ep.51 すき焼き
ルイーナ魔術学院。
王国や帝国といった大国、近隣の中小国などの10歳になる子供がこぞって通いたがる名門の魔術学院。身分問わずに誰でも入学可能なのが特徴だ。
なぜ魔法学院ではないかと言うと、その昔に魔法が魔術と呼ばれていた時期があり、その頃からある由緒ある学院である。
その他にも理由があるが、当時の名残がそのまま残っているという要因が大きい。
ルイーナ魔術学院は3年制であるが、ストレートに卒業できるものは5割程度で、残りの5割は授業についていけずに退学や留年するものが多い。また、年に2~3人の割合で魔物と戦う実地試験で死んでしまう者もいるという。
これだけ聞けばかなりしんどそうだが、学院を卒業できれば輝かしい未来が待っていると言っても過言ではない。
学費は年に白金貨5枚。年間500万かかるので、最短で卒業しても白金貨15枚なので1500万円近くかかる計算になる。
言っておくが、あくまでこれは学費のみのお金だ。他にも魔法用の触媒であったり教材、装備等は別途費用がかかる。
学食はあるがタダではないため食費も必要となる。
よって、身分問わずになどと言っているが、基本的には貴族や豪商の子息息女に限られてくるのである。
一応、推薦平民枠と言って領主や貴族に優秀と認められた平民が無料で入学でき、返さなくてよい奨学金を貰える制度がある。
推薦平民枠で毎年10~20人程度が入学するが、入学する全生徒は例年200~300人いるため、やはり生徒のほとんどが貴族や豪商の子息息女というのが現状だ。
アウルは平民なのに自前で金を用意して入学するという、ある意味で異端児なのだが、今のアウルからすれば白金貨15枚など端金に過ぎない。
貧乏農家とは思えない程の財力である。さらに国王にまで貸しがあるとすると、もはや貧乏農家の小倅というには甚だしい経歴だ。
ただ本人は金を稼いでいるが、たいして使うつもりもないし、基本的には自給自足が好きなので無駄遣いと言うのはあまりしない。
お金は貯めるものと思っているのは日本人の頃の癖かもしれないし、貧乏農家だった故かもしれない。
そんな彼は今、迷宮の37階層でクラゲを狩っていた。
「ご主人様…。私もうクラゲは見たくないです…‥」
「ルナ…私もよ…。ご主人様、今日はもうこの辺にしておきませんか?」
村から帰ってきて早々にレブラントさんが家に半ば押しかけて来た。
その内容はもちろんクラゲ材の確保依頼。
俺が村に帰っている頃に、俺と同じくウォーターベッドを完成させ、試験的にある貴族に売ったらしい。
そして貴族の間で噂が噂を呼び、あっという間に人気に火が付いてしまったらしい。
値段は破格の白金貨10枚。1000万もする超高級ベッドなのだが、留まることを知らずに予約が入っているそうだ。
最近だと王国に限らず近隣の国や帝国からも注文が入る始末だという。
と言うわけで、レブラントさんに泣きつかれる形でクラゲ材を確保しているのだ。
ルナとヨミもそうだが数が数だけにやる気がでないのだ。
頼まれた数は今後の分も含めて200個。予約ですでに150近い数が売れる予定らしいのだ。
1つ白金貨3枚で売れるとして、白金貨600枚の計算になる。さすがにレブラントさんもそんな大金は一気に用意できないらしいので、売れてからちょっとずつ支払うとのことだ。
まぁ、修行にもなるし自分で蒔いた種でもあるので引き受けた。学院に入学したら忙しくなるしね。
その後一週間頑張った甲斐あって、クラゲ材を220個確保した。20個多いのは念のためである。
37階層にもだいぶ慣れたので、今度時間があるときに38階層に行ってみようと思う。
「…やっと終わった。それもこれも俺が安易にレブラントさんに売っちゃったからだ。辛いことに巻き込んでごめんな」
「いえ、問題ありません。…クラゲは当分見たくありませんが…」
「うふふ、ご主人様と一緒にお風呂に入って癒されたいです」
「俺も当分クラゲは見たくないよ…。じゃあ帰ってご飯食べたらお風呂に入ってぐっすり寝ようか」
「「はい」」
ルナとヨミがご飯を作っている間にレブラントさんの所へ行き、クラゲ材を卸した。
「レブラントさん、ちょっとこれから学院入学の準備で忙しいのであまり素材確保は出来そうにないです」
「わかった。とりあえずウォーターベッドは予約の受付も停止してあるから大丈夫だと思うよ。断り切れなかった時用の予備もお願いしてあるしね。本当にありがとうアウル君」
「それでは、疲れたので今日は帰ります」
クラゲ材の他にも羽毛も数ヶ月分確保して卸してある。
もはやいくら貰えるかの勘定する気にもならない。とにかくたくさん貰えるというのは分かる。
冬の間にいろいろと試作したのか、渡したレシピで作った燻製などの商品がすでに売られている。この行動力は本当に凄いと思う。
あとは美味い物を食って寝るだけだ。
家へと帰る道中に肉串のおっちゃんと雑談して肉やら炭やらを卸した。
娘さんや奥さんと頑張ったおかげで大分お金が溜まり、家兼用の店舗を買うことに決めたらしい。
実際、露店の規模では限界があるし、毎日売り切れるほど人気らしいのでいい機会だろう。
奥さんもすごい俺に感謝してくれたし、おっちゃんの娘とは思えない程に可愛い娘さんも感謝してくれた。
こういう出会いみたいなのは今後も大切にしていきたいと思う。
「そういや、近くの肉屋で四ツ目暴れ牛の肉が入荷したらしいぞ」
「今すぐ行きます。どこですか?」
「ここをまっすぐ行って、6番目の建物を右に曲がってすぐくらいにある肉屋だ。俺の紹介だと言えば少しはサービスしてくれるはずだ」
「ありがとおっちゃん!」
俺の大好きな四ツ目暴れ牛の肉だと?買わないわけがない!!
これは肉を買ったらすき焼きもいいかもしれないな。
割り下は確か、みりん・醤油・砂糖・水で出来る。みりんは無いのでハチミツと酒を混ぜたもので代用だ。
あとは迷宮産キノコや野菜、ワイルドクックの卵でそれっぽいものができるだろう。
ふふふふふ、こりゃ明日の夜はすき焼きパーティーになりそうだ。
「っとここか。肉串のおっちゃんの紹介で来ました!四ツ目暴れ牛のお肉ってありますか?」
「おやボウズ、あいつの知り合いか?なら特別いい部位を切り出してやろう。何がどれくらいほしいんだ?」
「うんと、おすすめの部位を5kgずつで合計30kg下さい!」
「おお!そんなに買ってくれるのか!よぅし任せておけ!ちょっと待ってな!」
待つこと15分で肉屋のおじさんが大量のお肉を持ってきてくれた。
「ちょっと量が多いから肉を入れる籠はサービスだ。部位ごとに包んであるからな」
「ありがとう!それでいくらですか?」
「金貨30枚でいいぞ」
1kg金貨1枚と考えると少し高いような気もするが、この肉はかなり美味いので仕方ない。
可能なら飼育して繁殖させたいが、気性が荒いゆえに家畜には向かないらしい。
まぁ、名前が暴れ牛って言うくらいだもんな。
「おう、確かに金貨30枚だな。毎度あり!サービスするからまた来てくれよな!」
「うん!絶対来る!」
色々な部位の詰め合わせだ。これはいろいろ食べ比べせねばなるまい!
この肉は明日お披露目するとして、今日は隠しておこう!
結局この日は2人が作ってくれたご飯を食べてお風呂に入ってぐっすりと寝た。
そして次の日の夕方、待ちに待ったすき焼きパーティーである!
この日はウキウキ過ぎて色々と手に着かなかった。
学院で使う魔法の触媒を目立たないものに加工する作業をするつもりだったのだが、結局なにも思いつかずに一日が過ぎてしまったのだ。
四ツ目暴れ牛のすき焼きなど考えただけで涎が出る。
肉のレベルとしてはサンダーイーグルの方が上なのかもしれないが、個人的にやはり牛肉が好きなのだろうと思う。
具材を準備してあとは食べるだけ!というところでドアがノックされた。
こんな時間に誰だ?
「ルナ悪いけどお願い。もし帰ってもらえそうだったら帰ってもらって!今日はパーティーだから!」
「かしこまりました」
一体誰か分からないが、俺のすき焼きを邪魔するとは度し難い奴だ。
ご飯を目の前に待てをされる犬と言うのはこういう心境なのかもしれないな。
前世で子供のころに犬を飼っていたが、当たり前のように待てをさせていた。
今更だけどごめんなモモ。モモと言うのは飼っていた犬の名前だ。雑種だったけど物凄い可愛かった。
待てさせ過ぎると、怒って俺に鼻を押し付けてくるのだ。まぁ、それをしてほしくて待てをさせていた節もあるが。
「…にしてもルナ遅いな」
というか家を取り囲むように気配がある。しかもかなり気配が薄い。かなりの手練れだ。もしかして来客って・・・
ルナの様子を見に行くと何やら言い争っているように見える。
「ですから、本日ご主人様は誰にもお会いになられません」
「なんでよ?!アリスとエリザベスが来たと伝えてもらえれば絶対大丈夫よ!」
やっぱり第3王女様か。ってアリスとアルバスさんもいるな。ルナはこれを断っていたのか?
・・・不敬罪で殺されてもおかしくないレベルだぞ。
ルナは俺の言いつけを守ったのだろうが、ちょっと真面目すぎる時があるな。
「えっとこんな時間に2人ともどうしたの?それにアルバスさんも」
前の王女様付のうるさいおばさん侍女はいないみたいだ。
「あ!!アウル!このメイドさんったら融通が利かないのよ!」
「いや、俺がルナに頼んだことだからルナは悪くないよ。それで、何しに来たの?」
ここで会話に入って来たのは第3王女様だ。
「何しにって、あなたを王城に呼ぼうと思ってレブラント商会に問い合わせても、家にいないからよ。帰って来たと情報が入ったと思ったらまた家にいないし。だから、夜ならいるだろうと思ってこちらから来たのよ」
あぁ、そう言えばそんな約束もしていた気がする。色々あって忘れてたよ。
「他にもいろいろ言いたいことはあるけどその前に。王都を、いえ王国を救ってくれてありがとう。私も実は病に侵されていたようだったみたいなの。父上から聞いたけど、あなたが助けてくれたんですってね。本当にありがとう」
「私も。息ができないくらい苦しくなって、死んじゃうかもって思ってたら急に治った。アウルのお陰で助かったわ。ありがとう」
「ほっほっほ、この老いぼれも死なずに済みました。ありがとうアウル君」
この人たちは地位の関係もあって全部知ってるみたいだな。
「いえ、みんなが助かったのはルナとヨミが頑張ってくれたからです」
「ふふ、そういうことにしておくわね。それでアウル、王城に来てくれるって約束だけどいつ来てくれるの?」
うーん、今日じゃなければ別にいつでもいいんだけど。
「分かった、準備もあるから明後日王城に行くよ」
「約束よ!アリスもいるからそのつもりでね!」
「やっとお菓子が食べられるわねエリー」
「ふふ、そうね!待った甲斐があったわ!」
「じゃあそういうことで」
はやくすき焼きが食べたいが故に、さっさと帰ってもらおうと思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「ふふふ、それはそうとアウル。さっきからなにやら美味しそうな匂いがしているけど、これから夕飯かしら?」
げっ…。この王女意外と鼻がいいな。かすかな割り下の匂いを嗅ぎつけるとは。まさに犬並みだな。
「…えぇ、まぁ」
ジーーーー
王女とアリスの視線が凄い。・・・って後ろにいるアルバスさんに至っては三人分の皿とフォークを用意している。
俺がまだ何も言ってないのに食器準備しているのは流石だし、ちゃっかり自分も食べようとしている。
・・・はぁ、まぁお肉はたくさんあるし皆で食べたほうが美味しいか。
それに大分待たせたしな。
「…はぁ。良かったら食べていくか?」
「いいの?!」
「なんだか催促したみたいで悪いわね!」
結局このあとルナとヨミも含めて6人で食卓を囲んだ。
奴隷も執事も関係なく、みんなで食卓を囲むという貴族としてどうなんだろうと思う所はあったが、俺は嫌いじゃない。むしろ好感が持てるくらいだ。
「ねぇアウル、このタレみたいなのなんなの?いい匂いだけど、初めて見たわ」
まぁ、王女様は初見だろうしそりゃ分からないか。
「これは割り下って言ってな。お肉や野菜をこれで煮立てて、具を溶き卵につけて食べるんだ」
「こ、こう?・・・・・!!!美味しいっ!!なにこれ!?」
では俺も。・・・美味しい!やっぱり四ツ目暴れ牛は最高だ!半生に煮た肉は口の中でジューシーな肉汁とともに胃の中へと溶けていく。
肉串で食べるのもいいけど、こう言った食べ方もありなんだな。
「ほっほっほ、こんなに美味しいものは人生で初めて食べました。しかもまさか卵を生で食べるとは、初めての経験です」
なんでもこの世界では卵を生で食べる文化が無いらしい。それでも食べてくれたのは俺のことを信用してくれているからなのかな?
「・・・って出しといた肉もう無いんだけど?!」
「早く食べないからだよアウル〜。早く追加のお肉出して!」
アリスめ・・・。仕方ない、追加で5kg出すか。
みんなでワイワイと食べたからか一層美味しく感じた。ただ買ったお肉は半分近く食べてしまった。・・・また買いに行かないとな。
「アウル、とても美味しかったわ。お詫びに面白い情報を教えてあげるわ。聞きたい?」
「え?あ、うん。聞きたい」
「もっと聞きたそうにしなさいよ~。…アウル含め私たちはもうすぐ学院の入学試験を受けるわよね?それでもう受付が開始されているのだけど、今年の学院の受け入れ人数は例年より遥かに多い500人だそうよ」
あれ、前聞いた話だと2~300人らしいから確かに倍近いな。でもなんでだ?
「どうやらスタンピードを退けたりSランク魔物がでたのに損害無しで倒したという話に尾ひれがついて各国に出回ったみたいなの。それの影響で現段階ですでに受験者が400人を超えたそうよ」
「でもなんでスタンピードや魔物討伐が関係してるんだ?」
「理由はいくつかあるでしょうけど、王都がかなり安全な所だと思われたと言うのと、王都の学院に通えばそれだけの力が付くのではないか?という噂が出回ったのよ。そんなわけもあって今回は受け入れ人数を増やすらしいわ。今頃他の魔法学校は受験者数が減って大慌てでしょうね!」
なるほど。確かに自分の子供を通わせるならより安全でより優れた所がいいと思うのは当たり前か。
「でもそれのなにが面白い話なんだ?」
「ふふふ、やっと興味を持ったようね。でもこれ以上は内緒よ。無事に試験を通過したら教えてあげるわ。まぁ、アウルなら大丈夫でしょうけどね」
くそ~、さっき素直に興味あるふりをしておけばよかった。
でも500人か。そんだけいるといろいろな子供たちが集まってくるんだろうな。肉串のおっちゃんみたいにいい出会いがあればいいけど。
「そういや、俺まだ申し込みしてないや。今更だけどどうしたらいいんだ?」
「ほっほっほ、それなら私の方でやっておきましたぞ」
アルバスさんには頭が上がらないな。
「あ、そうだったんですか。ありがとうございます」
「なんのなんの、詳細については明後日王城でお教えしますよ」
なるほど。これで完璧に逃げられないな。王城に行くしかないってわけか。
「じゃあ、私たちは帰るわね」
「アウルまたね!アルバス、馬車の用意をお願いね」
「かしこまりましたお嬢様。ではアウル君また」
3人を見送るとずっと家の近くにあったいくつかの気配が消えた。
まぁ、そりゃ護衛はいるよな。
明後日王城か…。めんどくさいなぁ。
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