ep.46 結末
SIDE:ルナ&ヨミ(ヨミ視点)
ご主人様がフィレル伯爵のいる地下牢へと行ってしまった。
私たちが他の貴族から集めた情報というのは「フィレル伯爵が最近おかしい」というものだ。
強欲で金に汚く、悪い意味で貴族の鑑みたいな人らしいのだが、ときたま変に普通な時があるらしいのだ。
しかもそのことを後日聞くと覚えていない時があるという。
まるで別人のような時があると言うのだ。
このことから察するに、フィレル伯爵は何者かに洗脳か操られていた可能性がある。
きっとご主人様は一瞬でその可能性に気付いたから、国王に進言しに行ったのだろう。
しかし気になることが一つある。国王に言ったからと言って宰相がご主人様をフィレル伯爵の所に連れて行くだろうか?
騎士団か兵士を連れて行くなら分かるが、なぜかご主人様を同行させた。
ホーンキマイラを倒せるほどの実力と言っても、なんだか違和感がある気がする。
「ねぇヨミ、なんだか息苦しくない?」
ルナに言われてふと考えてみると、若干ではあるが息苦しい気がする。
「確かにそんな気がするかも」
「それに周囲の貴族たちもなんだか具合が悪そうなの。急にどうしたのかしら?」
確かによく見ると半数近くの貴族たちが椅子に座ってふらふらしている。
まだ元気そうな貴族に介抱されている者すらいる状態だ。
なにか食中毒になるものでもあったかな・・・。
不思議に思い始めていると宰相が戻って来た。
会場に入るや否や国王の元へと走っていくので私たちもそれとなく付いていく。
「陛下、実は地下牢でフィレル伯爵が何者かに殺されていました」
「なんだと?!衛兵はどうしたのだ!騎士団に調査はさせているのか!?」
「衛兵も何者かに殺されておりました。すでに調査は始めさせております」
「そうか…。何かわかったらすぐ報告するのだ」
「もちろんです」
国王と宰相が話しているが、ご主人様の姿は無い。
「すみません、ご主人様はどこに?」
「あぁ、アウル君なら用事があるから少し席を外すと言っていた。すぐに戻るだろう」
・・・ご主人様が私たちに何も言わずにどこかに行くだろうか。
なんか怪しい。
それにしてもさきほどから急に具合が悪い。なんだ?
周囲を見ると貴族たちはほとんどが倒れている。
「国王陛下!なにか変です!貴族たちがみな倒れています!」
「うぐっ…?!なんだ、急に息が…」
国王まで?!何が起こっているというの?!
会場全員の体調がどんどん悪くなる中、一人の涼やかな声が聞こえてきた。
「おや?まだ起きていられるとは凄い体力ですね。並の人間なら意識を保つのが限度のはずなのに。さすがというべきでしょうか」
声の方向にいるのは宰相だった。
息苦しくなるせいで上手く喋れないけど、一人だけ平気そうにしているこいつが犯人なのは間違いないようね。
「お前が…犯人ね!」
「ええ、そうです。この時を待っておりました。やっとの思いで宰相の位を勝ち取り、貴族の信頼を得ることで動きやすくするために何年も頑張りました。まぁ、一部の貴族が私の動きに気付いて色々と探っていたようですが、私に気付くことは無かったようです。一度信頼を得てしまうと、存外疑われないものですねぇ」
こいつが本当の黒幕だったのね!じゃあ、ご主人様は?!
「ご主人様…はどうした!」
ルナも同じことを考えていたようね。でもご主人様がこんな奴に負けるとは思えない。
「アウル君なら今頃王都のどこかを走り回っているんじゃないかな?リステニア侯爵を探してね。まぁ、見つけてもセラスが足止めをする手筈になっていますからすぐには来ないでしょう」
セラスとは一体だれだ…?しかし、すぐには来ないとなるとかなりまずい。
私たちの指輪にはパーフェクトヒールが入っているから回復することはできるが、絶対に効果があるかはわからない・・・
このままだとこいつに殺されてしまうかもしれない。
とにかくご主人様が来るための
時間を稼がなきゃ・・・
「なぜ、こんなことを!」
「ふふふ、あと1時間もすればここにいる貴族たちは死んでしまうでしょう、それまで時間もありますし、冥土の土産に教えて差し上げましょう」
1時間?!思ったよりも時間がない!私たちはピアスの状態異常耐性のお陰でまだ大丈夫だが、それもいつまで持つか・・。
「私はね、この国が嫌いなのですよ。私はある寒村の出身でした。その村は毎日を生きるのが苦しいくらいの貧困だったのです。それなのに領主や貴族たちは当たり前のように搾取し、私たちを家畜のように扱っていた。それでも私は父と母となんとか暮らして少しの幸せを大切にしていたのです。
だが私が10歳になったとき、村に視察に来たという貴族が私の母を見ていたく気に入ったらしく、妾になればこの村の税を減らしてやると言ったのです。父は猛抗議しましたが不敬罪として殺され、村民たちは1人の命で村が助かるならと母を売りました。しかし、その後も税は減らず、重くなる一方。私は村民も貴族も憎みました。このままでは飢え死ぬと村長と一緒に抗議しに行ったときに貴族の住む街でみたのは広場で無残にも首だけになった母の姿でした。
・・・私はこの不条理を嘆いた。貴族の何が偉いのかと!なぜ私ばかりこんなおもいをしなければならないのかと!・・・私はそんな貴族たちを亡き者にし、国を変えるためにいくつもの街を巡りながら勉強し、15歳になる頃には誰にも負けないほどの知識を得ました。そしてその頭の良さを認められ今の侯爵家に養子として引き取られたのです。そこからも貴族としての振る舞いや考え方、知識などを吸収し、35年かけてここまでやってきたのです。そしてこの国を変えようと模索しているとき、ある真相に辿り着いたのです」
「…なにを?」
「私の恩恵は"病の理"というものでした。私はこの恩恵を授かってから病気にかかったことがありません。これは自分が病気にならない程度のものだと思っていました。しかし、宰相という立場になったとき、王族でしか知りえない情報を手に入れたのです。
それは進化の宝玉と呼ばれるものの存在です。これは恩恵を次のステージへと昇華させる秘宝だったのですよ。この国を変えようと頑張ってきましたが、私はこの国を変えるには貴族という人種のリセットが必要だと結論付けました。そして私の恩恵の進化した能力は病を自由に操れるものではないかと推測を立てました。そこから私は毎日恩恵についての研究を始めて、いろいろと実験をしました。恩恵について実験していくうちに進化しなくてもある程度なら病を操れることに気付いたのです。
実験のためにある時は辺境の村の作物にも病を流行らせたりもしました。王都で最近体調を崩している人が多いのも私の実験のせいです。今頃王都に住むほとんどの人が本格的に体調を崩し始めているでしょうが、実験に犠牲はつきもの、まぁそれも今日で終わりです。王都にホーンキマイラを運び込んだ赫き翼も今頃は苦しんでいるでしょう。・・・おっと、そろそろあなた方も病にかかったようですね。あなた方に恨みはありませんが、ここで死んでください」
まずい・・・意識が・・・仕方ないか。
「「パーフェクトヒール」」
「なに?!最上級回復魔法だと!」
「お前が、今までの黒幕だったということね。私たちにエンペラーダイナソーを運ばせたのもあなたね。フィレル伯爵じゃなくてフィーラル。・・・恥ずかしいけど似ていたから間違えてしまっていたわ。それに最初にあなたを見たときなんとなく違和感を覚えたのは私の勘違いじゃなかったということね」
「おや、懐かしいですね。ということはあなたはシクススのゴミどもの生き残りですか。全員殺したはずだったのですが・・・。回復魔法には驚かされましたが、尚更2人には確実に死んでもらわないといけませんね」
くっ・・・。一度は治ったけどまた体が重くなってきた。集中が上手くいかない・・・。魔法が発動できないなんて・・・。
ご主人様、助けて・・。
「では一思いに殺して差し上げます!」
私とルナめがけて迫るナイフだが、上手く体が動かない。
あぁ、ご主人様だったらなんとかしてしまうのだろうか。最後にもう一回声が聴きたかったな。
『ルナ、ヨミ!今王城に今向かってる!俺が行くまで絶対に死ぬな!』
突然聞こえるのはもう一度聞きたいと願ったご主人様の声。ご主人様、早く来て!
カキン!
迫りくるナイフを、自動多重障壁が展開されて当たり前のように攻撃を阻む。
・・・・・。
流れる静寂と宰相の驚いた顔。頭が働いてなくて忘れてたけど、そう言えば障壁が展開されるんだったわね。
「障壁の魔道具だと?!なんて忌々しいものを!」
そういって宰相が手を翳すと、黒い靄が私たちを包み、途端に具合が悪くなる。よく見ると皮膚が赤黒くなり始めているように見える。
「これは…まさか…」
「その昔、一つの国を滅ぼしたと言われている穢腐病です。皮膚がどんどん赤黒く変色し、いずれは体全てが腐り落ちる恐ろしい病気です。この病を止めるには私を倒すしか方法がありません。ほら、どうしました?止めなくていいのですか?」
体が全く動かない…。立っているのも辛くて膝をついてしまった。恩恵の進化がここまで恐ろしいとは思わなかった。
「おい宰相様よ、俺の大事な連れに何してんだよ!」
会場に響く聞きなれた大好きな人の声。
「ごしゅ…じんさ、ま!」
「うふふ、遅い、ですよ…!」
ご主人様が来てくれた。けど、ご主人様も危ない!この病気は本当に恐ろしいの!なんとか伝えなきゃ!
「あ…この‥」
「大丈夫だルナ、ヨミ。俺は負けないさ。すぐに倒すからちょっと待っとけ」
うふふ、さすがですね。10歳とは思えない程頼もしいご主人様です。
SIDE:アウル
俺は今絶賛屋根の上伝いに王城めがけて走っている。
おそらく宰相が犯人だという目星はついた。
ルナとヨミのピアスに極秘で付けた機能を発動する。魔力を込めると2人のピアスから周囲の音声を聞くことができるという優れものだ。
聞いている限りではやっぱり宰相が犯人のようだ。
しかも恩恵の進化とかさすがに反則すぎだろ!しかも病を操るとかどんなスペックだよ…。
しかも病の処方となると障壁では防げないだろう。
『では一思いに殺して差し上げます!』
まずい!
即座に伝声の魔道具で2人に声をかける。
「ルナ、ヨミ!今王城に今向かってる!俺が行くまで絶対に死ぬな!」
直後に聞こえてくる何かを弾いたカキン!という音。
なんだよ!刃物か何かで殺そうとしたのかよ!驚かせるなよな!
よし、そんなこんなで王城まではもうちょっとだ!
王城に入ると兵士が全員倒れており、今にも死にそうになっている。屋根伝えに来たから分からなかったが、いつもの喧騒が聞こえないところを見ると王都中が病に侵されているというのは本当のようだ。
そういえばなんで俺は大丈夫なんだ?レベルによる恩恵かな?
会場に辿り着くと2人の皮膚が赤黒くなり始めている。
「おい宰相様よ、俺の大事な連れに何してんだ!」
「ごしゅ…じんさ、ま!」
「うふふ、遅い、ですよ…!」
こんなになってまで宰相を止めようとしてくれたのか。俺が宰相に騙されたばっかりに…。
「あ…この‥」
「大丈夫だルナ、ヨミ。俺は負けないさ。すぐに倒すからちょっと待っとけ」
「お早い到着ですね。・・・セラスはどうしました?」
「あいつなら死んだよ」
「なんだと?!」
「狂神水を飲んだんだ。そのせいで俺もかなり時間食っちまったけどな」
「狂神水を…。全部あなたのせいです。あなたが私の計画を邪魔しなければこの国のリセットは完璧だった!ホーンキマイラもスタンピードもレッドドラゴンも!すべて邪魔をしやがって!!ここまでくるのに俺がどれだけ苦労したと思っている!10歳そこらのガキが図に乗るな!お前も穢腐病になって死ね!」
宰相が手を翳した途端に纏わりつくように黒い靄が襲ってくるが、なんとかそれを躱す。
魔法で追い払おうにも、魔力は底をついているため躱すのが精いっぱいだ。
「早く死ね!」
しかし、両手から発せられる黒い靄を躱しきれずに食らってしまった。
「ははははは!これでお前も終わりだ!魔法を使わないところを見るとセラスとの戦いでかなり消耗したようだな!これでこの国のリセットは……?!なぜ倒れない!」
黒い靄を食らったのに全くと言っていいほど体調が悪くならない。
・・・・あ。
そういや俺、転生する前に女神様にこう言ったんだ。
『強いて言うなら健康な体が欲しいです。病気は嫌ですから』
「なぜ病にかからない!俺の恩恵は進化した最強の恩恵だ!俺は選ばれた存在なんだぞ!」
こいつの今の恩恵が病を操るものだとしても、俺の体は創造神様の特別製だ。病にはかからない、いやかかれない体なのだ。
言わば、俺はこの世界でこいつのたった一人の『"天敵"』
「悪いな、どうやら俺の体は創造神様の特別製らしい」
「なにを?!」
懲りずに黒い靄を飛ばしてくるが、効かないと分かっていれば避ける必要もない。
収納から杖を取り出して集中する。
《杖術 槍の型 秘中突き》
これは高速で相手の心臓の真上を打ち抜き、心臓の動きを止めて仮死状態にしてしまう技だ。要は人為的に心臓震盪を起こして心停止させてしまう荒技である。
魔力も残り少ないため単純な技での攻撃だったが、宰相は個人としてはそこまで強くなかったみたいで、まったく反応できていない。
ゆっくりと宰相が地面に崩れ落ちた。
仮死状態の宰相が本当に死なないように、氷魔法で宰相を包み込み、さらに魔力でうすくコーティングする。
「ふぅ…これで一段落か」
宰相が仮死状態になったためか、2人の皮膚が元に戻り始めている。どうやら恩恵による病が解除されたようだ。
周囲の貴族たちを確認しても、意識は無いようだが一定の呼吸音が聞こえてくるので問題ないだろう。
「うぐっ…」
どうやら国王は意識があるようだ。仕方ないのでなけなしの魔力を使って国王にただのヒールをかける。
・・・あぁ、だめだ。頭がくらくらする。完全に魔力が無くなったみたいだ。
「ルナ、ヨミ…。悪いけど、少し眠る…」
そうして俺の意識は暗転した。
オーネン村近辺で作物の病が流行ったのは宰相のせいでした。
ちょっとずつ更新します。
評価・ブクマしてもらえたら嬉しいです。




