ep.45 予想外
「アウル、貴様にここで会えたのは幸運だった。前回の借り、ここで返させてもらう!」
この執事は村の収穫祭のときに襲ってきたやつだ。先に手を出してきたのは向こうだったし、仕方なく迎撃してやり過ぎたとは思ってたけど、生きていたとは思わなかった。
無意識に手加減でもしていたのかもしれない。
この場の感じからすると、あの執事がリステニア侯爵を裏切った?いや、それにしてはなにか違うような気がする。
確認しようにもあの執事がそんな時間をくれるとは思えないし・・・。とりあえず執事を無力化するしかないか。
「リステニア侯爵様!あの執事は私に用がある様子。ここは任せていただきたい!」
「うるさい!時間が無いのだ!私の邪魔をするな!お前たち、あの小僧と執事を捕らえろ!ただし、執事は狂神水を飲んでる!気をつけろ!」
どうやらリステニア侯爵も切羽詰まっているようだな・・・。手出ししないでほしいが、仕方ない。
数人の騎士が俺へと襲い掛かってくるが、それは失敗に終わる。
「アウル以外の外野は黙っていてもらおう」
執事から放たれる風の刃で騎士たちは吹き飛ばされてしまった。桁違いに強い魔法だったが、騎士たちの鎧も高性能なのか切断されるまでには至らなかった。
「ほう、狂神水を飲んだ私の魔法を耐えるか。なかなかの鎧のようだが、騎士自体は衝撃に耐えられなかったようだな」
周囲を確認すると、場にいた騎士たちはすべてが倒されている。リステニア侯爵は護衛の騎士と一緒に吹き飛ばされて気絶しているみたいだ。
「邪魔者はいなくなったってわけね」
「そういうことだ。それにしても清々しい気分だな。たったひと時とはいえ俺は今お前よりも強い。この全能感にもう少し酔いしれたいところだが、そうはいかないのだ。ここでお前を殺さねばならないからな!死ね」
執事がブレたと認識したころには右から物凄い衝撃を受けた。
はやい!!
自動展開される障壁のお陰でダメージ自体は無いが、障壁は2枚も突破されてしまった。
さすがにまずいな・・・。厄介さで言えばホーンキマイラの方が上だが、強さで言えばこの執事の方が上だ。
狂神水ってやつはこんなにもパワーアップするのか…。
時間制限付きと言ってもこのままだとジリ貧だな。殺す気で行かせてもらうぞ。
負けじと無詠唱で魔法を展開するも、街の中ということもあって使用には限界がある。
使えるのは下位魔法だけ。
ホーンキマイラのときもそうだったけど、好き勝手に魔法が使えないというのは存外ストレスだな。
・・・というかこれが俺の弱点か。少々魔法に頼り過ぎだったのかもしれない。
魔法に制限がつくと途端に弱くなるとは、我ながら情けない。
泣き言は言ってられないので身体強化は全開で対応するけど相手は民家などお構いなしに魔法をぶっ放してくる。
一応、対応できる範囲で障壁を張っているけど想像以上に威力が高くて一層だとすぐに突破されてしまう。
「執事のおっさん!ちょっと化け物級に強くなり過ぎじゃないか?!それに街中ってのはちょっとずるいぞ!」
「ふん、狂神水を飲んだ私にまだ付いてきているお前のほうが化け物じゃないか!お前を倒すためなら多少の犠牲など関係ないわ!」
なんでここまで俺に執着するんだか。確かに前回は殺すつもりでやり返したけど、あれは自業自得だろうに。
下位魔法の物量押しをしようにも移動速度が異様に高いために全て避けられてしまう。
まだ5分でこれだとこの辺が更地になっちまうぞ・・・。
指輪の自動障壁も突破されたせいでちょっとずつダメージをくらってるし、30分経つ前にこっちが死んでしまう。
どうしたもんか・・・
そんなアウルの思考など関係なしに執事は風魔法を連発する。次々とアウルめがけて風の刃や竜巻を放つ。
もちろん範囲を大きくして周囲を巻き込むように魔法を放つ。
防戦一方のアウルめがけて体術を仕掛けると、速さに対応できないのか面白いように地面を転がる。
最初は堅い障壁に阻まれていたが今となってはそれもない。
ときたまアウルは拘束系の魔法も使っているようだが、そんなものでは今の俺のスピードを捕らえることなど出来はしない。
ここでアウルを殺せれば御の字。計画は成功するだろう。
もし殺せなくても消耗させることはできるし、時間稼ぎにはなる。
どちらにせよ計画は最終段階に進んだのだ。
闘うこと25分が過ぎたあたり、アウルは満身創痍であった。回復魔法を使おうとすると即座に反応されて吹き飛ばされる。
異常なまでの速度で動く執事によって回復を邪魔されてしまっていた。
このままだとまずいな・・・。ルナかヨミがいればなんとかなったかもしれないが、2人は王城だし、呼ぼうにも時間がかかる。
もっと早く呼べばよかったかもしれないな・・・。
魔力も大分なくなってきた。街を守るためとはいえ、障壁をアホみたいに使いすぎた。
ちょっと本気でまずい…。
「ふはははは、さすがのあなたでも今の私には勝てないようですね。策を講じるとはこういうことを言うのですよ!ひと思いに殺してあげます!」
執事の手に一際強い魔力を感じた時、突如として目の前に見たことのない空間の揺らぎが現れた。
『やぁ、君がご主人様とやらだね?会いたかったよ。って、怪我だらけじゃないか』
「お前は!何しにここへ来た!」
こいつは誰だ?というかこいつは男…なのか?顔が中性的過ぎて分からない。けどあの執事はこいつを知っているようだ。
『やぁ君はセラスじゃないか!何しにって、この子に会いに来たんだ。スタンピードで出会ったお嬢さんたちのご主人様という人に興味が沸いてね』
「今はそいつは私の獲物だ。邪魔をするならお前も殺すぞ!」
『…誰を殺すって?狂神水を飲んだようだけど、それっぽっちの力で僕を殺すだって?僕も舐められたもんだね』
色黒のこいつが手を翳した途端に執事が膝をついた。
「うぐぅっ・・・!」
『ほらほら、どうしたの?重力の檻すら破れない小物が粋がるんじゃないよ』
色黒が使ったのは重力魔法のようだ。・・・俺の使えない重力魔法だ。さらに空間から現れたことを考えるとこいつは空間魔法の使い手だ。
『ふふふ、僕の玩具を取ろうとするやつはたとえ神でも許さない。それに君はもう幾ばくも時間が無いみたいだね』
ついに狂神水を飲んで30分が経過した。色黒の乱入により九死に一生を得たが、これは完全なるアウルの負けでもあった。
「がふっ・・・。ついていませんね。完全に、私の・・勝ちだと確信・・していました」
「…いや、あんたの勝ちだ。これは俺の負けだ」
「ふふふ、私の勝ち・・ですか。・・・勝ち逃げとは、実に気分がいい・・ですね・・・」
『あーあ、死んじゃった。君も満身創痍みたいだし、今日の所は僕も帰るよ。あっ、挨拶を忘れていたね。僕の名前は"テンド"だ。よろしくね』
「俺の名前はアウルだ。ひとつ聞きたいんだが、お前とあの執事はどういう関係なんだ?」
『あぁ、やっぱり気になるよね。でも勘違いしないで。僕たちは別にそういう関係じゃないから』
「いや、え?そういうことじゃなくてだな」
『ふふふ、冗談さ。まぁ、一言で言えばこいつらの元協力者という感じかな?』
こいつらの元協力者ってことは…。
ん、こいつ"ら"?てことやっぱりはまだ黒幕が別にいるのか!
「じゃあ、お前は今回の事件の犯人の1人ってことか!今回の黒幕を教えろ!」
『別に教えてもいいけど、それじゃあつまらないだろう?それにこの騒動はまだ終わってないよ?じゃあ、僕もやることがあるからここで失礼するよ。また会いに来るからそれまでにもっと強くなっておいてねアウル』
空間の歪みへと消えたテンドを見送ると、自分に回復魔法を使ってとりあえず一息つく。
「騒動はまだおわってない、か。・・・とにかくリステニア侯爵を起こさないと」
倒れている騎士たちもついでに移動して一まとめにする。
「エリアヒール」
魔力も大分少ないので一回で済ませたほうが効率がいいだろう。
「リステニア侯爵様、起きてください」
「ん…ここは…。あっ!あの執事はどうした!」
「あの執事なら、もう死にました」
「なんだと?!」
「なにか拙いことでも?」
「くそっ・・・!あいつは私が今追っているこの国の裏切り者の可能性が高かったのだ!」
あれ?裏切り者はリステニア侯爵じゃないのか?
「裏切り者とはなんですか?」
「・・・・執事が死に、今更だから教えてしまうが、各地に災害級の魔物を送り込んだり、国の要人を暗殺したりだ。色々調べていくうちに、魔物は意図的に送り込まれたものだと判明したし、要人の殺害も何かしらの病に見せかけて殺されたとわかったのだ。ただ、その犯人が分からなかった。しかし、今回の一件でフィレル伯爵が関与していることが明らかとなったためにこうして調査していたのだ」
「じゃ、じゃあフィレル伯爵のもとに最近訪れていたのは…」
「何故にあの化け物を王都に持ち込ませたのか、またその化け物をどうやって入手したのか聞くためだ。しかし奴は何も知らなかったのだ。なんならその記憶さえないという。そんなことはあり得ないと思っていたのだが、ここで私はある仮説を立てた」
「その仮説とは?」
「フィレル伯爵は操られていたのではないか?とな。奴は心の強い人間ではなかったし、洗脳するのも簡単だっただろう。一番誰が怪しいかと考えた結果あの執事が思い当たったのだが、その執事はオーネン村で消息を絶ったというではないか」
あぁ、なるほど。この人が俺のものとを訪れようとしたのはそういうことか。
「じゃあ、謁見前に俺のところを訪れたのは執事についてなにか知っていることは無いか、ということですね?」
「そういうことだ。まぁ、その前にあの執事を目撃したと報告があったせいでそれも意味がなくなったのだがな」
「そうだったのですか…」
リステニア侯爵は見た目こんなんだが、おそらく悪者じゃない。
じゃあ、一体誰がフィレル伯爵を殺したんだ?
「というか、君はなぜここに来たのだ?」
「王城で捕らえられていたフィレル伯爵が何者か…に…」
・・・あれ、待てよ?
「リステニア侯爵様、最近第2騎士団の誰かと接触していませんか?」
「なぜそれを?!」
「いったい何のために?」
「・・・それは君のことを調べるためだ」
「なぜか聞いても?」
「この際だから言ってしまうが、見ての通り私はふくよかな体型をしているだろう?それは私が甘いものに目が無いからなんだ」
まぁふくよかって言葉ではなまぬるいくらい太っているけどな。
「第2騎士団のイルリア副団長も甘いものに目が無い人でな。彼女は第3王女のエリザベス様と仲が良いんだ。そしてエリザベス様はアダムズ公爵家のアリスラート嬢と仲が良い。アダムズ公爵家で行われたアリスラート嬢の誕生日にはいくつもの甘味が振舞われたというのは有名な話だ。…私は忙しくて行けなかったがな。そのことについて第2騎士団副団長のイルリアに、第3王女やアリスラート嬢から情報を収集できないかと頼んでいたのだ」
あぁ、この人もお菓子に目が無いタイプの人だったのか。こんなにもお菓子が好きな人がいるんならいよいよレシピとお菓子作成用の魔道具をなんとかして作成して、レブラントさんに売ってしまうのもアリだな。
「オーネン村でお菓子が出回っているという噂を聞いて動こうと思っていたのだが、アダムズ公爵家が動いているという噂も聞いてな・・・。動くに動けなかったのだ」
「そうだったのですね」
「・・・それで確認だが、君が奇跡の料理人か?」
この人は確信しているのだろうな。今更隠してもあとあとが面倒臭くなるだろう。
「はぁ……。そうです、奇跡の料理人と呼ばれているのは俺です。不本意ですけどね。だれにも言わないでくださいよ?」
「そうかそうか!もちろん誰にも言わんさ!むしろ今度我が屋敷に招待させてもらうよ!」
「あ、はい。じゃあ、とりあえずお近づきの印にクッキーをどうぞ」
また奇跡の料理人が俺だってバレちゃったなぁ。とりあえず口止め料にクッキーあげとけばいいよね。
…そう言えば、なんで宰相様はあげたクッキーを作ったのが俺だって知ってるんだ?
あの人には言ってないはず…。
待て待て、他にもおかしい所がないか?
そもそも俺みたいな子供がホーンキマイラを倒したって普通信じるか?いくら報告書を見たからって、そう簡単に信じれるとは思えない。リステニア侯爵みたいに疑うのが普通じゃないか?
でも宰相様は違った。まるっきり疑うようなことは無かった。まるで最初から俺の実力を知っていたみたいに…。
「話が逸れたが、結局君はなぜここに来たんだ?」
「フィレル伯爵が地下牢で死んでいるのが発見されたのです。そして・・・リステニア侯爵様がフィレル伯爵と共謀しているかもしれないと聞いたからです」
「なに?!伯爵が死んだ?!それにそんなことを言っていたのは誰だ!」
「…宰相様です」
「なんだと?!しかし、宰相様ほどの方がなぜそのような嘘を…」
確かに今思えばなぜ俺にそんなことを教えてくれたのだろうか?それにリステニア侯爵の捜索なら騎士団を動員して探すのでは?
なのに宰相様は俺を止めずにお願いした。
まるで、王城から俺を追い出すための口実のように・・・。
「リステニア侯爵様、ここの後始末は任せます!私は王城に戻ります!」
「あ、ああ。何かわかったのか?」
「推測ですが恐らく黒幕は別にいます!すみません、時間が無いので行きます!」
俺の予想が正しかったら、王城が危ない!
ちょっとずつ更新します。
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