあの夢はなんだったんだろう?どうせならもっと楽しい夢でも見られれば良かったのに・・・。
そういえば、折角買った伝声の魔導具をルナとヨミに渡すの忘れてた。早めに渡しておけば良かったな。そうすれば今離れていても連絡が取れたのに。
コンコンコン
「ご主人様、ルナです。ヨミと話し合ってひとまず私が帰ってきました」
「入って良いよ」
2人ともまだスラムにいると思ったけど、ヨミを残してルナが帰ってきたらしいな。
「ただいま帰りました!」
「お疲れ様。どんな状況なのかだけ確認してもいい?」
「はい。実は――」
・・・なるほど。そんな状況なのか。ヨミらしいと言うかなんというか。ヨミがそう考えたのも、そういう彼女のバックボーンがあるからだろうな。気持ちも分からなくも無い。
人手も足りていたわけではないし、この際だから2人直属の部下になるのはいいかもしれない。ゆくゆくは保護した彼女たちも自分の人生を選べるようになっているというわけか。
良くも悪くもこの世界は実力主義な面がある。一度落ちてしまったら這い上がるのは厳しいだろう。それを手助けしてあげたいと思うのは、俺の影響だって言うんだからなんだか嬉しいな。
「俺にも出来ることがあればいつでも言ってくれ。できる限りの事はするよ」
「ありがとうございます。帝国にいる間はなんとかなると思います。王国に帰るまでにある程度の地力をつけさせる予定ですので。あと、時間が空いているときで構いませんので一度彼女たちの話を聞いて頂けたら助かります」
「うん、分かったよ。あ、あとこれ蚤の市で見つけたから買っておいたんだ。貰ってくれる?」
ちょうどルナが帰ってきたし、伝声の魔導具を渡しておこう。
「これは・・・伝声の魔導具ですね。これを頂けるのですか?!」
なんというか、とっても嬉しそうだ。ヨミの分もあるんだけど、とりあえずルナの分だけ渡しておこう。
「これがあれば離れていても相互連絡が取れるからね」
伝声の魔導具は指輪とピアスのセットで出来ている。しかし、今回買ったのは指輪3つとピアス2つだ。もともとピアスも全部買おうと思っていたのだが、商人に話を聞いてみたら指輪だけでも登録が出来るという話だったので、ルナとヨミとミレイちゃんの分の指輪と、ミレイちゃんと俺の分のピアスだけ買ったのだ。
王国に帰ったらみんなの魔導具を集めてチューニングする必要があるけど、とりあえずは俺とルナの分をチューニングしておいた。
「・・・ご主人様がつけてくださいませんか?」
「?いいけど」
ルナも可愛いところがあるな。とりあえず人差し指でいいかな?・・・と思って指輪を人差し指につけようと思ったら、ルナの手がずれた。
ん・・・?
もう一度人差し指につけようと思ったら、ルナの手が動いて薬指につけてしまった。なんか意味合いが違うと思うんだけど・・・。あ、これは確信犯か。
ルナの顔を見てみたらもの凄く嬉しそうな顔をしているので、ひとまずよしとしよう。
「ありがとうございます!・・・・・・ふふふっ、出遅れたかと思いましたが一歩リードです!」
あ、やっぱり自分だけデートしてないの気にしてたのか。早めに時間作ってあげないとなぁ。
「とりあえず、今日は上皇に会いに行ってくるからルナは皇女の護衛を頼むよ。闇ギルドとかいうやつらが襲ってくる可能性もあるから気をつけてね」
「かしこまりました」
ディンとルナがいれば万が一もないだろう。俺は上皇にあって色々と話を聞くとしようかな。
リリーに挨拶して上皇に謁見をお願いすると、すぐに通して貰うことが出来た。さすがは上皇のお気に入りというべきか。いずれにしろここで無駄に時間を使わなくて良いのは助かる。
コンコンコン
「お祖父様、アウル様を連れてきました」
「おお、入りなさい入りなさい」
中に入ると爺さんはベッドで紅茶を飲みながら本を読んでいた。あんな事件があったばかりだというのに、よくこんなにのんびりしていられるな。もっとリリーを心配してもおかしくないと思うんだけど。
「リリーも元気そうで良かった。それで、今日はどうしたんだい?」
「はい、アウル様のおかげで事なきを得ました。今日はアウル様がお祖父様に用があるそうなのでお連れしました」
「そうだったのか。ではゆっくり男同士話すとしよう。リリーは下がっていなさい」
爺さんが言うのでリリーはそっと下がっていった。なので、この部屋には俺と爺さんの2人だけになったというわけだ。
「改めて礼を言おう。あの子を助けて貰って本当に感謝する。まぁ、お前さんなら問題なく事を納めてくれると信じていたぞ」
「いや、別にたいしたことはしてないさ。・・・今日来たのはわけがあるんだが、爺さんの知っている闇ギルドについての情報を教えて貰えないか?」
「闇ギルドは、ワシでも潰しきれなかった巨大組織だ。正直、ワシでも知っていることは多くない。・・・ただ闇ギルドのトップはおそらく、ワシと同様の転生者もしくは転移者ではないかと考えている」
「えぇっ?!根拠はなにかあるの?」
「・・・これは非公式だが、ワシは一度だけトップを見たことがある。闇ギルド殲滅作戦中に明らかに魔力量や雰囲気の異なる男がいたのだ。そいつの見た目は黒髪黒目、日本人らしい顔立ちをしていた。咄嗟に大声で『次は絶対に潰す!』と叫んだのだ。日本語でな。そしたら、そいつは驚いたようにこっちを見たから、おそらく間違いないだろう」
ここにきてまさかの転生者か転移者かよ・・・。ってことは闇ギルドのトップってのはチート持ちの可能性があるということか?
「てことは、やっぱり一筋縄ではいかないってことか。・・・実はその闇ギルドから俺と仲間2人とリリーを殺せって依頼が出ているみたいなんだ」
「小さいグループはワシも数え切れないほど潰したが、しょせんはトカゲの尻尾切り。結局本体を潰すことは叶わなかった。最近はあまり目立った活動していないと思っていたが、また派手に動き始めたようだな。よりにもよってリリーに手を出そうとは・・・」
皇女を殺す依頼を出す等、いくら巨大組織と言えど一大プロジェクトになるはずだ。それでもリリーを殺さねばならない理由があるということになる。
さらに俺たちを狙う理由はなんだろう。俺がリリーの婚約者という体だからだろうか?それで俺が邪魔だからだという理由なら分かるのだが、リリーも殺すとなれば話は別である。
「俺の方でも色々調べてみるよ」
「ワシの方でも調べておこう。何か分かればすぐに連絡しよう」
「お願いします」
帝都に詳しくない俺より爺さんの持っている情報網の方が信頼できるだろう。とは言ってもただでさえ秘匿性が高いらしいし、捕まえたあいつらも下っ端過ぎて情報を何も持っていなかった。
今回もかなり時間が掛かりそうだ。
皇女の護衛はルナとディンに任せて、俺は市場へと出よう。いつの世も商人の持つ情報は馬鹿に出来ないからな。出来れば商人と仲良くなれると良いんだけど。
今回は1人蚤の市へとやってきたが、以前同様に人の数は凄い。できれば情報を持っていそうな商人に話を聞けると良いんだけど、誰が良いかな?
1人で蚤の市をぶらぶらしていると、思わぬ人から声をかけられた。
「アウル様!お一人で何をされているのですか?」
「あれ、ヨミじゃないか。そっちこそここで何を?」
「ちょっとした買い出しですよ」
買い出しか。まぁ、彼女たちの日用品や食料を買いに来たのかな?でも、ヨミってこんな服着てたっけ?似ていると言えば似ているんだけど、初めて見るな。
・・・なんだろう、どこからどう見てもヨミなのに、違和感が拭えない。
「ふぅん。そういえば、保護した彼らは元気にしてる?」
これはちょっとしたカマカケだ。保護したのは女性だから、彼らというのは正しくない。けど、もし目の前のヨミが本物なら訂正してくるはずだ。逆に偽物なら肯定してくるだろう。
「ふふ、問題ありませんよ」
・・・なるほど。こいつは偽物のヨミだな。おそらく闇ギルドの者だろう。
情報を求めて市場に来たわけだけど、思いも寄らぬ獲物が掛かったな。すぐに捕まえるのも手だけど、もう少し泳がせて情報を集めた方が得策かも知れない。
「俺はもうそろそろ帰るところだけど、ヨミも一緒に帰る?」
「実はちょっと行ってみたいお店があるんですけど、一人で行ける場所では無いので、付いてきて貰えませんか・・・・・・?」
「いいよ。じゃあ早速行こうか」
偽ヨミが俺の腕を取るようにして歩き始めた。その腕には豊満な胸がこれでもかと言うほど押しつけられている。・・・これは捜査のためだからな。仕方ないのだ。
連れられていく先はどんどん大人な雰囲気の建物が多くなってきており、ヨミが止まった場所はかなり高級そうな休憩宿だった。要はラブホである。
「うふふふ、ここに一緒に入りませんか?」
もう一度言うが、これは捜査のためであって下心は無いぞ!?
「よし、早く行こう!」
色々と忙しい状況ですが、なんとか更新できたらと考えています。
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