ep.56 入学式
俺は今家に届けられた制服に袖を通し、学院へと行く準備をしている。ルナとヨミが着せるのを手伝うと言って聞かないので、為されるがままだ。
制服はブレザー形式で、ネクタイを巻いている。事前に受付で聞いた話だとネクタイの種類で平民、商人、貴族、王族などが分かるようになっているらしい。もちろん女の子はリボンだ。
生徒はみな平等と言っておきながら、こういう所で区別しているのにはなんだか違和感を感じるが、俺としては分かりやすくて楽だ。
朝の畑の世話はしてあるのであとは帰って来てからでいいだろう。
「じゃあ俺はもうそろそろ行くけど、2人はどうする?」
「私たちは一刻も早くSランクになる為に依頼を受けようと思います」
「なるべく日帰りできるものにしますが、数日かかってしまう場合もありますのでその時はご報告します」
うん、ちゃんと考えてくれているみたいだな。
「わかった。もしちょっかい出されそうになったら俺の名前を出していい。貴族なら大抵は知っているだろう。もしそれでもダメなら力ずくでいいからね」
「なるべくそうならないように努力いたします」
「ふふふ、心配性なんですね」
「俺は2人にちょっかい出されるのは凄い嫌だからね。だから我慢は駄目だよ。これは命令だからね」
2人は目を見合わせてキョトンとしている。俺何か変なことでも言ったか?
「はい!かしこまりました!」
「ご主人様、大好きですよ」
「あ!ヨミずるい!私もお慕いしております!」
ふふふっ。女は3人寄ればと言うが、2人でも充分に姦しいな。本当に困ったもんだ。
「ありがとう2人とも。それじゃあ行ってきます」
「「行ってらっしゃいませご主人様」」
メイド姿の2人に見送られ、学院までの道をゆっくりと進む。
入学式は昼からなのでまだ時間は2時間以上ある。ちょっと早く出たのは学院の中を探検してみようと思ったからだ。
ちょっと寄り道して肉串のおっちゃんのお店に寄る。
肉や海鮮などを卸して何本かその場で焼いてもらった。これで今日のお昼ご飯は確保だ。ちょっと多めなのはサービスだろう。
学院の制服を着ている俺を見たせいか、家族総出で入学を祝ってくれた。この一家は本当に暖かい人たちだと思う。
肉串を1本齧りながら道を進んでいくと、ぽつぽつとだが学院の制服を着ている人たちが見える。
どうやらここらへんの建物は下宿や寮が多いようだ。王都に住む生徒であれば家から通うことが殆どらしいが、他国からくる場合はそうもいかない。
そういう生徒が下宿や寮に入るのだろう。
さらに歩くこと5分で学院の大きな校門が見えてくる。今日は入学式だが、上級生達は普通に授業があるみたいだ。
ただ、バラバラに学院に来ているのはなぜなんだろう。
「入学者はこちら、ね」
立て看板に矢印と説明文が書かれているが、あえて無視して逆方向へと進む。
せっかく早く来たのだから探検しないと損だろう。それに念のために気配遮断は展開しているから万が一もないだろう。
最初に目指したのは図書室だ。王都にも大きな本屋はあるが、ここのは歴史ある本も数多く置いてあるに違いない。
時折、上級生らしき人とすれ違うが全く気付かれる気配はない。迷宮の30階層でも通じるのだから、生徒に通じないわけないか。
図書室を探しながら歩くこと30分が経った。
「流石に広すぎだろう?空間把握を使えば一発だが、それだとつまらないし」
「あら、どこに行きたいのかしら?」
「ああ、実は図書室に行ってみたいんだ・・・・が?!」
あれ、この人俺の気配遮断が効いてないのか?何者だ?
「あなた今年の新入生ね?早めに来て学院を探検してるってとこかしら。私が特別に案内してあげるわ」
「あ、ありがとうございます。えっと・・・」
「自己紹介が遅れたわね、私はミレコニア。親しい人はミレアと呼ぶわ」
「俺はアウルです。仰る通り今年入学しました。ミレコニアさんは2年生ですか?」
「あら・・・ふふふ。そうよ私は2年1組だからあなたの1つ上。それで図書室だったわね、案内してあげる。こっちよ」
肩にかかる長さの桃色の髪をした彼女は人好きするような雰囲気の持ち主だ。
思うに、人懐っこいようで実は何を考えているか分からないタイプだろう。
しかもネクタイで判断できるように俺は平民。彼女は貴族家のリボンだった。
いくら平等を掲げている学院とは言え、好き好んで平民に優しくするとは考えにくい。
少し様子を見る必要があるだろう。気配遮断も見破られたしな。・・・それとも俺の独り言に反応しただけか?
「どうしたの?こっちよ」
「あ、すみません。今行きます」
彼女に案内されるがままについていくとものの5分で到着した。どうやらさっきはかなり近い所まで来ていたようだ。
中に入ると数人の生徒が本を山積みにしながら何かを勉強しているのが見える。
思ったよりも利用者が多い、と言う印象を受けるがそれ以上に凄いのはその蔵書量だろう。
図書室というよりは、図書館という言葉の方がしっくり来るほどだ。
「凄いな…」
圧倒されたせいか自然と感想が口をついて出てしまう。
「ふふ、凄いわよね。全部で100万冊を超える本があるらしいわ」
あまり本が発達していないというのに100万というのは奇跡に近いんじゃないだろうか。これは暇なときに入り浸ってしまいそうだ。
「満足そうな顔ね。入学式までまだ時間もあるし他にも私が案内してあげるわ」
「授業は出なくて大丈夫なんですか?」
「ああ、それはね・・・」
ミレコニアさんが言うには、1年目は必須科目が多いせいでほぼ毎日フルで授業があるらしいのだが、2年目から必須科目は減るそうだ。その代わり卒業の単位が足りるように選択科目を選択して授業を受けるのだという。
ミレコニアさんは午後からしか授業がないので問題ないらしい。
折角なのでそのあともいろいろと案内してくれたお陰で、大分学院について知ることができた。
「ミレコニアさん、ありがとうございました。お陰でいろいろ知る事が出来ました」
「こちらこそ!ずっとお礼を言いたかったんだ。あんな大きな化け物から助けてくれてありがとう!」
そう言って急に抱き着いてくるミレコニアさん。
「えっと、あの当たってるんですが・・・!」
「当ててるのよ?そろそろ時間ね!またねアウル!」
飛び跳ねるように去って行ってしまったが、さっきの化け物って言うのは恐らくホーンキマイラだろう。
もしかしたらフィレル伯爵の家の近くにでも住んでいて、一部始終を見られたのかもな。
直接助けたわけではないけど、間接的に王国を救ったのには違いないし。貴族家の子供でもあんないい人もいるのか。
アリスが特別だと思ってたけど、少し認識を改める必要があるかもしれない。
「っと時間もそろそろだから入学式会場に行かなきゃ」
さすがに500人が入れるほど広い場所はあまり無いようで、場所は屋内の運動場?のような場所みたいだ。
10組の列の場所に適当に並んで待っていると、白ひげをたくさん拵えた老人が壇上へと上がった。
見た目こそヨボヨボの老人に見えるが、俺には分かる。多分あの人は滅茶苦茶強い。それも今の俺よりも強いだろう。
何でもありで戦えば負けることは無いかもしれないが、勝てるビジョンが全く浮かばない。
・・・これが魔力とレベルの限界なのかもしれないな。これからは恩恵のなんたるかを研究しないといけないだろう。
宰相も研究して恩恵の能力を少し開花させたと言っていたし、きっと恩恵には先があるはずだ。
『諸君、まずは入学おめでとう、と言っておこう。今年は例年を超える受験者数であったため、特例として受け入れ人数を倍にしておる。入学してきた諸君らは入学できなかった者たちの分まで勉学に励んでほしい。学院の授業は明日から始まるが、式が終わった後は各自決まった教室に行き、担当の教員の指示に従って欲しい。魔法の詠唱とスピーチは短いに越したことは無いので、最後に一つだけ。この学び舎で3年間色々なことに挑み、励み、自分の可能性を見つけ、一回りも二回りも成長してほしい。以上だ』
進行役の教員によるとあの人が今の学院長らしい。名をハワード・モリソン。
ハワード・モリソン?どこかで聞いた名前だったけどどこだったかな・・・。
『次に新入生代表挨拶、ライヤード・フォン・エリザベス。前へ』
おっ、どうやら新入生挨拶は王女様のようだ。まぁ、順当といえば順当かな。
「新入生代表挨拶をさせて頂きます。大勢の優秀な生徒がいる中、私がこのような大役を担うことが出来て光栄に思います。私たちはこれから3年間この学び舎で共に勉学に励む仲間であり、互いに切磋琢磨しあう宿敵です。今年の入学者は例年の倍だそうですが、それは出会いが多いということでもあります。1つ1つの出会いに感謝しながら、私は今以上に大きく成長するためにも日々を精一杯過ごしたいと思います。皆々様に置かれましては、なにかとご迷惑をおかけするかと思いますが、ご指導のほどよろしくお願いします。新入生代表、エリザベス」
盛大な拍手とともにエリザベスが壇上から降りてくるが、最後の最後まで堂々たるものだった。流石は王族といったところか。
デザートを目の前にした時の子供っぽさは皆無だったな。途中目があったような気がしたが、きっと気のせいだろう。
そのあとも粛々と式が進み、今は教員の指示に従って教室へと移動しているところだ。
クラスは全部で10クラスあり、1クラスあたり50人で全部で500人みたいだ。
教室へ着くと中は大学の講義室みたいな様相だった。席は扇型に置かれていて奥に行くにつれて高くなる部屋だ。
適当に後ろの端っこの方に座ってぼんやりしていると、頭がボサボサで服もだらしない女性が入ってきた。この人が教員なのだろうがかなり適当そうな印象を受ける。
ただこの人も美人だ。ミレコニアも美人だったがこの人は飛び抜けて美人なのだ。きちんとした格好をすればどんな男でも落とせそうなほど綺麗である。ただ、胸はあまり無いが。
「あー、私がお前らの担任となったモニカだ。今のうちに言わせてもらうが、これでも一応教授だからな?さて、お前らには言っておかないといけない事がある。この10組は入学者の中でも試験の結果が悪かった貴族か平民が集まるクラスだ。正直、期待も何もされていない」
まじか…。平等なんじゃ無いのかよ。そんなのは形骸化されてるんかな?もしくは、寄付してる貴族が圧力をかけているとか?まぁ、いろいろ考えられるがちゃんといろいろ学べるのなら問題ないか。
「風当たりは強いかもしれないが、私はお前らを1年で一人前にしてやるつもりだ。辛いことも多いだろうが、めげずに私についてこい。私からは以上だ。とりあえず、1人ずつ自己紹介してくぞ〜。じゃあ、お前からだ」
モニカ教授の独断と偏見で自己紹介する順番が決まっていく。いつ当たるかと思っていると、何故かいつまで経っても呼ばれない。
…あれ?俺以外全員呼ばれたよな?もしかして
「じゃあ最後、そこのお前!」
やっぱり最後だったか。仕方ない。
「俺はアウルと言います。趣味はだらだらとすることと、料理をすることです。得意な属性は水と雷です。よろしくお願いします」
まばらな拍手とともに席に座る。無難な挨拶を心掛けたから、目立ちはしなかったはずだ。
ただ、数人から値踏みするような視線があったのが気になるな。もしかしたら試験の時の魔法や武術を見られていたかもしれない。
「よーし、これで全部だな。今日は特に授業はないのでこれで解散だが、何か質問あるやついるか〜?」
美人なのに気の抜けた人だな…。これが俗に言う残念美人ってやつなのかもしれない。
誰も手をあげないようなので、これで帰れると思ったらお下げ髪の真面目そうな女の子が手をあげた。
「すみません、明日からの授業日程などを教えていただけますでしょうか」
あ…。たしかに言われてみればそうだ。なんでこんな初歩的なことを忘れてるんだ俺は。
「あーすまん、忘れてた。明日は朝の鐘9つから授業だ。最初は特に教科書はいらんぞ。魔力適性の確認や簡単なレクリエーションをやるから、制服の他に動きやすい服も持ってこい。特に指定はないからなんでもいいぞ〜。他に何かあるかー?」
魔力適性か。なんとなくでわかってるが調べる方法があったなんて、ちょっと楽しみだな。
「無さそうなんで、今日は解散!」
モニカ教授が部屋を出ていくといくつかのグループができ始める。貴族同士の知り合いや平民同士の知り合いなど、意外とみんな知り合いが多いようだ。
仕方ないので帰ろうとしたら男女の2人組が近寄ってくる。
「えっと、アウル君だよね?私はマルメッコ。よろしくねぇ」
「俺はレイナールだ。よろしく」
マルメッコという少女はショートカットで活発そうなのに、喋ってみると意外とのんびりしたような感じだ。笑顔がすごくよく似合っている。逆にレイナールは堅物そうな感じで軍人みたいな雰囲気がちょっと怖い。
2人とも顔が整っており美形な方だと思う。ネクタイとリボンから察するに2人とも貴族のようだ。
「俺はアウルだ。よろしく。何か用があったか?」
「えっとねぇ〜、アウル君がこのクラスで1番カッコよくて強そうだったから今のうちに仲良くなっておこうと思ったの〜」
「千剣のヨルナードと戦っていた入学試験見させてもらった。俺はお前の強さが羨ましい。アウルといれば俺も強くなれる気がしたんだ。それに友達にもなれたら嬉しい」
「そうだったのか…。いずれにしろ俺はまだ友達がいないから、大歓迎だ。ただ平民だが気になるか?」
「いいや〜?強さに貴族も平民もないよ〜。それに顔もね〜。アウル君思った通り優しそうだし仲良くしてね〜」
「俺も同意見だ。顔はよく分からんがな」
2人とも少し変わっているようだ。というか俺の周りには変わった奴しかいないのか??
「じゃあ、改めてこれからよろしく」
「こちらこそ〜!」
「うむ!よろしく頼む!」
「そう言えば2人は知り合いなの?」
「えっと〜、貴族の集まりで何回か喋ったことがあるくらいだよ〜」
「うむ、そうだな。ただ、俺の知り合いはどうやら上の組にいるようなのだが、さっき会った時に冷たかったのだ」
貴族のしがらみってやつかな。下のやつを見下す俺の嫌いな風潮だ。
「この1年でたくさん成長して見返してやろうぜ」
「アウル君頼もしい〜!」
「うむ、俺も強くなるぞ!」
マルメッコは女に嫌われるタイプなんだろうなぁ〜。可愛いのになんか勿体ない。ちょっとボディータッチが多いのは計算なのかな?掴みにくいやつだ。
その後も他愛のない話をしたあと、2人は馬車に乗って帰って行った。乗っていかないかと誘われたが歩いて帰りたい気分だったので遠慮させてもらった。下手に貴族に会っても面倒だしね。
こうして俺の初登校は終わった。
細々と更新します。
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