ep.65 書庫ニ眠ルモノ
俺は今、書庫に籠って本を読んでいる。紛らわしいのでもう一度言うが、図書室ではなく書庫だ。
学院祭が終わり、学院長から豪華賞品が配られることとなったのだが、その豪華賞品が思いのほか凄かったのである。
俺以外はみんな『学食のタダ券1年分』を貰っていた。ここの学食は金貨3枚とかする高級なものも置いているが、それもタダ券で食べられるというから凄い。
値段に関係なく1食1枚で食べられるのだから、平民としてはありがたいし貴族にとっても飯代をお小遣いとして使える。
俺はと言うと、学食にはもう興味はないのでもっぱら弁当派だ。
昼は比較的にミレイちゃんと食べることが多くなっている。いつも昼時になると誘いに来るので中庭だったり屋上だったりと色々な所で食べている。
話が逸れたが、俺が貰ったのは『書庫への入室許可』だ。この学院には珍しい書物が数多く所蔵されているらしく、その希少性は計り知れない。
この選択肢を選ぶことができたのは、ひとえにミレコニア先輩のおかげだろう。
学院祭で俺が接客しているときに買いに来てくれたので少し話したのだが、その時に書庫の存在を教えてもらったのだ。
本来、この選択肢は生徒にはあまり知られていないらしく、モニカ教授も驚いていた。
実際に書庫にて本を読んでみたが、収められている本はかなり貴重なものばかりだと思う。思うというのはまだまだ本は読みきれてないから判断しきれていないだけだ。
今はこの学院を創設したルイーナ=エドネントが書いたこの国の歴史について読んでいる。
なぜか分からないがこの本が気になって仕方なかったというか、うまく言い表せられない。見た目はただの古ぼけた汚い本なのだが・・・。
ルイーナ=エドネントが記した本は興味深い研究についても数多くかかれていた。ただ所々文字が掠れていて読めない部分もある。それでも時間を忘れて読み進めていくうちに、気になる一文があった。
『私の長年の研究の結果、この世界には凶悪な邪神が封印されていることが分かった。
その封印を解くには、10番目の場所から1番目の場所にかけて順にその場所を守る主を倒すことだ。逆に、その封印をより強固なものにするには1番目の場所から10番目の場所へと順番にその場所を守る主を倒せばいい。
この本を見つけることができた君がこの世界を好きだと思うならより強固に。逆に嫌いだと思うなら封印を解くといい。いずれにせよ封印は更新しなければいつか解けるだろうが、自然に封印が解けた場合の被害は想像できないほどに大きいだろう。
ただいつ封印が自然に解けるかは研究しても最後まで分からなかった。自分で解いた場合は凶悪な邪神の力の一端を得ることができると思われるが、あまりオススメはできない。場所についてだが・・・』
ここから先は文字が掠れていて読めなくなっていた。要約するとこの世界には邪神というものがいるらしい。
本当かどうかの真偽のほどは分からないが、その1〜10番目の場所というのを探して旅をしてみるのも面白いかもしれない。
ただヒントとなる物が少なすぎて、探そうにも難しそうだ。まずは歴史に詳しい人を探さないといけないなぁ。
ひとまず気になった部分をメモして、読み進めることにしよう。
・・・・・
結局そのまま読み進めても色々な研究結果だけが書かれており、あまり面白そうな話はなかった。
この本が書かれたのはかなり昔のようで、当時ルイーナ=エドネントが研究していたであろう魔術理論が書かれていた。
彼は魔法陣で発動する事象を『魔術』と呼び、詠唱で発動するものを『魔法』と呼んでいたようだ。
俺は基本的には無詠唱による魔法の発動だが、今の魔法の基本は詠唱である。しかし、ルイーナ=エドネントが提唱しているのは魔法陣による魔術理論だったのだ。
両者ともにメリット・デメリットがあるため、どちらがいいとは言い難い。
魔法陣は一々魔法陣を書かないといけないし、事前に羊皮紙等に魔法陣を書いておいてくとしても、かなり割高な魔法になってしまう。だが、メリットとしては隠密性が高い上に魔法の威力も高いのだ。
逆に詠唱はその場ですぐに発動ができる上に、誰にでも使えるため汎用性が高いのだ。魔法陣に比べると隠密性も悪いし魔法の威力も劣るが・・・。
ただ、魔法陣というのはかなり面白いかもしれない。ゴーレムに応用すればもっと面白いものが作れる気がするし、幅広く使えるかもしれない。
というか魔道具とかには基本的に魔法陣が使われているのか?
この辺は学年が上がれば学べるだろう。1年目は基礎となる勉強と体作り、簡単な魔法理論ばかりでつまらないしな。
2年目になれば授業も選べるようになるみたいだし、もう少しの我慢か。
俺も早く魔道具について学んでみたい。今の俺の作品はほとんど力技だもんな・・・。まぁ、それでもかなり性能は良いと思うけど。
数日かけてその本を読み終え、書庫にある本の中で『1~10の場所』についての記載がある本を探したが、一向に見つからなかった。
「なんか流石に疲れてきたな。場所も地下で気が滅入るし・・・。読書週間は一旦これで終わりにしよう」
明日は休みだし、気分転換に2人と迷宮攻略するのも悪くないな。
なんならミレイちゃんも誘ってみよう。指輪も作ったから渡したいしね。
あとは辺境伯の所に挨拶に行ってミレイちゃんの件を話さねば。本に夢中ですっかり忘れていた。
最近ジト目気味だったのはそういう事だったのか。危ない危ない。
という訳で辺境伯の屋敷へとアポをとりに向かった。
「そこで止まれ。その制服、学院の者だな?辺境伯様の屋敷に何の用だ?」
「私はアウルと言います。辺境伯様の治める領地の村出身の者です。ミレイに会うのと、辺境伯様にお話があってきました。今日はそれの先触れです」
「あぁ、君がアウル君か!話は聞いているよ。君が来たらすぐに通していいと言われているんだ。身分を証明するための学生証かなにかあるかい?」
学生証・・・?あぁ!そういや制服と一緒に送られてきてたっけ!確か収納に入れてたはずだ。
「これでいいですか?」
「どれ・・・うむ。問題なさそうだな。付いてきてくれ」
門番らしき人の後ろについて辺境伯様の屋敷へと入っていくが、今考えると王都の方の屋敷に入るのは初めてかもしれない。
「あれ、アウルだ!やーっと来たんだ?」
偶然通りかかったミレイに皮肉たっぷりに言われてしまった。
俺が悪いのでぐうの音も出ないのだが・・・。
というかメイド服なのが気になる。住ませてもらう代わりにメイドでもやってたのか?
「遅くなってごめんね?今度美味しいお菓子御馳走するよ」
「ふふふ、約束だよ!じゃあお願いね!私は準備してくる!」
そう言ってメイド服を翻して走って行ってしまった。やはり美人は何をしても絵になるな。
「ちっ・・・」
門番の人から舌打ちが聞こえたけど気のせいだよね?!
「ここで少し待て。今係を呼んでくる」
・・・うん。気のせいだったようだ。この門番さんも凄い笑顔だし、きっと気のせいなんだ。
屋敷の入り口のエントランス部分で待っていると、見たことがある執事がいた。
「あれ、ジモン・ローランさんですか?」
「おや、私の弟をご存知でしたか。私はジモン・ローランの兄のジモン・ルーランと申します。以後お見知りおきを」
お兄さん?!にしては顔が瓜二つだな。というかローランとルーラン。
・・・なんだかあと3人兄弟がいそうと思うのは俺だけか?
「ちなみに私は5人兄弟ですよ兄が2人と妹が1人と弟が1人です」
「?!顔に出てましたか?」
「いえ、なんとなくの勘です。案内しますのでこちらへどうぞ」
執事と言うのはもしかしたら超能力か何かを持っているのかもしれない。
ルーランさんの後ろを歩きながら屋敷に目をやると、高そうな調度品が上品に配置されている。
厭味ったらしくない上に、見ていて飽きさせない配置の仕方。これをそろえた人は相当センスがいいだろうな。
「調度品はすべて奥様が揃えられたものですよ」
「・・・声に出てましたか?」
「いえ、執事の勘というやつです」
やはり執事と言うのは凄いようだ。こんなことなら俺も執事が持てるくらい凄い人になってみたいとすら思う。
「ではここでお待ちください。今呼んでまいりますので」
ルーランさんと入れ替わりでメイドが入ってきて紅茶を出してくれる。
例に漏れず獣人のメイドさんだったのは、俺が密かに獣耳に萌えを感じているのを察知されたのかもしれない。
ルーランさんの前では獣人メイドさんを凝視しないようにしていたんだけど・・・。
応接室のようなところで待つこと15分程度でランドルフ辺境伯がやってきた。
「久しぶりだねアウル君。いや、学院祭で一度会っているから久しぶりと言うほどでもないかの」
「いえ、あの時は大したおもてなしも出来ずに申し訳ありません。ミレイから辺境伯が王都に居ると聞き及びましたので挨拶に参りました」
「そんなに固くならなくてもよい。用件はミレイについてじゃろ?ミレイから聞いておるよ」
「はっ、その通りです。ミレイは私の幼馴染ですし、いつまでも辺境伯の元でお世話になるのもどうかと思いまして」
「・・・別に彼女は私の推薦した子だから別に構わんが?」
あれ・・・?すんなり話が通ると思ったのに、雲行きが怪しいな。この人なにを考えているんだ?
「それに、まだうら若いお主らが一つ屋根の下というのは些か問題のような気もするがの?」
ランドルフ辺境伯は抑えているようだが、口元はわずかに緩んでおり、俺をいじって楽しもうとしているのが見え見えである。
こんな時は敢えて強気に出るのがいいのだ。堂々とすれば逆にいじれないだろう。
「いえ、問題ありません。俺はミレイが好きですし、何かあっても責任は取りますから」
「ほう!よく言ったぞアウル。それでこそ男だ。・・・だそうじゃぞミレイ!今日からアウルの家で世話になりなさい。学院でかかるお金についてはすべて私が持つから心配はいらないぞ」
・・・ちょっと待て。だそうじゃぞて、どういうことだ?!俺の気配察知には反応ないぞ?!
「おやアウル、焦っておるな?ミレイならば最初からこの場におるよ」
この場にいるのは俺と辺境伯とルーランさんと獣人のメイドさんだけだ。
「私の偽装魔法も捨てたもんじゃありませんなぁ」
ルーランさんが言い終えた後に指を鳴らすと、さっきまで獣人だったメイドさんはミレイへと変わっていた。
「なっ?!」
「驚きましたかな?偽装魔法は私の固有魔法なのですよ」
当の本人は顔を真っ赤にさせて俯かせているし、本当にやっちまった!
おのれ辺境伯め~!!
ニヤニヤしやがってぇ…。この借りは絶対に倍にして返してやるからな!!
「えっと、その…よ、よろしくお願いします・・・!!」
「あ、こ こちらこそよろしくお願いします…!」
辺境伯の介入があったが、なぜかプロポーズしてしまった俺だった。
せっかくなのでこのまま用意していた指輪も渡したのだが、それで、泣き出してしまうミレイちゃんだった。
「アウルよ。お主こうなると分かってて指輪を用意しておったのか?それもあんなに高価そうなやつを。お主も存外、隅におけんのう」
「・・・・・」
もう辺境伯を敬うのを止めようと決意した瞬間であった。
アウルが辺境伯の家でプロポーズをしている頃、学院の書庫ではアウルの読んだルイーナ=エドネントの本が怪しげに明滅していた。
細々と更新していきます。
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