ep.82 朝昼夜
ルナとヨミに色々と諭され、俺が言ったことを皇女は誤解して解釈してしまったらしい。
…まぁ、言われてみれば確かに、と思えるほどには。
「チョコレートのためだったんだけど…」
今更、「チョコレートのためなんだからね!勘違いしないでよね?!」なんて言おうものなら。ただのツンデレだ。
もはや王道過ぎて逆に新鮮味すら感じるほどに。
「今はそっとしておくのがよろしいかと」
「ふふふ、私たちは護衛に専念しましょう?」
ルナとヨミの優しさが身に沁みるぜ。やっぱり持つべきものは…婚約者なのか?
「というかあいつはさっきから何で俺を目の敵にしてるんだ?」
若い騎士、名を"グレンタール・ロイエン"というらしいのだが、先ほどからあからさまに俺を睨んでいる。
皇女様に失礼なことを言ったからか?
「ご主人様っていつもは聡明なのに、こういう時だけ残念ですよね」
「ふふふ、そこがまた可愛げがあっていいんですけどね」
残念?!
ルナの哀れんだ眼が凄いんだけど。これはこれで、うん。癖になりそうだな。
というかヨミはいつも俺を甘やかしてくれるな。ちょっと母性すら感じるぞ。
「まぁ、気にしてもしょうがない。とりあえず俺からもあの頭目に確認したいことがあるんだ」
俺が確認したいのは、まだこの近くに仲間がいるのか?ということだ。
俺たちは助かったけど、また悪さをするかもしれないからな。
「あぁ、それなら聞いておきましたよ。ここにいるのが全員だそうです」
おおう、流石はヨミ。仕事が早いな。あとはその拠点の場所さえわかれば…。
「拠点についてもすでに把握済みですが、お聞きになりますか?」
え、この子有能過ぎない?
「場所はここから約6kmくらい行ったところにある洞窟だそうです」
まだだいぶ先だったか。場所もこの先みたいだし、途中でディンを召喚して拠点を潰してきてもらうとしよう。
ゴブリンやオークに再利用されても嫌だしね。あとは、物資の回収かな。
俺は護衛任務で外せないからディンに全部任せるしかないんだけどね。
「隊長殿、もう大丈夫なので先へ進みましょう。この森を抜けた先に休めそうな場所があるみたいなのでそこで野営にしましょう」
「そうだな。森の中では些か危険か。では行くとしよう!」
空間把握のおかげで森の先に平地があるのは分かっているし、疲れたから少し休みたい。
それにルナとヨミはログハウスを持っているから、皇女様も安心して休めるだろう。
屋敷を出してもいいんだけど、さすがに屋敷が出てきたら引くよね?
俺なら間違いなく引くもん。
そこからの進行は早かった。森の中だというのに、魔物がほとんど襲ってこなかった。
さっきのルナとヨミの戦いで使った魔力の強さを警戒している可能性もあるだろうけど…。
「なんか妙ですね」
「アウル殿もそう思うか?」
いくら警戒心が強い野良の魔物とはいえ、さすがに数が少なすぎる。
「何事もなければいいんですが…」
気配察知や悪意感知に反応はないし、おそらく大丈夫だだろうけど、油断はできない。
「ところでアウル殿、先ほど偶然見かけたレッサーボアを狩っておいたから、是非晩飯に使ってくれ」
・・・・。
この護衛隊長、実力は申し分ないんだけどなぁ。どことなくグラさんと同じ匂いを感じてしまう。
「分かりました、その肉で何か考えますよ」
「おお!それはよかった!この肉はクセがなく食べやすいことで有名だからな!楽しみにしている!」
さてさて、夜飯は何にしようかね。
※※※
森の雰囲気が変だったけど、特に何かあるわけでもなく、無事に森を抜けることが出来た。
野営に適した場所にもたどり着いたので、さっそく準備に取り掛かっている。
「ルナ、ヨミ、ログハウスを出してあげて」
「承知しました」
「ふふ、お優しいのですね」
いやいや、今のうちに最高の思いをしてもらっておけば、あとあと我儘が言いやすいからね。
『情けは人のためならず』ってね。これは俺の座右の銘でもある。まぁ、創造神様のおかげだけど。
悪く言うと全て俺のだらだらと生活するための投資なのだ。そのためなら俺は頑張れる。
「ご主人様、悪い顔してらっしゃいますよ」
「うふふ、楽しそうで何よりです」
ルナとヨミが収納からログハウスを出すと、何事かと騒ぎになったけど、護衛隊長が場を収めてくれた。
仕方ないから夜ご飯は少し気合を入れてみようと思う。
騎士の人たちが周囲の警戒に出てくれている間にルナとヨミが皇女をログハウスへと案内していた。
中にはウォーターベッドやお風呂もある。まだ雪はほとんど降っていないとはいえ、夜になるとかなり冷える。
簡易のテントを立てるつもりだったらしいけど、面倒なので俺が土魔法で部屋を作ってあげた。とはいっても竪穴式の簡単なやつだけどね。
さて、準備もできたし夜ご飯だけど何にしよう。折角だから温まれるものがいいよな。
「牡丹鍋にしようかな!」
レッサーボアを切り分けて、数種類のお肉に分けていく。新鮮だから熟成した肉には敵わないけど、十分美味しいだろう。
それに新鮮だから内臓も食べられるのはメリットだな。
内臓は丁寧に何回も洗って、さらに『清浄』をかければ食べられる。
あとは内臓や肉を下茹でして灰汁や臭みを抜くのが重要だ。2回茹でるだけでぐっと味が綺麗になる。
あとは野菜やキノコをざく切りにして土鍋へと入れる。お湯をたっぷり入れて、そこに牡丹、所謂イノシシ肉を入れて味噌を溶けば大方は完成だ。
あとは料理の実で作ったうま味調味料と塩を入れてあげれば出来上がり。
ちなみにとなりの鍋では大麦を炊いている。食べ終わった後に、ワイルドクックの卵と一緒に入れて雑炊にするのだ。
疲れた体によく沁み込むだろう。
出来上がったくらいにお風呂から出た皇女様と、警戒に出ていた護衛の人たちが帰ってきた。
「おおお!とてもいい匂いがするぞ!」
隊長…。皇女様よりテンション高いんじゃないか?
「殿下、毒見は私が!」
「いりません。もう貴方もアウルを信用しなさい!」
「ぐぬっ…。私ですら名前で呼ばれたことがないのに…」
やばい、あのロイエンとか言うやつの目が若干血走っている気がするのは俺だけだろうか。
「わぁ。とても優しい味です。お肉の旨味もそうなのですが、このキノコも普通のキノコではないように思います。あとはこの味付けしているものは何でしょう…。食べたことがない味です。なんにしてもとっても美味しいですアウル!」
「むむむ、お前のことは好かんが、料理の腕だけは認めてやる!これは美味い!」
ロイエンって意外といいやつなのかもしれない。なんというか憎めないやつなんだよな。料理も褒めてくれるし。
隊長さんなんて「美味い美味い」と言って、おかわり三杯目に突入している。
他の騎士も口に合ったのかどんどん食べ進んているみたいだ。
しかし皇女はお目が高い。キノコはオーネン村の森イノシシの背中から取れたやつを入れたのだ。
同じイノシシなら味の調和も取れるだろうと思って入れたけど正解だったな。
この後の雑炊も大人気で、あっという間に土鍋は空になってしまった。
『ただいま戻りましたマスター』
「おかえりディン、雑用を頼んでしまってごめんね」
『いえ、マスターのお役に立てて光栄です。やつらのアジトと思われる洞窟を塞ぎ、中にあったお宝はこの腕輪の中に入れております』
「ありがとうディン。ゆっくり休んでいてね」
ディンを仕舞おうとしたら、無機物であるはずのディンの顔が、なんとなく寂しそうに見えた。
「もう少し外にいるかい?」
『…よろしいのですか?』
どうやらディンには明確な意思があるみたいだ。たまに外に出してあげたりはしてたけど、こう考えてみるとあまり遊んだりはしてなかったな。
「うん、いいよ。ルナたちの手伝いをしてあげて」
『かしこまりましたマスター』
心なしか嬉しそうな感じだ。これからはもっと外に出してあげよう。
「あ、ならクインも出してあげないと可哀そうだな」
最近はいろいろあってあまり構えてないからなぁ。隊長さんにはヨミに伝えておいてもらおう。
伝声の指輪で指示を出したし、すぐに動いてくれるだろう。
「クイン、出ておいで」
ふるふる!
俺に会えたのが嬉しいのかぶんぶん周りを飛んでいる。いつも通り俺の頭に落ち着いたようだ。
「クイン、最近あまりかまってあげられなくてごめんね。今日はこの辺で野営だけど、その辺に森があったから遊びに行ってくるかい?」
ふるふるふる。
嫌々しているってことは行かないのか。俺の頭にしがみ付いているってことは俺の傍にいたいのかな?
久しぶりだしブラッシングでもしてあげるか!
そうしているうちに気づけば寝てしまっていた。
夜番は騎士たちが交代でやってくれるらしいので、俺はクインと一緒にログハウスで寝た。
夢だろうけど誰かが俺に『もう少しですから待っててください』って言っていたな。
どんな夢見てたんだろう?
※※※
朝が明ける前に目が覚めるので、外に出ていつもの日課を行った。
魔力はあまり使わないようにしていたから、杖術が中心だったけどね。
「…隊長さん、隠れてなくてもいいですよ」
「わはは、アウル殿にはバレてしまうか。…その歳にしてその動き、かなりの修羅場を潜ってきたようだな」
「まぁ、嗜む程度には」
「修羅場を嗜む程度か!これは面白い。どうだ?俺と模擬戦をしてみないか?」
この隊長さんと模擬戦か。ヨルナードに似ているから、戦いやすいだろうけど、俺が負けるとは思えないな。
「今、俺が負けるとは思えない、と思ったか?」
どきっ!
「いや、そんなことは…」
「いやよいのだ。だが、俺もそう簡単には負けん。よし、やろう!」
仕方ない、これは一回戦うしかなさそうだ。まぁ、俺の実力を見せておいてもいいかな?
魔法は身体強化のみで、あとは技術の勝負だ。
互いの木剣と杖を構えたところで、隊長さんがコインを上に弾いた。
あれが下に落ちたら開始だ。
チャリンッ!
今!
10mは離れていたけど、身体強化のおかげで地面を一蹴りしただけで間合いを一瞬に詰めた。
《杖術 太刀の型 瞬閃》
完全に決まったと思った。しかし、俺は気づけば地面に転がっていたのだ。
「え?」
「わはは、これで終わりだ」
首元に木剣を突き付けられ、完全に俺の敗北だった。
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「何が起こったか分からない、という顔だな」
「えっと、何をしたんですか?」
「それは言えないな。だが、一つアドバイスをしておこう。アウル殿は確かに強い、おそらく基礎能力は俺よりも上だろう。しかし、恩恵という力を無視した戦い方過ぎる。それではこの先、いつか絶対に死んでしまうぞ?」
・・・・言われればそうだ。相手の恩恵が何であっても、対応できると思っていた節は確かにある。
「…とても勉強になりました。ありがとうございます隊長」
「なに、お前さんのことは弟から聞いていたからな。放っておけなかったんだ」
弟?いったい誰だろう?
「まだ分からないか?俺はファウスト・ヒルナード、千剣のヨルナードの兄だ」
「ええぇぇぇ!」
まさかヨルナードに兄がいたなんて!!道理で大剣使ってるわけだよ。言われてみれば、雰囲気なんかも少し似ている気がするぞ!
「ちなみに、もう一人お兄さんとかいますか?…アサナード的な」
「いや、それはたまに聞かれるんだがな、いるのは姉一人。アサナという名前だ」
そっちか~!!
こうして隊長ことヒルナードと戯れていると、皆が起き始めたので訓練は終了した。
朝ごはんは簡単にサンドイッチを作って御馳走した。
「では出発だ!今日中に国境を越えるぞ!」
『『おーーー!』』
食事のおかげかみんなの士気も高く、旅は順調に進んでいる。
明後日には着くというのだから物凄い。
帝都はどんなところか楽しみだ。
久しぶりに連続投稿できました。
今後もひっそりと更新します。評価・ブクマ等して貰えたら嬉しいです。
私の小説を読んで頂いて、少人数でもこのご飯食べたい!」とか「今日のご飯これにしよ!」とか思ってもらえたらいいなって、最近思います。飯テロ最高です。
皆様のおかげで【ネット小説大賞】受賞しました。双葉社様にて書籍化させて頂きます。




