ep.61 学院祭②
「という訳だから、冒険者の仕事が忙しい所悪いけど食材確保をお願いしてもいいかな?」
「はい!もちろんです!」
「ふふ、たっぷりと集めておきますね」
「せ、節度をもってね…?」
サンダーイーグルには悪いが、美味しくいただくので成仏してほしい。南無。
ん?なんだか2人がこそこそ話しているみたいだけど、大丈夫かな…。何も企んでなきゃいいけど。
にしてもあの2人のやる気が半端ないが、やっぱり頼られるのが嬉しいのだろう。
あと、当初予定していたヤンニョムチキン風だが、コチュジャンに使用する唐辛子の確保が難しいことに気が付いた。
この世界ではまだ香辛料はあまり出回っておらず、高級品だ。胡椒は比較的出回っているが、唐辛子は見たことが無い。
餅は餅屋。困ったときのレブラントさん頼みってことで、商会の前に来ています。
レブラント商会に入る前に様子を窺うと、皆が皆忙しそうにしている。今日も繁盛しているらしい。
そうしているとレブラントさんと偶々会えたので、少し話す時間を作ってもらえた。
「『トウガラシ』かい?うーん、聞いたことがないなぁ」
「そうですか・・・」
頼みの綱であるレブラントさんも知らないらしい。もしかしたら唐辛子自体の存在が認識されていない、または唐辛子がない可能性もある。
それをいまから見つけるってのは難しいな。
「でも…」
「はい?」
「参考になるか分からないけど、帝国の辺境のある村では辛い物を好んで食べる村もあるそうだよ。帝国に行商に行った際にその香辛料を買い付けようと思ったら、村の人たちが頑なで買えなかったけどね。名前は確か『レッドチリ』とか言ったかな?」
それだ!赤唐辛子や青唐辛子はレッドチリやグリーンチリとも呼ばれている。もしかしたらそこに行けば手に入るかもしれない!
「レブラントさんその村の場所を教えてください!」
「それは良いけどかなり遠いよ?馬車で往復しても15~20日はかかる距離だけど大丈夫かい?」
15~20日?!それはさすがに厳しい。交渉にも時間がかかるかもしれないし、俺が最速で走ったとして、安全側に見積もって10日はかかるだろう。
「それはちょっと、厳しいですね」
「今更だけど、何に使うつもりだったんだい?」
レブラントさんに学院祭の出し物で屋台をやること、そこで香辛料をふんだんに使ったものを売ろうとしていることなどを説明したら、爛々と目を輝かせていた。
「アウル君はまた楽しそうなことをしようとしているんだね。良かったらそれ私にも一枚噛ませてもらえないかい?無論、協力は惜しまないよ」
今や王都でも有数の大店となったレブラント商会の力を借りられるとなったら、百人力だろう。宣伝や細かい材料や休憩スペースの装飾などをお願い出来るかもしれない。
「レブラントさんならそう言うと思ってました。詳細ですが…」
結局そのあと、出し物の集客方法やコンセプトを説明していくと、この世界ならではの宣伝方法を教えてもらえた。それを踏まえて全力のバックアップをしてもらえることになった。
他のクラスも貴族の力を当たり前のように使ってくるんだから、これくらい別にいいよね?
話し合いが終わると、また忙しそうに仕事へと戻っていった。話によると最近力をつけてきた商会があるらしく、負けていられないらしい。
レブラントさんとの打ち合わせを終えて、いろいろ考えごとをしながら歩いていると、人にぶつかってしまった。
「あ、すみません。考え事をしていて前を見てませんでした」
「坊主、歩くときは前を見て歩くんだ・・・ぞっ?!」
意外と優しい見た目ヤクザな人だったのだが、俺の顔を見た途端に驚いたように見える。
あれ、この人に会ったことないよな。・・・もしかしてどっかで会ったことあったか?
「えっと、大丈夫ですか?」
「あ、えっと、坊ちゃん。私なら大丈夫ですから!ではこれで!!」
なんだったんだ??
「最近急激に力をつけてきたナル・・商会のトップがヘコヘコする子供って一体何もんだ?」「しっ!関わらないのが一番よ!」
周りの人たちのひそひそ話が聞こえてくる。
商会の名前は上手く聞き取れなかったけど、さっきの人はどこかの商会のトップらしい。
商人なら俺のことを知っていてもおかしくは無いのか?露店の商人でさえ知っていたんだもんな。
結局、唐辛子の目途は立たずじまいのまま家へと着いてしまった。
どうしたもんかとぼんやり庭の畑を歩いていると、順調に育っている作物たちが目に入る。
適度に魔法で促成栽培しているおかげで、有り得ない程早く育っている。
気になっていた迷宮産の謎の種もすくすく育っているのだが、見たこともない実をつけている。
おそらくもう収穫できるとは思うのだが、未知すぎて判断のしようがないというのが現状だ。
なにせ見た目がやばい。形や大きさは梨なのだが色は真っ白で、黄色い三日月型の模様が表面にいくつも浮かんでいる。
見るからにヤバそうなので、怖くて未だに収穫していない。突然動き始めるんじゃないかと心配になるほど不気味なのだ。
「ご主人様~!ただいま帰りました~!」
「うふふ、お肉たくさん確保してきました」
畑で収穫するかしないか葛藤しているとルナとヨミが帰ってきた。
「おかえり2人とも。ありがとう、お肉はあとで貰うよ」
「ご主人様は畑で何されていたんですか?」
「実は迷宮産の種が順調に育って実をつけてそろそろ収穫できると思うんだけど、これがなんなのか判断付かなくてどうするか迷ってたんだ」
「あ~確かに気持ち悪い見た目ですねぇ」
ヨミも俺と同意見のようだが、ルナは驚いた顔をしている。何か知っているのか?
「えっと、ルナはこれが何か知ってるのか?」
「え、えぇ。子供のころに聞いたことがあります。その見た目多分間違いなく『料理の実』です」
「「料理の実?」」
ヨミと見事にハモってしまったが、まったく聞いたことが無い実の名前だ。
「はい。料理の実というのは名の通り料理に使われるのですが、その使い方が特殊なのです。料理の実に属性を込めて魔力を注ぐと味が変質するのです」
ルナ曰く、料理の実というのは昔はよく迷宮で取られることがあったらしいのだが、最近ではなぜか全く見かけなくなった希少食材らしい。
その性質も変わっていて、込める魔力の属性によって味が異なると言うのだ。
火:辛味
水:旨味
風:甘味
土:塩味
雷:酸味
氷:苦味
なのだという。空間属性や無属性、聖属性だと、味のない実になってしまうらしい。
あれ?ってことは火属性の魔力を込めれば唐辛子の代わりになるんじゃないか?
実はまだまだたくさんあるわけだし、種も十分余っている。
なんなら迷宮に籠ればまだまだたくさん種が手に入るかもしれない。ハズレだと思ってたけどこれはとんでもないものかもしれない!
さすがは迷宮産と言ったところか!
早速、発酵の要らないなんちゃってコチュジャンを作ってみようと思う。
①鍋に水、砂糖、蜂蜜を入れて火にかける。沸騰したら弱火にして味噌を入れる。
②味噌が溶けたら再沸騰するまで待機。
③唐辛子の代わりに、火属性の魔力を込めて細かく刻んで乾燥させた料理の実を加える。
※乾燥は魔法で
④そこに塩と油を混ぜ入れて完成!
本当は酢を入れたいけど、ないので今回は我慢だ。
もっと言うとごま油が良いのだが、ゴマが見つかっていないので風味が一番ゴマ油に近い物を使用してみた。
肉に軽く下味をつけてから揚げを作り、そこになんちゃってコチュジャンを和えて炒める。
最後にゴマをかけたいが無いのでこれでヤンニョムチキンの完成だ。
ついでなのでピタパンに葉野菜と一緒にして食べてみたが、かなり美味い!
庶民の食べ物っぽいが、大量の香辛料を使っているので貴族でも食べてくれるだろう。
もしかぶりつくのが嫌なら、別途皿でも出せるしね。
「ご主人様これは凄いです!こんなにたくさんの香辛料を使った料理は食べたことが無いです!」
「口の中でピリッと広がる辛味が食欲をそそりますね!」
料理の実で作ったコチュジャンは普通の唐辛子で作ったものと遜色ない味だと思う。
・・・これって火と水の魔力を込めたら辛味と旨味を兼ね備えたものが出来上がるのでは?
実験がてら試してみたらとんでもない物が出来上がってしまった。
ということは、これがあれば塩味も甘味もいらないじゃないか!
・・・と思ったが、そう上手くはいかなかった。
辛味と旨味は共存したが、甘味と塩味の共存は無理で、より多く込めた属性の魔力に偏るらしい。
全く同じ量の魔力を込めた場合、何とも言えない不味い味に仕上がってしまった。
他の味と共存できるのは旨味だけだったようだ。
しかし、これのお陰でより一層美味しい簡易コチュジャンが作れた。
もっと言うと、旨味だけで作れば即席のうま味調味料にもなると言う便利食材だった。
「確かにこんなに便利なものがあったら乱獲されそうだね」
「はい。迷宮産ということもあり際限なく取ったところ、ある時を境に取れなくなったと聞きました」
迷宮内の資源はリポップするのが当たり前だと思っていたが、例外もあるようだ。今後は少し気にかけておいた方がいいかもしれないな。
なにはともあれヤンニョムチキンの目途は立った。旨味を加えたもので再度作ってみたが、絶品だった。
屋台と言うのが信じられない程美味しく仕上がった。
ピタパンについても問題ないし、必要になりそうなものはレブラント商会やルナとヨミに頼めば何とかなる。
これはなかなかいけそうな気がしてきたぞ!
学院祭2週間前になると授業は午前中だけで、午後からは準備に充てることができるらしく、急ピッチで屋台や休憩スペースが作られた。
なお、休憩スペースは俺とレブラントさん、さらにはルナとヨミ監修のもとかなり凄い物が完成した。
自重が全くないソファーやテーブルを惜しげもなく採用した。
これはレブラント商会の商品の宣伝も兼ねているので、俺に火の粉が降りかかることは殆ど無いだろう。
・・・ないよね?
屋台やのぼりもかなり見栄え良くできたと思う。
平民の子供たちはかなり手先が器用だったみたいで、細かいところまで気合が入っている。
接客はクラスでも美男美女を選りすぐり、前世の記憶から日本のおもてなし精神を少し浸透させた。
調理班は何度も何度も練習させて、当日でもそつなくこなせるように猛特訓させた。
自分たちが作った料理の味を知ると言うことでみんなで試食会を開催したら、蕩けるような顔をしていたので、味も問題ないだろう。
接客要員の服装も可愛いものとカッコいい物を特注で作成した。以前世話になった服屋に頼んだら快諾してくれたので助かったな。
立地もモニカ教授がかなり頑張ったのか、なかなか広い上に人通りも多い所が確保できている。
1年の10組というだけで侮られそうだが、一体どういう手を使ったのかは不明だ。
色々あったが準備は整った。準備に奔走していて、気付けば明後日が学院祭初日である。
準備もほとんど終わり、明日は調整と確認、事前の下拵え等をするのみである。
教室にみんな集まって打合せをを終えたタイミングでモニカ教授が入ってきた。
「よ~しお前らよく頑張ったな。私が今まで担当したクラスの中でも一番期待できそうな気がするよ。ただ、学院祭は何が起こるか分からない。3日間死ぬ気で頑張ってほしい!あとは全力で楽しめ!以上だ!」
モニカ教授にしてはかなりやる気に満ちている。俺たちの熱意に感化されたのかもしれない。
これは俺たちも負けてられないぞ!
みんなで円陣を組んで意思統一したところで解散となった。
次の日も粛々と準備を進めて、とうとう学院祭当日を迎えた。
細々と更新します。
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