ep.68 分岐点
少し長くなります。
1年1組との特別授業を無事に終えて以来、とりあえずは落ち着きを取り戻した。
3年生が何か仕掛けてくるかとも思ったがそんなこともなく、無難な日々が続いている。
最近モニカ教授があんまり学院にいないようだけど、聞いた噂じゃいろんな街を放浪しているらしい。
一応名目は研究のための出張らしいが、給料が上がったからどこかで酒でも飲み歩いているのだろうか?
まぁ、授業は他の教授がいるし実技もヨルナードがやってくれているからなんの問題もないのだが。
というか、未だにヨルナードに勝ててない。魔法を使えばいいのだろうけど、それを考慮してもヨルナードは本気ですらないからなぁ・・・。
ちなみに季節はもう秋へと移り変わり始めており、暑かった気温も少しずつ人肌が恋しくなる気温へと変わってきた。
いつもこの時期になるとクインの動きはちょっとずつ悪くなってきていたのだが、進化を経たクインはそんなのお構い無しに元気である。
今でも休日は一緒に迷宮へ潜って仲間の様子を見ている。ルナとヨミもついてきてくれるので、みんなでサンドイッチなどを食べてピクニック気分だ。
そう言えば肉串のおっちゃんの店も軌道に乗ったらしく、かなり繁盛していると聞いた。
試しに食べに行って見たけど、席はほとんど埋まっていて驚いてしまった。
まぁ、元々料理は美味しかったからポテンシャルは高かったんだよな。
あの肉串は他では食べられない程美味しかったし、そりゃ美味い上に目新しさもあれば流行るってもんか。
とまぁ最近の近況について確認したわけだけど、俺ってだらだらしたいはずなのに何かと忙しなく活動している気がする。
・・・前世で世話になった恩師には"苦労は買ってでもしろ"ってよく言われたっけ。
よくよく考えたら絶対嫌だよな・・・。苦労なんて無いに越したことない!
無難且つ平凡な暮らしが一番だよね。
「っと、着いたな。レブラントさんいる~?」
レブラントさんに学院祭のお礼も兼ねて挨拶に来たのだ。
もちろん料理の実を辛味に変化させて、粉状にしたものを手土産として用意している。
拳ほどの大きさの瓶に10個用意したけど、喜んでくれるといいな。
「おや久しぶりだねアウル君。ちょうど帝国に行商へ行って帰ってきたところだよ」
帝国か。3年1組には帝国の第三皇女がいるんだったな。
「学院祭では大変お世話になりました。お陰様でなんとか収益1位が取れました。これはそのお礼ってほどじゃないですが、よければどうぞ」
「これはご丁寧にありがとう。でもこっちも学院祭のお陰でかなり助かっているよ。より一層貴族とのパイプが太くなったからね。まぁ、ちょっとした問題もあるけど些細な事さ」
ちょっとした問題か…。恐らくだけど、有料で設置したお菓子のことだろうなぁ。
ただあれが無かったら3年1組には届かなかったんだからしょうがない。
「そんなことだろうと思いましたよレブラントさん。なのでいくつかレシピを用意しておいたので、上手く活用してください」
「・・・君には本当に驚かされるね。10歳そこらの子供とは思えないよ本当に。学院を卒業したらうちで働いてほしいくらいだ。レシピについては今まで通りでお金を用意しておくよ」
商人っていう選択肢も無くはないけど、俺はのんびり農業やるほうが性に合ってるんだよなぁ。
「ははは、買い被りですよ。それに俺は田舎でのんびり農家をやる予定ですから。ただ、レブラントさんとは今後ともお世話になりたいので、今度なにかプレゼントしますよ」
「それは残念だね。でもまぁ今後とも末永くよろしく頼むよ。それに君からのプレゼントだ、楽しみにしているよ」
その後も世間話をしていると、お土産の中身を見たのかジト目でこっちを見てくるレブラントさん。
ふいっと視線をずらすと、微かにため息が聞こえてくるがあえて無視だ。
「貰ってばかりでは商人として申し訳ないからね。…これはまだ未確認の情報だが、どうやら帝国で不穏な動きがあるらしいんだ」
「不穏な動き、ですか?」
レブラントさんが言うにはこうだ。
今、帝国では邪神教という宗教団体が悪事を働いているらしい。邪神教は昔から表舞台には出てこない裏の組織らしく、基本的に知っているのは各国の貴族や王族、一部の商人だけだと言う。
帝国ではその邪神教によって既にいくつかの村が無くなっていると言う。また、数人の貴族も殺されているらしい。今のところは帝国だけらしいが、今後はもしかしたら王国も危ういとのことだ。
そして何より、邪神教には異様なまでに戦闘力が高い者が多く、なにかしらの秘術を持っているのでは?と噂されているらしい。
他にも呪いを使うだとか恩恵を複数使う人間がいるだとか、色々な話があるそうだ。
「邪神教、ですか」
「うん。ただこの名前は迂闊には出さないほうがいいよ。・・・命を狙われるかもしれないからね」
「・・・分かりました。俺ももっと気を付けるようにします」
「まぁ、アウル君なら何とかしてしまいそうだけどね!」
そうしてレブラント商会を後にした。
にしても邪神教か。邪神教自体は初耳だけど、邪神については書庫で見たあの本に書いてあったな。
一応メモはしておいたけど、もう一度見に行ったほうがいいかもしれない。どこかに見落としがあるかもしれないし。
そういえば貴族が数人殺されたって言ってたな。・・・王国の宰相殺しももしかしたら邪神教による可能性もあるか?
考え事をしながら帰路についていると、あっという間に家に着いてしまった。
ルナ、ヨミ、ミレイの3人は女子会してくる!と言って出かけているので、家には俺一人だ。
まだ昼前だしみんなが帰ってくるのは夜だろうから、なんでもできそうだ。
ということで忘れる前にレブラントさんへのプレゼントを作るとしよう。
レブラントさんも一応魔法バッグを持っていたけど、あれはいくつあっても困らないだろう。
どうせなので使い勝手のいいものを作ってあげたい。それに、書庫で見た魔法陣を利用してみたいしね。
「とりあえずは試作かな」
魔物の革なんて選ばなければいくらでもあるので材料に困ることは無い。
魔物の革を加工してそれなりの大きさの頭陀袋っぽいものを作成した。
とりあえずで10個作ってみたけど、出来栄えとしてはかなりいいんではないか?
「あとは魔法陣と付与でどの程度の物が作れるかだな…」
書庫の本には基礎となる魔法陣が書いてあったので、今回はそれを使うことにしている。
ただ、魔法陣についてちゃんと学んだわけではないので半分以上が我流だ。
ただ、器用貧乏の能力のお陰である程度まではそこそこ出来るようになってしまう。
我ながらつくづくチートな恩恵だな。
結局その後もいろいろ試してみたけど、それっぽいものは出来る物の、容量が大した事ない物ばかりが出来上がってしまった。
出来上がったものの中では容量500kgの物が最高で、最小では30kgのものだ。思ったよりも魔法陣と言うのは奥が深いな…。
さすがにこれだけではアレなので、皆に渡している指輪の腕輪版を作成した。
障壁は2重で収納容量(10×10m、500kg)は同じ物だ。魔法を覚えさせたりはしていない。
恐らくこれでもやり過ぎなのかもしれないけど、レブラントさんには今後とも世話になる予定だしね!
気付けば昼飯を食べるのも忘れて作業に没頭していたみたいだ。
もうすぐ夕飯時だけど、気配察知しても帰ってくる感じではないので先に風呂へと入る。
久しぶりにゆっくり1人で入る風呂は物凄い気持ちがいい。正確にはクインも小さい桶で湯船にいるが。
湯船でふと浮かんだのはやはり邪神教のことだ。
「明日は学校だし、授業が終わったら書庫で少し調べてみよう」
もしかしたらまだ読んでいない本になにか情報があるかもしれないしね。
その後も一時間くらい湯船につかり、風呂から出たけど3人が帰ってくる気配が無い。
「もう夕飯の時間だぞ?流石に帰ってくるのが遅いと思うんだが、なにかあったか…?」
空間把握!気配察知!
本気の本気でみんなの居場所を探ると、3人が何人かに囲まれているのが分かる。
だが、少し遠すぎて相手の強さまでは分からないな…。
「数は10人だな。相手がチンピラか何かだったらいいんだが…」
すぐさま武器や防具を用意をして出発する。時間は夜っていう事もあるし今回はクインを連れて行こう。
全力の身体強化は当たり前だが、周りへの風障壁を発生させることで、風の抵抗を極限まで減衰できる。
「クイン、今は空間に隠れててね。行くよ!」
ふるふる!
2階の窓から風を切るように3人の元へと突き進む。
空間把握でわかるのは相手がすでに4人しかいないということ。なんにしろ戦闘は始まっているらしい。
場所は城壁の中だけどあの辺はたしか人通りが少ない裏路地あたりだったはずだ。
何故そんなところにいるのか気になるが、今はそれどころではない。
近づくにつれて相手の強さが何となくだが伝わってくる。魔力量や動きなどから推測するに、手練れが4人いるみたいだ。
いずれもルナとヨミに勝てるとは思えないが、周囲への影響を考えてか、実力が出せてないように思える。
伝声の魔道具を使っているのになぜか声が聞こえてこないし…。
あと数分で着くから無事でいてくれよ!
SIDE:ルナ
今日はヨミとミレイと3人で女子会なのです!女子会と言うのはご主人様に教えて頂いた言葉ですが、なんだかしっくりくるのでそのまま使っています。
お洒落して3人で王都でお買い物する予定で、前々から計画していただけに前日は楽しみ過ぎて7時間くらいしか眠れませんでした。
ご主人様はレブラントさんに用があるとのことなので、朝ご飯を一緒に食べたあと、すぐに出掛けてしまいました。
きっと私たちが遊びに行きやすいように気を使ってくれたのだと思います。本当に優しいご主人様です!
「ほらルナ。今日は遊びに行くだけと言っても、念のために装備はもっていくわよ」
そうでした。今や私とヨミはAランク冒険者。備えを怠ってはいけない。
普段は指輪の収納に入れているけど、手入れをしてそのまま寝てしまったので危うく忘れるところだった。
ミレイは私たちより4つくらい下だけど、今では姉妹であるくらい仲が良い。
ミレイも最近この家に引っ越してきて、一緒に住んでいる。物置だった部屋を片付けて、そこがミレイの部屋となっている。
そして今日はきっとご主人様にプロポーズされた話で持ちきりになるに違いない。私も詳しく聞きたいところだ。
正直かなり羨ましいと思うけど、私はまだ過去について話せていない。
…そろそろ話してもいいとは思うんだけど、話すことでご主人様に迷惑がかかるのだけは避けたい。
私の大好きなご主人様。叶うなら貴方のそばにずっといたいです。例えどんな形であったとしても。
「ヨミ!ルナ!準備できたよ!早く行きましょう!」
「ふふふ、そうね。天気もいいみたいだし、早く行きましょうか」
「はい!では行きますか!」
季節も変わってきているから、また可愛い服がたくさんあるかもしれません!
ミレイはあまりお金を持ってないみたいだけど、ご主人様からミレイの分という事でお金をたくさん預かっています。
それに私たちも冒険者として稼いだお金があるから、たくさん買えるしね!
「ふふ、ミレイったらまだ11歳なのに発育がいいわね?それにそんなセクシーな下着付けてたなんて意外ね」
「も、もう!からかわないでよ!それにヨミの方がセクシーな下着じゃない!」
「2人とも、声が大きいです!」
あたりを見ると女性だけだったので良かったけど、こんなところ男性に見られたら、恥ずかしすぎて記憶が飛ぶまで…ゴホン!
ちなみにお昼はご主人様と仲の良いおじさまの所で食べました。ご主人様が入れ込むだけあって、かなり美味しかったですね。
ミレイのプロポーズ話も聞きましたが、やっぱり羨ましいです。
私もいつかご主人様とそんな関係になれたらいいなぁ。
そのあとも何件も服屋を梯子して気付けば夕方になっていました。
夜ご飯はきっとご主人様が作っているだろうとなったので、今日はお開きとなったんですが…
「ねぇヨミ、私たちさっきからつけられてるよね」
「ルナも気付いた?…しかもこの感じだと人数もそこそこいそうね」
「えっ?私たちつけられてるの?」
ミレイは気付いてなかったみたいね。でもそれも仕方ないかも。かなりの手練れが数人いそうね。
「ヨミはどこの誰だと思う?」
「うーん、そうねぇ。良くてどっかの貴族の馬鹿の手下かな。最悪の場合だと裏の世界の住人かな」
「えっえっ?」
これはちょっと拙いかもしれないなぁ。
「ねぇルナ。こんなとこだと戦うのもままならないから、ちょっと遠くまで行きましょうか」
「そうね。ミレイもちょっと着いてきて。ここで離れるのは危ないから」
家に帰ってご主人様に頼ってもいいけど、せっかくの休日にご迷惑をかけるのも忍びない。
まぁ、私たちは指輪を付けているし死にはしないだろう。
身体強化で屋根伝いに人気のない所へと行くと、気配がぴったりと着いてくる。
「この辺でいいかしらね。ほら、早く出てきなさいよ!」
ヨミの掛け声とともに黒装束の人間が10人ほど、影の中から現れた。
『我々の気配に気づいて場所を移動させるとはさすがは水艶と銀雷か。だが、この人数を前にいくらお前らでもひとたまりもあるまい。それに、足手まといも一人いるみたいだしな』
足手まといってのはミレイのことかな?私たちと比べれば確かにまだ弱いけど、ご主人様にいくらか鍛えられているから、その辺の奴らよりは強いんだけど。
「それで?私たちに何か用かしら?」
『よくぞ聞いてくれた。と言いたいが、お前らに喋る義理はないのでな。早々に死んでくれ!』
黒装束のリーダーらしき奴が言い終えたと同時に素早い動きで迫ってくる10人。
ヨミとミレイと3人で背中合わせにすることで死角をなくし、魔法で迎撃を試みる。
「ねぇヨミ、こいつら4人を除いて大したことないよ」
「そうみたいね。ミレイも無理しない程度にね!いざとなったら障壁だけはって!」
「うんわかった!!」
周囲に影響が出ない程度に戦う事10分程度だろうか?
比較的弱い6人は倒すことができた。だが、やはり手練れの4人がかなり強い。
『なかなかやるようだな。覚醒もしていない割にはやるようだ。余程鍛えているとみえる』
覚醒ってなんだ…?聞いたこと無いな。それにしてもこの人達の戦い方、昔どこかで…
それに最初こそ背中合わせで戦っていたが、相手の決死の攻撃のせいで分断されてしまった。
ミレイはヨミと一緒に行動しているみたいだし、問題ないだろう。
『ふん、これ以上は時間がないな。お前らのご主人様とやらももうそこまで来ているみたいだしな』
えっ、ご主人様が?!・・・本当だ!もうすぐそこまで来てる!
『今日の所はこれで退いてやるが…。時に銀雷のルナよ。いや、ルーナリアと呼んだ方がいいか?』
「?!なぜその名前を!」
『ふははは、やはりあのお方が言っていた通りだったか。いいことを教えてやろう。お前の――――――――おっと、お前のご主人様とやらが来る前にずらかるとしよう。いいか、あと数年で世界は変わる。その足掛かりとなる第一歩はもうすぐだ』
そう言って黒装束は去っていった。
「ルナ大丈夫?!」
「ルナ~!」
「こっちは大丈夫。どうやらご主人様がこっちに来るのを察知したのか、逃げたみたい」
その後1分もしないうちにご主人様が到着して回復をしてくれた。
表面上は喜んで抱き着いたりしたけど、心の中はもやもやでいっぱいだった。
SIDE:アウル
現場に着くと倒れている黒装束が6人いるだけで、残りの4人はすでに逃げたようだ。
3人に話を聞いたが、特に有用なことは言っていなかったらしい。
ひとまずみんなが倒した6人を縄で縛って家へ連れ帰ろうとしたら、すでに自殺した形跡がある。
かなり徹底した集団のようだ。こいつらを国王に渡しておけばなにか分かるかもしれない。
明日ルナとヨミに行ってもらうとしよう。
家へ着いて3人から改めて話を聞いたが、やはりヒントになる様なことは言っていなかった。
伝声の魔道具が使えなかったのも、何かしらの対策がされていたと考えられる。
しかし、3人を狙った理由とは一体何なのだろうか?
「うふふ、ご主人様!助けに来てくれて嬉しかったですよ!」
「私も!ヨミとルナが守ってくれたけど、とっても怖かった!」
「…私も嬉しかったです」
ん…?なんとなくルナの調子がおかしい。気のせいか?
「とにかく、ミレイちゃんはなるべく一人にならないようにね」
最初こそ恥ずかしがっていたが、俺がプロポーズしてからは一緒にお風呂に入ることが多い。
ミレイちゃん曰く「ルナとヨミには負けてられない!」だそうだ。
ルナとヨミに何か言ってもいい気がするが、それはしないので何か取り決めでもあるのだろうか?
俺も汗をかいたのでもう一度風呂に入ろうとなったのだが、ルナは少し疲れたらしくあとで一人で入るそうだ。
「ルナはおそらく一番強いと思われるリーダー格を相手に奮闘していましたからね」
あとで回復魔法をもう一度かけてあげよう。
にしてもミレイちゃん!ヨミの真似して最近かなり大胆だよね!?
あっーーーーー!!
「ふふふ、ミレイ上手いわよ」
「す、すごい…。こんなにたくさん…!」
夜みんなが寝静まり、おれもウトウトしていたころ、扉がノックされた。
「ん・・・?どうぞ・・・?」
「失礼しますご主人様」
入って来たのはルナだ。それに服装が薄着でかなり扇情的な気がする。なんだか良い匂いまでするし、今のルナはなんだか色気が凄い。
「こんな時間にどうしたんだ?」
聞くや否やルナは部屋全体に障壁を展開した。
どうしたのかと思っていると、椅子へと腰かけたルナはポツポツと語り始めた。
「私には一人の妹と父と母がいました。とある小国でひっそりと生活していたのですが、あるとき国に邪神教という宗教集団がやってきたのです。私の両親はその宗教団体の排斥運動をするグループの纏め役をやっていたのですが、邪神教というのは過激で、私の身を案じた両親は逃がすために国外である王国のルイーナ魔術学院へと入学させました。妹は年齢が足りなかったので、仕方なく両親のところに残ってしまいましたが・・・」
邪神教・・・。まさかルナが邪神教を知っているとは思わなかった。
というよりかなり根深く関わっているのかもしれんな。
「学院に入ったはいいものの、私は家族のことが心配で勉学が全く身に着かない時期がありました。しかし、両親から手紙が届き、そこにはとりあえず邪神教を鎮静化することに成功したと書いてあったのです。私も独自に調べましたが、行商人の方に聞いたら本当だと言っていたのでそこからは勉学に励みました。それからも数ヶ月に一度のペースで手紙が届くので安心していたのです。しかし、いざ卒業して家へと帰ると誰もおらず、荒らされた家と夥しい量の血があっただけでした」
邪神教を鎮静化…?それだけの暴動になれば、近隣の国がもっと騒いでもいいような気がするのだが。
「そこから私は手紙を読み返しました。読み返して初めて気づいたのですが、途中から僅かにですが両親の字とは違っていたのです。今となっては誰が書いた手紙だったのかはわかりませんが・・・。あれだけ派手に活動していた邪神教も鳴りを潜めていて、打つ手はありませんでした。私も邪神教について調べましたが全く情報がつかめずに、家族の死を半ば受け入れていた時です。邪神教は私の命を狙ってきたのです。懸命に戦いましたが当時の私は弱く、手と目を怪我してしまいました。なんとか生き残るために、奴隷商へと身を隠したのです。名前を無いものとしたのも、追っ手を撒くためだったのです」
ヨミの過去もなかなか壮絶だったが、ルナの過去もなかなかなものだな。
いくつか引っかかる点があるが、聞いていいもんかねぇ…。
「それで俺に買われたってわけね。どうして急に言おうと思ったの?」
「・・・今日襲ってきたのが、邪神教の可能性があるからです。私のせいでこんなことに巻き込んでしまった可能性があると思うと黙ってはいられませんでした」
そういうことか。今日元気が無かったのもそれが原因だったんだな。
「気にするな。みんな無事だったんだしそれに、そうと分かれば対処のしようもある」
「いつもすみませんご主人様」
カタカタと小刻みに震えるルナの手は、俺に嫌われるのではないかと不安だったんだろう。
そっと抱きしめてやると抱きしめ返してくるルナの感触が心地いい。…というか発育がいいな。
そのまま抱きしめあうこと15分が経った頃にルナが離れた。
「ありがとうございましたご主人様。ようやく眠れそうです」
「あぁ、ぐっすり眠ってくれ。おやすみルナ。過去を教えてくれてありがとう」
あれ、俺も急に眠くなってきたな。夜も遅いし、早く寝なきゃ。
何となく眠りに落ちる間際にルナが喋る声がしたあと、唇に何かが当たった気がしたが、猛烈な睡魔には勝てず、結局なんだったのかは分からなかった。
SIDE:ルナ
私の愛しいご主人様がやっと眠られた。睡眠の御香が全く利かないのには本当に焦った。
「ごめんなさいご主人様。・・・心よりお慕い申しております」
かわいいご主人様の口へと生まれて初めてのキスをする。そしてこれが最後のキスになるかもしれない。
ミレイとヨミには悪いけど、許してね。
本当は純潔も貰って欲しかったけど、さすがにそれは我儘だよね。それに、戻ってこれたらその時は貰って欲しいな。
部屋に戻り、ミレイとヨミ、そしてご主人様宛ての手紙を書いた。
奴隷契約は一番緩いものであるため、自由に動いたとしても大きな支障はない。
唯一の繋がりでもある契約を破棄したくなかっただけとも言えるが。
でもこれ以上みんなを巻き込むわけにはいかない。それにやっと家族の情報が手に入るかもしれないのだ。
まだ真っ暗の外に出ると、邪神教が言っていた言葉が頭の中で繰り返される。
『ふははは、やはりあのお方が言っていた通りだったか。いいことを教えてやろう。お前の両親は生きている。そして、妹もな。我らと共にくれば全てを教えてやる。明日の朝までにまたここへ来い、そうすれば両親と妹に会わせてやる』
きっとここが私の分岐点なのだ。
「では、行ってきます」
いつか必ずまたここへ帰ってくると誓って…
SIDE:アウル
朝目覚めると頭が少しぼーっとする。
夜にルナが来て過去について喋ってくれたが、きっと完全に全てを打ち明けてくれた訳ではないだろう。
例えばルナが貴族又は王族出身であることとかな。
隠していたのかもしれないが、邪神教について知っているのは貴族か王族または一部の商人のみ。
そして排斥運動のリーダーを商人がやるとは思えない。よってルナは貴族か王族出身という事が分かるのだ。
そして王族か貴族だった場合、家族が殺されても何も情報が無いとすると、おそらくその国は滅んでいる可能性が高い。
でなければ大問題になっているはずだからだ。
卒業したと言ってもまだ13歳かそこらだろう。きっと身寄りもなく辛かったはずだ。
それに奴隷商に入るにも身分と言うのは重要になってくるはずだ。カスツールに聞けば何か分かるかもしれないが、ルナが隠していることを暴いたりは極力したくない。
きっとまた心の整理がついたら打ち明けてくれるのを信じて待つのが男だ。
とは言え、昨日の今日で不安だったので、念のためにルナの部屋に行くと…
そこには3通の手紙が机の上に残されており、ルナの姿はどこにもなかった。
細々と更新します。
評価・ブクマしてもらえたら嬉しいです。
【外伝】もたまに更新しています。




