ep.81 男はつらいよ
【外伝】も更新しました。
ラピッドホースに牽引される馬車に乗るのは初めてだったが、かなり乗り心地は良かった。
窓から外を見る限り、通常の倍くらいの速さで走っているのが分かる。
何より驚いたのはその揺れの少なさだろうか。速度は出ているのに、無振動とまでは言わないけど、ほぼそれに近い物がある。
帝国でもこの馬車を持ってるのは皇族と一部の上級貴族というから、希少性が高いのは間違いないみたいだ。しかも、ラピッドホース自体もテイムするのはかなり難しいはずなのに。
そんな物を当たり前のように用意できるあたり、流石に皇族というわけだな。
にしても、出発の時にルナがフラグを立てちゃったけど今のところ何もない。街道沿いということもあり、襲ってくる魔物もそこまで強いのはいないようで、護衛の騎士達でなんとかなっているみたいだ。
「そろそろお昼みたいですし、ここらで1度休憩致しましょうか」
皇女も馬車に乗っているのが疲れたのか、休憩したいみたいだ。正直、俺としても否やはない。
馬車の中では最初こそ会話が弾んだけど、今となってはその会話も薄れている。むしろ途中からは女子3人が集まって、女子会を開き始めたくらいだ。
あんなに目の敵にしていたのに、結局仲良くなるのだから本当に女子というのはよく分からない。
「お昼はあそこのちょっと開けた原っぱにしましょうか」
皇女が指さしたところは、開けていて魔物も急には襲ってこれるような場所じゃなさそうだ。
それに、人もね。
常に空間把握や気配察知をすれば確実なんだろうけど、いざという時のために魔力はあまり使いたくない。
ただでさえ空間把握は魔力を使うのでなおさらかな。たまに半径500mくらいは確認しているけど、それくらいだ。
「じゃあ、我々はあたりを警戒してまいります!」
「すみませんがお願いします」
皇女の護衛のうち半分以上が周囲の警戒に出てしまった。一応確認はしたけど、絶対ではない。
警戒をするに越したことはないのだが、少し護衛がいなくなりすぎな気もするな…。考えすぎか?
「おい貴様!殿下の御昼食を用意しr…して、てもらえないだろうか!」
「お、おう。それくらいだったらお安い御用だ。少し待っててくれ」
なにかと突っかかってくるこの若い騎士は、俺に2回もやられたからか、やや態度は柔らかくなった。
しかし、俺に突っかかってくるのはやめないのはどういうわけなんだろう?
最初は王女の差し金かと思ってたけど、だとしたら2回目は絡んでくる必要がないはず。
うーん、しかも若い騎士で下っ端なはずなのに周囲の警戒に行かずに、皇女の近くで待機している。
元々良いところの坊ちゃんだったとかか?
「ご主人様っ!」
「へっ?」
「アウル様、お昼ご飯にしては少々手が込みすぎかと。ふふふ、私は嬉しいですけど」
「私も嬉しいですからね?!」
おっと、考え事しながら料理していたら作りすぎてしまったみたいだ。
「それに、普通に収納を使っていらっしゃるから、皇女様や護衛の方が驚いていらっしゃいますよ?」
ルナに言われて皇女たちに視線を移すと、驚いているのかみんな口を開けてぽかんとしていた。
「・・・・・。お昼は海鮮パスタですので、もう少々お待ちください」
うむ、こんなときこそスルーだな。絶妙なスルー捌き、もはや達人の域に達しているかもしれん。
しかし、無意識で海鮮パスタを作り始めるとか、俺はエビが食べたかったのかな?
具が多すぎて、メインが麺なのか具なのか分からない海鮮パスタが完成した。
大きなエビを殻ごと使い、旨味を出し切ったトマトクリームパスタの完成だ。
スープはルナとヨミが作ってくれた、野菜とベーコンのスープだ。はっきり言って匂いが物凄いそそる。
パスタもスープも、見た目からして美味そうだ。
「うん!我ながらよくできたと思うよ。護衛の皆さんの分もあるのでよかったらどうぞ」
『『おおおっ!』』
よそっていると、警戒に出ていた騎士たちも、匂いに釣られたのか警戒が終わったのか帰ってきた。
護衛は全部で10人だから全員で14人分だな。十分足りるだろう。
俺たちが食べ終わったら、警戒組とも早く変わってあげないと可哀そうだ。涎を垂らしている人もいるし、お腹がすいているのかな?
「殿下、私が先に毒見を…」
皇女を思ってか、若い騎士が毒見役に立候補したがその涎を隠さないと説得力にかけるぞ。
「いりません!これは私のです!あなたは自分の分を食べなさい」
「はっ、承知しました…」
若い騎士も毒見役をするのは偉いんだけど、なんだか可哀そうに見えてしまうな。
「んん!これとっても美味しいです!エビの風味がクリームによって上品に引き立てられていて、喉を通り過ぎた後も鼻に抜ける匂いはさらに食欲を掻き立ててきます!」
「で、では私も…むっ!こ、これは本当に美味い!!」
至る所から「美味い」「美味しい」という声が聞こえてくるから、俺としても作った甲斐がある。
では俺も一口。
「うん!うまいっ!」
エビの殻を叩いてクリームに入れ、丁寧に裏ごししただけあって、殻は無いのにエビの旨味はしっかりある。
それに負けないくらいに貝の味も凄い!シジミみたいに小さい貝だったけど、それでも出汁がしっかり出てるな!
「ご主人様の料理はいつも美味しいです!」
「うふふ、本当においしいです。私たちも負けてれないわね、ルナ!」
「ありがとう2人とも。でも二人の作ってくれたスープも美味しいよ!」
芋はホクホクだし、ベーコンは一度サッと炙ったのか物凄く香ばしい。しかも脂身の多いところだからか、スープに油の旨味が溶けてなお美味い。
その後、警戒してくれていた人たちと交代して、みんなが食べ終わってもまだご飯が余っていた。
どうせなら食べきってしまっていいよね。皿や食器も洗いたいし。
「おかわりもまだ少しあるんで、食べたい人いたら言って下さいね~!」
『『!!!』』
「おかわり!」
どうなるかと思ったが、皇女を筆頭にみんなでちょっとずつ食べるという、なんとも平和的な結果に終わった。
これが騎士道精神ってやつかな?・・・違うか。
「さて、そろそろ出発かな…ん?」
念のため広めに発動した空間把握と気配察知に、20人程度の人間を察知した。
しかも、完全に武装している感じだ。
「ここらへんの農民、って感じではなさそうだな。国境まであと1日あるっていうのに…」
・・・いや、裏を返せば王国内で皇女が死ねば、帝国的には一石二鳥なのか?
王国に賠償請求ができるうえに、邪魔な皇女も葬れる。もしかしたら、皇女から聞いている以上にご兄姉は悪辣かもしれんな。
「皇女殿下、この先にある森の少し入ったところに賊らしき人間が20人いますが、どうしますか?」
「それは本当ですか?…まだかなり距離がありますが」
「アウル殿、それは本当であろうな?嘘であったらタダでは済まんぞ?」
今俺に話しかけてきたのは護衛隊長だ。筋骨隆々でバカでかい大剣を操るナイスミドルだ。
「間違いないでしょう。ただの盗賊がこんなタイミングよく張っているとも思えません」
「であれば、情報が洩れていると考えるのが道理、というわけか」
「はい」
ここは帝国に行くには絶対に通らないといけない場所の一つらしいし、罠を張るには丁度いいというわけか。
人通りもそこまでないみたいだし、なおさら好都合だろうな。
「ただの盗賊であればいいが、そうでなければ少々厄介だな…」
護衛隊長が言うことはよくわかる。護衛対象を守りながら且つ倍の人数となるとかなり厳しい戦いになるだろう。
・・・本来であれば、だけどね。
「護衛は自分がします。いい練習になるでしょう。ルナとヨミは騎士の人たちと一緒に賊の確保をお願い。一人は確実に生かしておいてね?」
「かしこまりました!」
「ふふ、ギリギリのラインを見極める練習台になってもらうとしましょう」
・・・え、なんの?!怖くて聞けないよヨミさん!
怪しまれないように戦闘用意をしつつも、森の入口へと近づいた。
・・・動いた。これは完全に黒だな。
即座に伝声の指輪で2人に指示を送る。
「2人とも、敵さんは完全にやる気満々みたいだ。やっちゃっておしまい!」
水戸黄門ってこんな気持ちだったのかな?なんだか凄い楽しいんだけど。
2人とミレイちゃんを連れて、世直し行脚も悪くないかもしれないな。
アルフは『風車の弥七』で、ミレイちゃんは…『お銀』かなぁ?どちらかと言うとヨミが『お銀』っぽいけど。
『うっかり八兵衛』は…グラさんかな。
『なっ?!なんでこんなところに水艶と銀雷が?!こいつらは滅多に護衛任務は受けないんじゃないのか?!』
外からは賊らしきやつらの声が聞こえてくる。
そういや2人が護衛任務を受けているのってほとんど見ないな。なんでなんだろう?
「アウルは余裕そうね。2人が心配じゃないの?」
「心配は心配かな。相手が、だけどね」
「それはどういう?」
『ぎゃああああああああああ!!』
唐突に外から叫び声が聞こえたので外に出てみると、騎士たちは誰も戦っておらず、ルナとヨミだけが賊相手に戦っていた。
おおかた実力を見せようとしたんだろうけど・・・
「ちょ、ちょっとやりすぎかな?」
誰一人死んでいないのに、みんな足や腕が普通じゃないほうを向いている。
もはや前衛的なアートにさえ見えてくる。・・・というか少しグロい。
「助さん、角さん、そのへんにしておやりなさい」
「?はい」
「うふふ、私が角さんですか?」
おっと、さっきの流れでつい。
「こいつが頭目のようです」
「ふふ、30分頂ければ全ての情報を聞き出して見せますが?」
「ほどほどにね?俺も聞きたいことがあるから」
ということで待つこと30分。
歩くこともままならないのか、四つん這いで草むらから出てきた頭目。
さっきまでの好戦的な顔とは打って変わって、キリっとした顔をしている。
何があったんだ…?
「ご主人様、結果から言うとこいつらは何も知らないようです」
「えぇ?そうなの?」
「はい、なんでも仲間の誰かが帝都の酒場で酒を飲んでいるときに、ものすごい美人から情報をもらっただけのようです」
「…ものすごい美人?ちなみにどんな女性だったんだ?」
気になる。なぜだろう、すっごく気になる。いや、他意は無いんだけどもね?ほら、俺もそろそろ多感な時期というか。
「はい、両目の目尻に色っぽい泣きボクロのある女だったとか」
泣きボクロ!しかも両目だと?これで長髪巨乳なら言うことなしなのだがな。
「それも長髪巨乳のいい体だったらしいです」
いいっ!実にいいっ!敵ながら天晴である!
「・・・ご主人様?」
「うふふ、その女は私共にお任せくださいね。ね」
「はいっ!」
あぁ、とうとう俺にも龍が牙をむきそうだよ父さん・・・。
あれ、なんとなくだけど、皇女の顔が険しい気がする。どうかしたのか?
「・・・皇女殿下、大丈夫ですか?」
「私はその女性に、心当たりがあります」
「えっ?!誰です!?」
「その女性は、おそらく私の父の第三夫人でしょう。思えばあの女性が嫁いで来てからというもの、ちょっとずつ何かがおかしくなっていった気がします」
うわぁ…。凄く面倒な展開になりそうな気がするんだけど。
ご兄姉だけじゃなくて、まさかの義母まで敵かもしれないとか。
チョコレートに釣られてまんまと依頼を受けたけど、ちょっと後悔してきた。
これはチョコレートに限らず、いろいろと報酬を貰わないと割に合わないな。
俺の快適で優雅な農家生活を送るためにも、まだまだ必要なものはたくさんある。
そのための努力だと思えば安い投資だ。
「なんにしろ、皇女殿下は絶対に守りますよ。あなたに死なれては困るのでね」
じゃないと色々我儘を聞いてもらえないからな。
「ふぇっ?!」
「ご主人様?!それってどういう?!」
「うふ、ふ…敵にならないと思ったからこそ仲良くなれたのに…アウル様はいけない人ですね。…すこしお仕置きが必要かしら?」
「アウル貴様ぁぁぁ!!俺と戦えぇぇぇ!」
若い騎士もルナもヨミもなんで怒ってんの?!
「ア、アウル様…いえ、アウル。私を絶対に守ってくださいますか?」
「?当り前だ。絶対に守るさ」
「ふみゅぅ…」
何を言っているんだこの皇女様は。じゃないと報酬がもらえない上に、働き損になるじゃないか。
俺はなんとしてもチョコレートを手に入れて、みんなで一緒に美味しいチョコレートケーキを食べるんだ。
ミレイちゃんもルナもヨミも、両親もきっと気に入るだろう。なにより、シアが大きくなったら絶対に食べさせてあげたい。
あとは一応レブラントさんとミュール夫人、アリスとエリーにもかな。
国王は…まぁいいか。リステニア侯爵も黙ってなさそうだし。
こう考えると俺って王都に来ていろんな人と知り合えたんだなぁ。面倒事も多かったけど、王都にでてよかったこともあったんだ。。
皇女がなんかモジモジしているけど、トイレでも近いのかな。
ん…?
「えっと、ルナ?ヨミ?2人ともどうしたの?…それとそこの騎士様も」
「ご主人様、今のはギルティです」
「うふふ、アウル様がいけないんですよ?」
「アウル貴様ぁぁぁぁ!」
えぇ?!よくわからないけど俺が悪いのか?!
「うむ、モテる男はつらいな色男よ。……ものは相談だが、今日の晩飯には鹿肉を使った一品なんてどうだ?」
いや、晩飯の話はあとでいいだろ護衛隊長。どんだけ俺の料理気に入ったんだ!
俺は男にモテても嬉しくないぞ!
本話より【第4章:帝国お家騒動編】がスタートです。今後もひっそりと更新します。評価・ブクマ等して貰えたら嬉しいです。
私の小説を読んで、少人数でも「このご飯食べたい!」とか「今日のご飯これにしよ!」とか思ってもらえたらいいなって、最近思います。
皆様のおかげで【ネット小説大賞】受賞しました。双葉社様にて書籍化させて頂きます。




