ep.5 テン菜の栽培
昨日はギリギリではあったが隠密熊を狩ることができた。しかし自分の無力さを痛感した戦いでもあった。あれくらいすんなり倒せるくらいには強くなろうと誓った日である。
隠密熊の肉は硬い上に癖が強く食べられるようなモノじゃないらしいので、特にほっといたままである。なのでパッと見は寝ているだけにも見えるほど綺麗な状態だ。・・・剥製にもできるんじゃないだろうか。
隠密熊の素材は肉以外は何にでも使えると言う。詳しくは父も知らないらしいが、毛皮は加工すれば隠密性の高い外套になるらしい。・・・俺も欲しいと思ったがまだ5歳だし特に必要はないだろう。
「お、そろそろだな。アウル〜、行商人がそろそろ来るはずだから準備していくぞ〜!」
「はーい!」
うわ、すごい緊張して来た。何気にこの世界で初めての商売だ。大体は父が話してくれるらしいが、それでもドキドキする。
「お、いたいた。おーい、レブラント!」
「おや、これはこれはラルクさん。お元気そうですね。今日もいつものやつでいいですか?」
「あぁ、いつもの消耗品を頼む。それとな、今日は売りたいものもあるんだよ」
「・・・まさか、売りたいものって"それ"ですか?」
「あぁ、実は家の近くの森で出てな。たまたま仕掛けてた罠で綺麗に捕まえれたんだよ」
(いや、本来隠密熊は狡猾で頭が良く、余程のことがない限り罠にかかるようなヘマはしないのだが・・・)とレブラントは考えたがここまで綺麗に狩られている理由が思いつくこともなく、深く聞くのはやめることにした。
ちらりとラルクの隣にいる子供に目をやるが、まさかこんな子供が狩れるわけないしな。
「ここまで綺麗な隠密熊ですと、貴族の方々が剥製を欲しがる可能性があります。他にも素材にすることも可能なのでかなりの高値がつくでしょう。幸い先の街で大口の取引があったので資金はあるので是非買わせていただきますが。本当に罠で仕留めたのですね?」
「あぁ、そうだ」
ラルクが嘘を言っているのはなんとなくわかっていたがその理由がわからない。それに確かにこいつは貴族連中に売ればいい金になるのは間違いない。上手くいけば貴族とのコネを作ることすら可能だ。色々なことを考えた結果、ここは大人しく引くとしよう。
「そうですか・・・。この品質な上に個体としても立派ですので、そうですね。金貨100枚でどうでしょう?」
「!!!」
俺はびっくりしてしまった。ちなみにこの世界の貨幣価値はこんな感じだと思う。
鉄貨1枚=10円
銅貨1枚=100円
銀貨1枚=1000円
金貨1枚=10000円
大金貨1枚=100000円
白金貨1枚=1000000円
概ねこんな感じだ。白金貨よりも上なのはあるらしいが、貧乏農家が使うのは大きくても金貨までだ。なので、あの隠密熊は100万円の価値があると言うのだ。俺は内心でかなり喜んでいたが、父が全然納得したような顔をしていない。
「なぁ、レブラントよ。俺たちの仲じゃないか。下手な探り合いは無しにしようや」
「はぁ・・・。わかりましたよ。金貨170枚。これ以上は出せません」
!?まさか、そこまで高くなるとは・・・。父には感謝しないとな。俺1人だったら完全に金貨100枚で満足していただろう。
それにしても金貨70枚もぼったくろうとしてくるとは、商人と言うのは油断ならないな。
「よし、それでいい。あと、あればでいいんだがテン菜の種なんか今あるか?」
「テン菜ですか?ちょっとでいいならありますけど。でもどうするんです?持っている私が言うのも変ですが、これは育てるのがかなり難しいらしいですよ?」
「あぁ、実は息子が育ててみたいって言うんでな。まぁ、5歳になった誕生日のプレゼントみたいなものだよ」
それで納得したのか、小さい皮袋を取り出すと中を見せてくれた。
「これだけで金貨20枚です。隠密熊の料金から引いときますね。あとなにか欲しいものはありますか?」
「そうだな、アウル他に何か欲しいものはあるか?」
「短剣が欲しい!!」
ちょっと驚いたような顔をしたレブラントだったが、子供にありがちな好奇心か何かだろうと思い適当な短剣をいくつか用意した。
「ほら、短剣はこんな感じだけどどれがいい?」
短剣は全部で4本あった。どれも金貨1枚らしい。短剣と言うよりは簡素なナイフと言うほうがしっくりくる。
早くて行商は2週間に1回遅いと1ヶ月に1回くるくらいだし、どうせならと思い全部買うことにししょう。
「全部ちょうだい!」
「「えっ?」」
ん・・・?父とレブラントさんが驚いているが、ちょっと子供っぽくなかっただろうか。
「全部かっこいいから全部欲しい!」と子供っぽいことを言ってみるとレブラントさんはなんとなく釈然としてなさそうだが、とりあえずは納得してくれたようだ。
・・・まぁ父は未だに俺のことをジト目でみてくるが。
「おいアウル、母さんには内緒だぞ。お前も怒られたくないだろ?」
「うん。気をつける。母さん怒ると怖いもんね」
「そういうことだ」
そのあとは父とレブラントさんが商談をしているみたいなのでその間に商品を見させてもらっていると、地球でもよくみたあれを見つけることができた。
「これは、大豆か・・・?」
「あぁ、それは帝国でよく作られてる大豆と言う植物だよ。日持ちするし煮ればいつでも食べられるから冒険者なんかにも重宝されているものだね」
「そうなんですね、あれ。これって……帝国って日本文化があるっぽいな」
(これがあれば、醤油と味噌づくりに1歩近づくぞ!)
アウルの頭の中はそのことでいっぱいになってしまい、レブラントに不審な目で見られているのにすら気づかなかった。
ってよく見るとこの小瓶の中身って・・・。
「レブラントさん!あるだけ全部ください!あと、この小瓶も!」
「え、いいけどそれも育てるの?……あれ、こんな小瓶あったかな?」
「はい!」
「ちょっと待ってね。えっと・・・あったあった、はい。麻袋1つで銀貨5枚だよ。大豆は麻袋3つしかないけど全部で、おまけして金貨1枚でいいよ。あと、その小瓶もつけてあげる。これも一緒に清算しちゃうね。これからもご贔屓にしてもらえると助かるよ!」
結局、消耗品や短剣、種なども合わせた差し引き金貨142枚をもらうことができた。
レブラントさんはマジックバッグを持っているらしく、隠密熊を収納していた。あれがあれば重い荷物を持たなくていいということだろう。俺のアイテムボックスの魔道具版と言うところだ。
レブラントさんをホクホク顔で見送り、家へと帰る。もらった金貨のうち130枚は両親にあげた。残りの12枚は俺が大きくなった時や好きな時に使っていいと言ってくれたのでとりあえずは貯金することにした。
「レブラントさんはよく分かってないみたいだけど、これ麹だよな?なんてご都合主義なんだ」
「よし、とりあえずはテン菜だな。目指せ砂糖だ!」
この世界では砂糖の作り方は秘匿されているらしく、めちゃめちゃ高いと言うのを聞いたことがある。そのせいで王侯貴族は食べられるが、辺境の貧乏農家は一生でも食べることがないまま終わることだってあると言う。俺はそんなの絶対無理なのでテン菜で砂糖を作って食生活を豊かにするのだ!
もちろん売ってもいいのだが、めんどくさくなる気配がプンプンするので家の中だけで消費する予定だ。まぁ、ミレイちゃんとかにならお隣さんだしお菓子作ったら食べさせてあげてもいいかな?うん、他意はないよ?
テン菜、またの名をシュガービーツとも言うこの野菜の育て方は実はいたって簡単なのだ。注意すべきは湿害に弱いため排水対策をしっかりしないといけないことだろう。排水の逃げ道を作ったりしないといけないのだ。
さらに畑が酸性になってしまうと成長が悪いのでアルカリ性を意識してあげないといけないと言う特性がある。逆にこれさえ守っておけばすくすく育つ植物である。
「それに今の俺には魔法があるからな、水やりもできるし余裕だ。時期的な問題があるがそこはなんとか魔法でカバーだ」
テン菜の発育時期は3月くらいだが今は真夏の7月。明らかに間に合わない気もするが、なんとかしよう。早く甘いものが食べたい。
と言うことで種に早速だが魔法をかける。イメージは種が発芽し苗になるイメージ。
「グロウアップ!」
魔法を発動したら魔力を注ぎ続ける。すると種が一斉に発芽し立派な苗へと成長した。もちろん美味しくなるように意識しながら魔力を注ぐのを忘れてはならない。
かなり魔力を持っていかれたので、渋々手作業で畑にテン菜の苗を植えていく。綺麗に植えること100株。種はまだあるが、とりあえずの様子見だ。
2時間休憩したのち、再度畑にグロウアップをかける、すると見た目は変わらないが、触ってみるとしっかり根付いたようだ。その後しっかり水をやる。
半分は魔法を使って魔力のこもった水をやる。ある意味の実験だ。井戸水で育てた場合と魔力のこもった水ではどれくらいの差が出るのだろうか。こうして結果がわかればさらに改良を加えていけば最高品質の砂糖が作れるかもしれない。
ワクワクが止まらないが、野菜はそんなすぐに収穫できるものでもない。ある程度の準備が終わったところで夜ご飯の時間になったので家に戻る。
最近の我が家の食卓には当たり前のように肉が出るので育ち盛りの俺としてはとてもありがたい。肉も母が加工してくれたおかげで当分は食べられるし、両親も肉が嬉しいのか楽しそうだ。
「いや〜それにしてもアウル、なかなかいい値段になったな!お前のおかげで今年の冬は楽々越せそうだよ。なんなら来年も余裕だぞ?ワハハハハハハハ」
「そうねぇ、危ないことはして欲しくないけどこんなにお金になるのはありがたいわ」
「うん、俺も欲しいものも買えたし満足だよ!」
「短剣を4本も買うもんだから俺もびっくりしちゃった・・・よ!?」
あちゃあ・・・母には内緒にしようって自分で言ったじゃないか・・・。脳筋ゴリラめ。
「・・・どういうことかしら?ラルク、アウル」
この後親子揃ってエムリアにこってり怒られ、解放される頃には3時間は経過していた。
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